38.『竜殺しの一撃』

 援軍のことごとくを邪魔されて、鉄兜の下から唸り声を上げているゴブリンシャーマン。


 機動力の大獣狼に、火力のゴブリンシャーマン。

 相手取りには、力押しだけでは足りない。


「あの狼の足止めを頼む。……二人とも、出来るか?」


「この戦いの後にミナトさんがデートしてくれるなら……」


「色ボケ。まともに返事をすることもできないんですか。ええ、足止めですね。了解しました」


「……♪」


 ノアはにこにこしながらチェロに向かって光の矢を生成し始めた。


「ノア! 俺にできることなら何でもやってやるから! だから人に向かって魔法を撃とうとするのは止めろ!!」


「何でもって、ほんとうですかっ!?」


 言い合っている隙に、巨大な狼がこちらに向かって飛びかかって来た!

 咄嗟の出来事に対応が追いつかない。

 俺はノアを背後に庇って──

 

「私が、相手です」


 俺と大獣狼の間に、チェロが割り込んだ。

 そのまま光を剣にまとわせて、


「『唐竹割り』っ」


 爪攻撃とスキルが噛み合い、激烈なインパクトとともに相殺される。これは……、


「『ジャストパリィ』か!」


「私も、師匠の技をただ見ているだけじゃありませんから」


 チェロの涼しい顔に歯噛みする。

 そんなあっさり習得されてたまるか! 俺が一年ぐらいかけてようやく習得したものなのに!


「次はわたしっ!」


 ノアは俺の背中から飛び降りて、大獣狼に手を重ねる。


「──超絶ハイパーウルトラ全力全開、もっかいハイパーっ!」


 びぃいい、という空気が震えるような重低音。

 細い腕から何百何千もの光条が放たれ、光の矢を形作っていく。

 まるでそれは、光の雨のよう。


「すっげ……」


 俺は呆然とその光景に一瞬だけ見惚れてしまい、慌てて走り出した。


「わたしとミナトさんの間に、立つなあっ!!

 

 ──『ライト、アロー』!!!!」


 光の矢がおびただしい数、空から降り注ぐ。

 本来『ライトアロー』の攻撃範囲である点攻撃から、面攻撃へ──呆れるほど強引な方法で実現する。

 脅威的な反応速度で光の矢を躱す大獣狼だが、全てを避け切ることは到底できず、そのまま光の矢に串刺しになった。


 機動力は封じた!


「どうですかっ!?」


「上等ッ!!」


「ちょっと……今わざとこっちに数本落としましたね!?」


 ノアにサムズアップで応えた俺は、未だに無傷のゴブリンシャーマンの頭上へ跳躍する!


 俺は片手で背中に腕を回し、もう片手を冒険カバンの中に突っ込む。


 ゴブリンシャーマン。

 鉄兜の奥の瞳が憎悪に燃えている。

 くるりと杖を回し、巨大な火球を作り出して──


「ッ、サンドバッグを──」


『グギ、ギッ!!』


 俺の取り出したサンドバッグは、ゴブリンシャーマンが振るった杖の一撃で遠くまで吹き飛ばされた。


「なっ……!?」


『グギャ!』


 ──終ワリダ!


 無敵の盾を剥がされた俺に突きつけられる杖。

 不意に聞こえた幻聴は、ゴブリンシャーマンの言葉だろうか。


 杖の先端から赤黒い光が漏れ始め、俺は──


「──お前が、な!!」


 冒険カバンから取り出していた『リンゴジュース』を転がっていたサンドバッグに投げつける!


『ギ……?』


「──『竜殺し、飛ばし』ッ!」


 同時に。

 虚空から湧き出てきた銀色の閃光が炸裂する!


『ギャア!?』


 ゴブリンシャーマンは真っ赤な光の粒を吹き出してゆっくりと後ろに倒れて──動かなくなった。


「師匠……今のは……」「ミナトさん!」


 駆け寄ってくる足音を耳にした途端、緊張が解けたからか極度の疲労感に襲われて倒れてしまう。


「……はは、まんまと食らわせてやったぜ!!」


 シオシオRTAにおける最難関ボス──灼天竜クソドラゴンを短時間で倒す方法。


 通称『竜殺し飛ばし』。

 ……いや、通称ではない。

 俺が名付けた技であり、だ!


 『カウンター』という調整をミスったバグ技とそれを他人に強制的に習得させることの出来るスキル宝玉。

 『サンドバッグ』というオブジェクト判定とモンスター判定を併せ持つアイテム。

 『リンゴジュース』という状態異常治癒効果がある序盤の神アイテム。


 『カウンター』は相手の攻撃を1.2倍にして返すスキル──だが、調整ミスなのか『カウンター』を発動すると剣を構えて相手の攻撃に備える『カウンター状態』のまま一生動けなくなるというクソみたいな技だった。


 俺はがあるスキル宝玉を『サンドバッグ』に持たせていた。

 その時点で宝玉の効果は発動。『サンドバッグ』は『カウンター』のスキルを習得し、強制的に発動させる。


 俺はそんな状態の『サンドバッグ』をチェロの訓練に利用し、様々なスキルや攻撃をしていった。

 そして、襲撃時に盾としても活用することで更に攻撃を溜め──対象のモンスターに攻撃させることでヘイトを全て向けさせる。

 別名いてつくはどうジュースの『リンゴジュース』で全ての状態ステートを解除。


 『カウンター状態』から解除された『サンドバッグ』は.


「…………ミナト、さん」


 俺の解説を聞いていたノアの顔がどんどん無表情になっていく。


「そう、これこそ──」


 空に向けて拳を突き上げた。


「仲間との絆の勝──」



「ミナトさん……! あれを!!」



 ノアが指差す先には、一匹のモンスターがいた。

 切り裂かれた胸元から光の粒をこぼし、それでも両足で立ち上がる小さな影。


「な!?」


 鉄兜がひび割れ、杖は二つに折れて──なお立っている。

 ゴブリンシャーマン。


「……あれを食らって、まだ立つのか……!?」


 現状、もっとも攻撃力のある技──シオシオのゲームシステムを結集して生み出された一撃を食らっても……まだ、立っているだと!?


 そんなの、もう他に手段は──


「…………いや、まだだ」


 冒険カバンを探る。

 もっと深く! もっとも勝利の道が見えるものは!


「──天剣アマノサメとクロス・ポーション」


 流麗な金色に輝く剣がずしりと地面にめり込む。──要求筋力値800オーバーの化け物武器。

 俺は、クロス・ポーションをノアに握らせた。


「──全てを、終わらせてこい!」


「──はい!」


 ノアは俺の言葉を聞いて、ためらいもなくクロス・ポーションを飲み込んだ。


「──!」


 瞬間、ノアから発せられる雰囲気が変化する。

 ノアは天剣アマノサメを軽々と持ち上げると、ゴブリンシャーマンの元へ駆け出していく。

 俺は、そんなノアのステータスを背後から表示させた。


 HP(体力):2406

 MP(精神力):872

 STR(筋力):0

 INT(魔力):1120

 DEX(器用):0

 AGI(敏捷):0

 VIT(耐久力):0

 LUC(幸運):740


 ↓


 HP(体力):2406

 MP(精神力):872

 STR(筋力):1120

 INT(魔力):0

 DEX(器用):1120

 AGI(敏捷):1120

 VIT(耐久力):1120

 LUC(幸運):740



「ははは! 脳筋オバケの、完成だ……!!」


「…………えぇ」


 クロスポーションの効果は、『HPを除いた基礎ステータスのもっとも高い数値ともっとも低い数値を一分間入れ替える』というもの。


 近接戦闘に関わる数値が全て0のノアは、もっとも高いINT(魔力)の数値と入れ替えることによって──近接戦闘最強の聖女様が爆誕する!


「ぶちかませ!! ノアッ!!!!」


「はいっ!!!!」


 天剣アマノサメというこの世界最強クラスの剣を携えて迫るノアに何を見たのか。


『────ギ、ハッ』


 ゴブリンシャーマンの欠け落ちた鉄兜の隙間から見えた口が横に大きく歪められたような気がした。


 ゴブリンシャーマンの掲げた手から、真っ赤な火球が湧き出す。

 最後の抵抗だろうか。


 ──しかし。


「──私を、忘れないでっ!!」


 チェロがぶん投げたミスリルブレードは、正確にゴブリンシャーマンの魔法を放とうとした腕を切り飛ばした!


 ノアが、一撃を放つ。




「はぁあああああああああぁッッッツツ!!!!」




 振り下ろされた金色の剣は、ゴブリンシャーマンを粉砕し、溢れ出した真っ白な光はシャードを守る全ての人の視界を埋め尽くした。


 天まで届いたその光は、まるでこの世界の新しい夜明けを告げているようで──


「……っ、ノア!」


 クロスポーションの効果が終わったのか、天剣アマノサメを取り落としたノアは地面に倒れてしまう。


「……わたしの活躍、見てくれましたか、ミナトさん……?」


 空に掲げられた小さなピースサインと街中から響く何十にも重なった歓声。


「ああ。ばっちり決めてくれたな」


「……にひひっ、よかったですっ!」


 シャード防衛戦、決着の合図だった。

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