番外編『バーナム・パラダイス』

圧倒的……!おまけ!!

──



「ん? ミナトさん? こんなところで何してるんですか?」


 俺は今シャードの道端にて、俺は露店を構えている。


「何してるって……ほら、見てわからないか?」


 俺は手元にある透き通った宝玉を通りの向こうからやってきたノアに見せつけた。


「占い師だよ」


「だからそんな胡散臭い格好をしてるんですか?」


「占い師ってそういうもん、だろ?」


「一回ミナトさんは世の中の占い師全員に謝ったほうがいいと思いますよっ」


 露店というか真っ黒な布を幾重にも張り巡らせて光を遮り、その中心には透き通った宝玉を抱えて座り込む俺がいるというスタイル。

 ちなみに俺の格好は目元まで隠したフード付きローブ姿だ。


「朝起きたら占いの才能に目覚めた系ですか?」


「いや、単にこっちのほうが効率がいいからな」


「……? それはどういう──」


 視界の端に人影を捉えた。

 俺はノアの口を塞いで、テーブルの下に突っ込んだ。


「むぐぐ!?」


「しっ。静かにしろ。──来たぞ」


 向こうから歩いてきたのは、アイテム屋のお姉さんだ。

 街中を普通に彷徨いているNPCの癖に、アイテム屋に入店しているときは確実に店の中にいるという不思議な人物。この世界ではどうだろうか?


(えっと、あの人どうしたんですか?)


(かわいいよな)


(!?)


 テーブルの下からひそひそとノアの声が聞こえてくるが、それを無視して俺は大声で呼びかけた。


「おやおや……これは……どうやらこの近くに、自分の運命に迷っている人がいるようだ。未来がまるで見通せず、今、その人は薄闇の中をさまよい歩いている……!」


 その声にアイテム屋のお姉さんは、ぴくりと肩を揺らしてこちらを見やる。

 俺は大仰な礼でその視線に応えた。


「……え?」


「あなたですよ。麗しのお嬢様。さあ、こちらへ。運命を占ってあげましょう」


「で、でも……」


「大丈夫ですよ。お金は結構。私はただ、あなたの未来を一緒に見通したいだけなのです」


 にっこりと笑みを浮かべると、お姉さんは緊張が解けたのかふらふらとこちらへ近づいてくる。


(ミナトさん!? どういうつもりですか!?)


(今からあの人を口説く。目標は家に呼ばれることだ)


「いっ!?」


 ……ノアにテーブルの下から足をめちゃくちゃ強く踏まれた。


「……? ど、どうしたんですか!?」


 アイテム屋のお姉さんが急に顔をしかめた俺を見てあわあわしている。


「いや……あなたの運命の強さに圧倒されてしまって。とても、お強い運命をあなたはお持ちのようだ」


「運命……それって」


 興味津々な様子でこちらに身を乗り出している。よし、なんとかごまかせたぞ。


(わたしというものがありながら! サブヒロインは増やしすぎると収拾つかなくなるんですよっ!)


(いいから静かにしてろ!)


 テーブルの下ではノアが小さく文句を言ってくるが、これも無視。

 できる限り、冷静な眼差しを彼女に向ける。

 その目線に圧されたように、お姉さんは背筋を伸ばした。


「では、この水晶玉に手をかざしてください。集中して……」


「は、はい」


 真剣に水晶玉を見つめるお姉さん。

 俺は口を開いた。


「まず、あなたのことを見てみましょう。──あなたの行動は大胆ですが、心のどこかに繊細な面を持ち合わせていますね」


「……私?」


「少し几帳面なところ。でも、ロマンチックな嗜好です。あなたは、人間関係に苦労していますね? 特に彼氏とのことを」


「私のことだ……」


「怒りっぽいですが、根はとても素直。なるほど。細やかな気遣いができるようだ」


「私のことだ……、っ」


 無意識だったのか、お姉さんは自分の口を慌てて塞いだ。


「水晶玉は全てを見抜いているのです。さあ、自分の心に正直になって……」


 俺の言葉に、お姉さんは深呼吸して軽く頷いた。

 よし。ここまでは完璧だ。


「淡い影。──あなたは、心の奥に不安を抱えています」


 はっ、と目線が俺に向けられる。


「月の光。──あなたは、自分を理解してくれる人を探し求めていますね?」


「わ、私は……」


「水晶のひび割れ。──あなたは、ワガママですが本質的には優しい人間です」


「……っ」


「澄んだ雲。──しかし、あなたは心の奥で今の彼との付き合いをどこか退屈だとも思っている。ロマンチックな嗜好の持ち主によくあることです」


「……私、は」


「満天の星。──あなたは、恋愛を求めている。自分を理解してくれる相手との、運命的な出会いを」


 顔が上げられる。


 目線が完全にこちらを向いたところで、俺は宝玉から手を離して、そっとお姉さんの両手を握った。

 目を覗き込む。


「今まで苦しかったですよね。辛かったでしょう」


「はい……」


「自分を理解されず、人間関係の軋轢もあったと思います」


「はい、はい……!」


「でも、もう大丈夫です」


 ここで、スマイル。

 そっと相手を気遣うように優しく──



「──どしたん話聞こか。あーそれは彼氏が悪いわ俺ならそんな思いさせへんのにまた今度飲み行こいや手出すわけないやん守ってあげたいしお姉さんにそんなことするわけないやん」



「────────」



 ──恋の走り出した音が聞こえた。


 完璧だ。何もかも。

 パーフェクトコミュニケーション。




 その後、俺はお姉さんの身の上ばなしと今の彼の愚痴、そして連絡先とプレゼントをもらい、笑顔で別れた。


 時刻は正午。

 目的を果たした俺は、露店を畳んだ。

 ノアが信じられないような顔でお姉さんが去って行った方向を見つめている。


「……あの人、人生楽しそうですね」


 幼女の癖に毒が強いな。 


「好感度上昇プレゼントで『冒険カバン拡張キット』を貰っただけだぞ」


『冒険カバン拡張キット』は、わりかしレアアイテムであり、その入手先は特定のクエストか好感度を上げた際に段階的に貰えるプレゼントに限られる。


 シャードのアイテム屋のお姉さんは、好感度をあげると『冒険カバン拡張キット』を貰えることで有名なNPCだった。


 プロフィールには彼氏にプロポーズされて密かに悩むうら若き乙女と記載されている。好きなものは占いと陰謀論。

 しかし、彼氏と結婚してしまえば、好感度プレゼントなどをもらう際に結構な手間がかかってしまう。


 そこでRTAプレイヤーたちの間で編み出されたのが、『アイテム屋お姉さんNTR大作戦』である。実にクソみたいな作戦だ。

 彼氏と結婚する前にプレイヤーの好感度を彼氏よりも高くして、好感度プレゼントを掠め取るという鬼畜の所業。


 RTAプレイヤーたちが日夜、どうやって彼女を落とすか考えていた時の掲示板は、まるで祭りのような空気だったという。


「うわぁ」


 概要を聞いたノアがドン引きしていた。

 おかしなこともあるもんだ。ノアがまともな感性を備えた人間みたいな反応をしている。


「とりあえず、キットの回収はできたからこのまま宿屋でチェロが帰ってくるのを待ってるか」


「……あの人はどうするんですか?」


「これから俺たちは王都に行かなくちゃいけないし、一日限りの幻ってことで」


「や、ヤリ捨て……」


 失敬な。

 パーフェクトコミュニケーションしただけだぞ。

 そもそもノアはどうやってそんな言葉を仕入れてくるんだ。おかしいだろ。


「ま、まあ!? あの人がメインヒロインになるには後百年早かったですねっ!」


 なんだか一気に上機嫌になったノアはるんるんとスキップしながら、俺の周りを回り始めた。


「『アイテム屋のお姉さんと結婚できるゲーム』……いい得て妙だな」


「なにか言いましたか?」


「……いや、何でもない」


 ──アイテム屋のお姉さんと結婚できるゲーム。


 つまり、公式がを想定している遊びというわけでもあり。


 ……相変わらずの塩ゲーことシオシオスタイルなゲームなのであった。

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【自称】メインヒロインと学ぶ、正しい異世界の走り方 紅葉 @kiaka

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