39.『新しい世界』
◇
シャードの街の中央にある領主の屋敷、その一室にてガラスは机の上に置かれた手紙を見て、プルプルと震えていた。
「い、家出……? また、ベルチェロが家出をするだと……!?」
「は、はい……そのようでして」
「何故だ!!」
使用人は激昂するガラスから目を逸らして、ポツリと呟いた。
「……大体ご主人様のせいだと思いますけれど」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
しれっと嘘を付く使用人の言葉はもはや耳に入っていないようだった。頭を抱えて椅子にもたれかかる。
「……王国騎士団からの誘いだと……? 俺の娘、ベルチェロに……?」
「お嬢様も頑張っていらしたじゃないですか。グレナデン様のためにも、ここは見守ってはいかがです? きっと逞しくなって戻ってきますよ」
「……ぐ、ぐぐっ……! ええい!」
ガラスは椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がると、近くにあった甲冑の持っていた剣をぶん取って窓から飛び降りようとした。
「な、何をしているのですかっ!? ガラス様!?」
使用人は慌てて主人の暴挙を止める。
「離せっ! ベルチェロが自分で決めた道を進むのは構わぬ! だが……だが、ベルチェロのそばにあのヘラヘラした男がいるというのが気に入らぬのだ! ぶっ殺してやる!!」
「ちょ、待ってください! 誰か、誰か人を呼んできて──!」
◇
シャード防衛戦の後、俺たちはシャードの宿屋に戻っていた。宿屋ちゃんは街を守った英雄として俺たちを歓迎してくれて、ここしばらくは無料で宿屋に止まってもいいという。
チェロは何やら決心をしたのか、俺に一度断りを入れて、実家の方に──領主の館に戻って行った。
俺は、ようやく一息ついて今一度自分の力を把握しようとステータスを開いたところ──
「は、はは……! 俺はついにやったぞ……!」
俺は、レベルアップしていた。
レベル1→レベル2
天空城からここにいたるまで、死にかけた回数は数え切れない──というか数えなくない。
「やっと! これでまともにシオシオの世界をプレイでき──」
レベル1
HP(体力):30
MP(精神力):0
STR(筋力):14
INT(魔力):0
DEX(器用):10
AGI(敏捷):10
VIT(耐久力):10
LUC(幸運):0
↓
レベル2
HP(体力):34
MP(精神力):0
STR(筋力):17
INT(魔力):0
DEX(器用):12
AGI(敏捷):11
VIT(耐久力):11
LUC(幸運):0
「……は?」
俺はレベルの下に続くステータスに、愕然とした。
おいおい、嘘だろ……そんなわけ。
上がったともいえないが、その増加量は微々たるもの。
成長率の限界。
まったく苦労に見合っていないという残酷な事実。
「おいおいおい……冗談だろ」
これじゃあ、全く変わらないじゃないか!
今まで通り、レッサーゴブリン相手でも油断していたら殴り殺されて?
シオシオの世界には更に凶悪なボスが山ほどいる?
「そ、そうだ……『プレイヤー覚醒イベント』……王国騎士団の団長訪問イベントがあるはず……!」
俺はベッドから飛び降りて部屋の中をぐるぐると回り始めた。
「……ふぁあ……おはようございます……ミナトさん……って、どうかしたんですか?」
しれっと俺と同室で寝ていたノアが聞いてくる。
「王国騎士団! 王国騎士団を探せぇ!!」
「ひゃい!? ちょ、ミナトさん! わたしまだ髪の毛がぼさぼさ──」
ノアの手を掴んで、扉を開けようとした瞬間だった。
向こうから扉が引かれて、思わず倒れこんでしまう。
「……師匠?」
扉の向こうにいたのはチェロだった。フードを着込んでいない、銀髪を一つ結びにした新しい髪型に新しい服装だった。
「なんでノアと手を繋いでいるんですか? ついにロリコンに堕ちたんですか、師匠?」
「……そ、そんなわけないだろ。大体ノアは妹みたいなもので──」
さりげなく手を離そうとするが、ノアはギッチギチに握り込んでいて離そうとしてくれない。
「あの……痛いんだけど」
「どうぞお話を続けてくださいっ」
「「……」」
めちゃめちゃ黒いものを感じるぞ、その笑顔。
「そういえば、王国騎士団についておっしゃっていましたね。そのことについてお話があるんです」
ノアを完全無視してチェロは続ける。
「先日、王国騎士団のレイラシアさんから騎士団に入団を誘われまして……馬車がもうすぐ発つそうなので、せっかくですから師匠も一緒に王都に行きませんか?」
「え……王都……?」
「あの……これは私のわがままです。でも、師匠に……私の成長をずっと見てもらいたくて」
ゲームにはこんなイベントは存在しなかった。
というか、チェロがここまで生き残っていなかった。
ゴブリンシャーマンとの死闘を経て、着実にシオシオの世界は何かが狂い始めている。
街にいなかったはずのレイラシアというNPCの存在。起きるはずのプレイヤー覚醒イベントが起きない。
この原因は、きっと──チェロのメインヒロインとしての復権だろう。
一つのスイッチ。一つの変数が組み変わったことで、この世界はこれまでとは全く違う『シオシオ』に生まれ変わった。
「分かった。……しょうがないな」
「本当ですか!? 良かったです......!」
そう言って、微笑むチェロの笑顔は今までの苦労を帳消しにして余りあるほどだった。
「……むぅ……ミナトさん……。でも、いいです。メインヒロインは最後に勝つってはっきり分かってますからっ」
「無駄にたくましいな……お前」
俺をこの世界に呼んだ『メインヒロイン』は、誰だ。
それを知った時、この世界の真実が分かるだろう。
そうだ。
俺は、この世界のヒロインというヒロインを全て網羅して見せる──!!
「さて……王都に行くか!!」
「「はいっ!!」」
「──国王が人に化けた魔王軍幹部で大臣たちもみんな洗脳済み。すでに陥落秒読みな王都セシリアへ! いざ出発だ!!」
「「……………………はい?」」
さあ、行こう!
この愛おしいクソゲーな世界を生き延びるのだ!!
──
『異世界の走り方』、これにて終了です。
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