37.『それバグです』

 衝撃が伝わってくる。


「グッ────ッッッツ!?」


 上級魔法『カタストロフィー』は、赤黒い奔流を渦巻いて容赦なく俺たちを消し飛ばそうとしてくる。

 しかし、俺が前に押し出した『サンドバッグ』がその猛威を全て受け止めていた。


 HP∞かつ超絶耐久──どんな伝説の盾よりも、竜の鱗よりも硬いそれは、赤黒い奔流を受け止め切っていた。


「助かりました……?」


 チェロが頭を抱えて、こちらを見つめてくる。かわいい……とかそういう感想はともかく!


「あのゴブリンシャーマンは俺を狙ってくる。だから……行かないといけない」


「なら、私も──!」


 立ち上がって、こちらに迫るチェロを俺は手で押し留めた。


「チェロ、君には守らなくちゃいけないものがある。そうだろ?」


「それは……」


「な、何なのだこれは! 一体どうすれば良いのだ!!」


 ガラスはガラスで涙目になりながら叫び散らしている。というか、良くここまで生き残れたな。


 身を翻して、ゴブリンシャーマンの元へ向かう。

 チェロの背後には多くのNPCや街の建物がある。彼女にもう『師匠』は必要ない。


「君は、君の守るべきものを守ってほしい。……俺は、もう行くよ」


「……? ま、待ってください……! それでは、まるであなたが……」


 衛兵たちはあらかた周囲のモンスターを討伐し終えたようだった。


 シャード襲撃イベントは、次から次へモンスターがポップする無限湧きだ。決して、終わることはない。

 しかし、現実は違う。もうすぐ襲撃が終わろうとしている。あのゴブリンシャーマンを倒せば、即座に襲撃が終わるという確信があった。


 これはすでに

 きっと、チェロを守ることこそ襲撃イベントのクリア条件だったのだ。


「……ははっ、今まで誰もチェロを守り切れてなかったのかよ」


 どうした先輩。どうしたネット民。

 俺がシャードを守り切った第一号になっちまうぞ。

 wikiにすら掲載されなかった仕様。──なぜチェロを守ることで無限湧きが止まるのか。


 このシャード襲撃イベントは、元々無限湧きではなかったのではないだろうか。

 


 元々バグっていただけだったという結論に。


 もちろんこれが正しいなんて誰も分からない。

 開発による修正パッチが当てられなかったこととから、やっぱりバグではないのかもしれないし、ただシオシオ開発はプレイヤーが苦しむのを笑いながら見ていたのかもしれない。


 だけど、そんなクソゲーでも、俺は愛しているのだ!


「やっぱり、シオシオは最高のだ!!」

 

「待って……まだあなたに教えてもらっていないことが……!」


「チェロ。──クエストは、もう終わったんだ」


「な……それは、どういう──」


「チェロは、もう自由ってことだ! ──そこで待ってろ!! あのクソゴブリンをぶっ倒して、『始まりの街襲撃イベント』を完全攻略してやるぜ!!」


 俺はチェロが落としたブロンズソードを拾って、戦場を駆け出した。

 行く手を阻む残党のゴブリンを二匹まとめて斬り裂く。

 俺は剣を構えて、スキルを発動させた。


「『飛び込み斬り』!」


 ターゲッティングは遠く離れたゴブリンシャーマン──が乗っている大獣狼!


「────!!」


 ──『超速辻斬りダッシュ』を決めた俺は瞬時に二百メートルほどを移動し、脅威の反応速度を誇る大獣狼にブロンズソードを弾かれていた。


「グッ、!! 流石に──」


「『ライトカッター』!」


 次の瞬間、俺の背中にいつの間にか乗っていたノアが光の刃を放ち、ブロンズソードを弾いた大獣狼の爪をまとめて斬り裂いた!


「な、お前……!?」


「今度は逃がしませんよ、ミナトさん!」


 細い腕を首に絡ませてくる準ヤンデレストーカーに、俺は苦笑する。

 まったく……最後の最後までこいつのことは良く分からなかった。


 だけど!


「ちくしょう! もう信じるからな!」


「それってもう結婚してください、っていうことですよね!?」


「それは違う!」


 ゴブリンシャーマンの放った火球が飛んできて、慌てて飛び退く。


『ギャハ!』


 ブォオオオオオオオオオオ〜!!


 ゴブリンシャーマンは、首にぶらさげた大量の笛の中から一つ選んで、吹き出した。


 次の瞬間、空から大量の鳥型のモンスターが舞い降りて、ゴブリンシャーマンの周りを旋回し始める。


「っ、モンスターを呼び出したのか……!?」


「ミナトさんは感謝してくださいね? わたしが見つけるたびに撃ち落としてたんですから。あのストーカーゴブリン、ずっとミナトさんを鳥モンスターを通じて見てましたよ?」


「……マジ?」


 ぞっとする。

 そういえばそうだ。なぜ何も不思議に思わなかったんだろう。こんな序盤のフィールドに、飛行型のモンスターがいる事自体がおかしいのに。

 今回の襲撃も──


「え、じゃあ『ライトアロー』撃ってたのってストレス解消とかじゃなかったのか!?」


「ミナトさんはわたしをどんな目で見てるんですかっ!」


 言い合っている間にも、ゴブリンシャーマンは鳥モンスターをこっちに突っ込ませてくる。鷹のような猛禽類だ。爪やくちばしで襲われたらたまったもんじゃない!


「ちょ、反則だろ! こちとら剣一筋だってのに……!」


「『ライトアロー』! 『ライトアロー』! 『ライトアロー』!」


 ノアが撃ち落としてくれるが、焼け石に水だった。ゴブリンシャーマンは穢れた森方面から大量の鳥型モンスターを呼び寄せている。


『ギギギ……!』


 ゴブリンシャーマンは次の笛を吹き始めた。

 戦場で戦っていたオークたちがびくりと震える。黒鉄オークが雄叫びをあげてこっちに突っ込んできた!


「もうなんでもありかよ!」


「……『ライトアロー』!」


 ゴブリンシャーマンを仕留めるはずが、このままではモンスターに包囲されてしまう!


「くそっ……なんとか……後、少しだっていうのに!」


 俺が戦場から押し寄せてくるモンスターたちを見て、絶望の呻きを漏らした時だった。


「──『ジオ・インパクト』ォオオオオッ!!!」


 赤黒い雷光が散り、衝撃波が集結するはずのモンスターたちの足並みを乱れさせた。

 疾風のごとく現れる斧を構えた巨漢。


「よぉ! 苦労してんなぁ!!」


「聖人アレックス!!」


 現れたのはA級冒険者のアレックスだった!


「せいじん……? 何やら知らねぇが手を貸すぜ!!」


 そのまま黒鉄オーク二匹をまとめて叩き潰し、その周囲にいるモンスターを竜巻のように薙ぎ払う。

 しかし、アレックスといえども遠距離攻撃手段を持たない。空を覆い尽くすほどの飛行モンスターには──


「……はぁ。あんまり手を貸したくはないんだけどね。──『絶閃』」


 涼やかな声が響く。

 瞬間、光が奔り──空が真っ二つに裂けた。


「は──?」


 鳥型のモンスターが抵抗すらできずにバラバラにされて、片っ端から消えていく。

 遅れて熱波を伴う暴風が吹き荒れて、戦場にいる人々は全員目を覆った。


「頑張ってるじゃん」


「……レイラシア……」


 俺たちが苦戦していたモンスターを瞬殺したのは、王国騎士団のレイラシアだ。片手には領主のガラスの首ったけを掴んでぶら下げている。


「めんどいのは片付けたから、後はよろしくね。私は領主サマを街の中に叩き込んでくるから」


「お、おい! 待て! 不敬であろうが!!」


「じゃ」


 レイラシアが物凄いスピードで走り去る。ガラスの悲鳴がたなびいた。


「酷いじゃないですか、置いていくなんて」


 入れ替わりで現れたのは肩で息をしているチェロだった。


「チェロ……それは」


 脳裏に浮かぶのは、ゲーム時代に頭を矢で貫かれて光の粒へと消えていったチェロだ。


「師匠が何を怖がっているのか知りません。でも、そんなに私のことを信用できないんですか? ……責任、取ってください。師匠を信じさせた責任です。私も、あなたの隣で戦わせてください!」 


 チェロが襟首を引っ掴んでグラグラ揺らしてくる!


「師匠のお陰で、私、本当に強くなったんですよ? それなのに強くなっても師匠の隣で一緒に戦えないなんて……酷いじゃないですか!」


「わ、分かった……分かったから……! そのグラグラ揺らすのは止めてくれ!!」


 チェロは無言で手を出してきた。


「え」 


「武器をください」


 ……そうだった。チェロの武器は俺が使っている。

 代わりとして、冒険カバンからミスリルブレードを取り出した。どうせ俺には使えないものだ。


「……なんて素晴らしい剣なのでしょう。流石師匠です。冒険の末にこれほどの名剣を見つけ出すとは」


 うっとりと剣身を眺めているチェロに、素知らぬ顔で声を掛ける。


「……そうだろう? これは伝説の金属であるミスリルで作られた、とても凄い剣なんだ。大切にしてくれよ?」


「はい!」


 闇カジノで手に入れた剣だけどな!


 別に嘘は言ってない。フレーバーテキストには『とても凄い剣』らしいことが書いてある。


 ……大仰なフレーバーテキストがついた武器の入手経路がめちゃくちゃだったり、ストーリー後半の街にバラ売りされていることをツッコんではいけない。そこはいつものシオシオクオリティーだ。


 それを俺から軽々と受け取ったチェロは、自信満々に俺の隣に立った。


「これで、師匠と一緒に戦える……」


 さっそく横からノアが割り込んできた。


「わたし、ノアっていいます! これからよろしくお願いしますね、サブヒロインさんっ!」


「……正直言葉の意味は理解できませんが、何かめちゃめちゃイラッときました。あなたは師匠の何なんですか」


「人生を誓い合ったうんめーです」


「…………ハッ」


「お前ら仲良くしろ! 今はこいつだろうが!」


 本当に大丈夫か、こいつら。

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