第44話 共依存

 オーナーと出会って半年が経った。


 カーテンから光が差し込むリビングの中で、ステラは体育座りをしながら青年の帰りを待っていた。珍しく中層の外壁はすべて解放されており、そのおかげか部屋はいつもよりも明るい気がした。


「…………」


 不意に、自分の口角が無意識に上がっているのが何となく分かり、人目がないにも関わらず少し頬を赤く染めてしまう。自分の精神年齢が幼いことが原因なのか、この機体の設定上の年齢故の思考なのか、単に年上の男性に私が甘えたいのか、それは分からない。


 でも、オーナーがわたしの態度についてわざと言及しないでいてくれている、ということくらいは機械人形(アンドロイド)でも分かっていた。年相応の精神年齢をしたわたしを気遣っての事なのか、それとも単に、恋愛対象ではなく保護対象のように見ているだけなのか。とはいえ――



「……はぁ……」



 ステラは思わず、体育座りのまま溜息をついた。


 最近のオーナーは、少しばかりわたしの身を案じすぎている気がする。確かに戦闘義体として動き回るには「エネルギーパック」と「人工血液」の燃費が悪いとは思うが、それにしてもわたしを家に置いて一人で仕事に行くのは、いくらなんでも過保護が過ぎるのではないだろうか。


「わたし、頼りにしてばっかりだな……」


 どこにあったのかさえ分からず、もう帰ることもできない学園では学年でもトップの成績を誇っていたのだ。射撃、操縦、格闘、刀術に至るまで、妥協することはなかったというのに。


「もうすこし、頼りにしてくれたって……」


 不貞腐れたようにへの字に曲がる口から漏れたその言葉は、オーナーがいつも着ている白色のシャツの余った裾に押しつけられただけだった。少し捲っているとはいえ、それだけでも自分とオーナーとの体格差に気付かされる。


 ただの純粋な善意で助けてくれた、……わけではあるまい。そんなことは、たとえ学園で隔離されて育てられてきたステラにだって分かっていたし、それなりに覚悟だってしていた。だからこそ、なにも求めてこない青年の態度には、わたしが本当に必要とされているのか不安になるときもあった。その反動で彼に、半ば暴走ぎみに突撃してしまうことも。


「……むぅ……」


 今の彼にとっては無事でいてくれるだけで、それでいいのかもしれない。

 だが、それではまるでわたしが室内犬か何かのようではないか。


 そんなことを思いながら、ステラはしきりにフンスと鼻息を荒げる。


 あれだけ散乱していた部屋も、彼が仕事に行っている間に片づけてしまって、今では床にチリひとつだって落ちてはいない。そのとき、ステラの左のお尻に何かがコツンと当たるのが分かった。見下ろしてみると、それは静かに床を舐めるロボット掃除機だった。


 自分の仕事を奪う元凶とばかりに、ステラがそいつを忌々しげに眺めていると、ロボット掃除機はやがて障害物だと判断したのか方向転換をして去ってしまう。ステラは再度、膝を抱きかかえながらふてくされたようにして、自身の緑色に光る髪先に枝毛でも混ざっていないか探しはじめるのだった。


 ステラは自分の頭から生える金属製の猫耳型アンテナユニットをさすりながら、腰のシャツの中に収納していた尻尾をしゅるりと出しては左右にぶんぶんと振った。猫耳ヘッドホンのようなこれは、青年に駄々をこねて買ってもらったものだ。


 脳核の聴覚野と直で繋がっているため、雑なソナーであれば感知できる。

 だが、せっかく買ってもらった装置も戦闘ができないのならば意味がないと、ステラはこれで音楽ばかりを聴いている。


 また、義体の尾てい骨あたりから生えるチューブのような尻尾は、ネットの深部にダイブする際の有線コードとして使うことができるのだが、深部ネットは危ないと一度も使わせてもらったことがない。宝の持ち腐れだとばかりに、ステラは再度チューブのような無機質な尻尾でバシバシと床を叩いた。


 また、今日も昨日と同じ日が繰り返されるのだろうか。

 そんなことを思っていた、そのとき――



【所有者のバイタルに異常値が検出されました】

【[脈拍][呼吸]共に危険域です】



 ――ふいに、視界の端に「ポン」と軽快な音と共に通知が現れた。

 それを認識するや否や、ステラは軽快な動きで立ち上がると急いで支度をはじめた。



「――行かないと」



 最低限のパスと資金を持ち、装備を身に着けると、ステラは重い玄関扉を開けていく。

 やがてステラはひとり青年の元へと走り出した。

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クロノスレクイエム〈サイバーパンク〉 村上さゞれ @murakami_sazare

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