36.『それは仕様です』

 金髪の少女が空に向かって手をかざす。

 すると、無数の光の矢が生まれて一斉に放たれた。


「やっぱりミナトさんも私に会いたかったんですよね! だってうんめーですもん!」


 光の矢は戦場全体に降り注いで、猛威を振るう黒鉄オークや傷ついた衛兵に凶刃を振り下ろそうとしていたゴブリンをまとめて光の粒へ破裂させる。


「あ、あれ……」


「モンスターが、消えた?」


 圧倒的な魔法攻撃力と幸運補正値によるクリティカルの連発。一部から『クリティカルパチンコ』と揶揄された性能を存分に発揮し、モンスターを片っ端から葬っていく。


 その光景を見て、チェロは呆然と剣を取り落とした。


「……すごい」


「サブヒロインがメインヒロインに勝てる道理なんてないんですからっ!」


「さぶひろいん……?」


 ノアは光の矢を笑いながら連射していく。それと同時に破裂するモンスター。

 もはやゲーム初期の清楚な印象はどこにもなかった。


「はぁ……お前なぁ」


 もはや劣勢は覆されたと思った瞬間、頭の片隅にチリリ、とどこかで感じた嫌な予感を感じた。


「っ、危ない!!」


 俺はノアを庇って地面に伏せる。

 次の瞬間、遥か彼方からこちらに向かって飛んできた火球が炸裂し、俺たちは吹き飛ばされた!


「あの攻撃──いや、魔法は……!」


「……にへへ、久しぶりのミナトさんの匂い……」


「少しは危機感を持てよ!?」


 胸に庇ったノアが何やらガサゴソしていたが、意識する間もなく戦場の向こうへ──モンスターたちが攻めてきた方向へ視線を向ける。


「……あいつは」


 黒鉄オークのようないかにもな巨体はなかった。


 巨大な角の生えた狼がいる。

 ノラ平原に生息している平原狼の進化系。

 大獣狼──レベル45


 その上に立つ小さな影が、杖をこちらに向けていた。


(……まさか、まさか……そんな、嘘だろ……?)


 そいつから剥ぎ取った木の仮面は、今も冒険ポーチの中にしまってある。


 ──木の仮面の代わりに鉄兜を被っていた。

 身体にはあちこちに切り傷や火傷のような跡があり、ゴブリンリーダーの笛が首から無数にぶら下がっていた。


 間違いない。

 この世界に来て間もない頃に出会ったそいつ。

 俺の命を、火球の初級魔法『フレイムボール』で焼き尽くそうとしてきた。


「ゴブリン、シャーマン……!?」


 知性を感じさせる青白い幽鬼のような目を鉄兜の隙間から覗かせて、再び杖を構える。


 ニィ──と鉄兜の奥の表情が嗤ったような気がした。

 途端に天を覆い尽くすほどの火炎が広がる。


「……上級魔法『カタストロフィー』……? なんでそんな魔法をゴブリンが……」


 俺はゴブリンシャーマンにフォーカスして、レベルを暴く。


「っ!?」


 嘘だろ……。

 そこに映し出されていたのは──


 ゴブリンシャーマン──レベル34


 という数字と、敵対色に赤黒く染まったサークルだ。


 レベルだけならば、あの人力チート女騎士のレイラシアと比べ物にならない。黒鉄オークのレベルよりも下。


 でも、最初に出会ったとき、あいつのレベルは15だった!

 それが今は──


「……モンスターが、レベル上げ……?」


 ありえない。

 そんなわけない!


 だって、あの仕様は……。


 の仕様は、シオシオのゲームシステムを完全破壊するとして初期の方にパッチが配布、修正されたはずだ!

 それが、なぜそのまま存在している……?


「ミナトさん?」


 ノアが固まった俺を不思議そうに見つめる。そのまま光の矢を生成し、ゴブリンシャーマンに向かって飛ばした。


 レベル120のノアが繰り出した魔法は一直線にゴブリンシャーマンの眉間を貫こうと進んで──あっさりと大獣狼に回避される。


「……あの犬っころ……うざいですっ!」


 ノアが俺の背中で歯を剥いて威嚇している。


「──やばい」


「え?」


 ゴブリンシャーマンの杖が真っ赤に光った。


 ──『カタストロフィー』


 真っ赤に染まった空から、赤黒い火の玉が無数に落ちてくる!


 俺は咄嗟に何もかもかなぐり捨てて、叫んでいた。


「っ、回避! 回避ィ────!!」


 視界が真っ赤に染まる。

 俺は、無我夢中で背中に手を回し──『とあるもの』を身体の前に押し出す!


「ミナトさん!?」「師匠!?」


「これが、サンドバッグの真の力だぁあああああ!!」


 HP『サンドバッグ』を盾に、俺たちは降り掛かった攻撃を凌いだのだった。


 ◇


 シオシオには数多の理不尽な仕様があるが、まだ遊べる範疇の仕様が多かった。

 普通のプレイヤーならぼ、ほぼ確実にVRヘッドセットを投げ捨てるところを俺のような人種は悪意の濃縮されたような仕様もゲームの一部として楽しんでいた。


 シオシオにはクソみたいなバグや仕様に注目されがちだが、全NPCと理論上は結婚可能な『好感度システム』などの謎のこだわりがあり、一部のプレイヤーには大いに刺さったのだ。


 他にもシオシオのモンスターには、独自のAIが使われていると開発者は自慢気に語っていた。


『ええ、プレイヤーはモンスターを倒してレベルをあげる。Communicate Connect Sagaでは、モンスターも進化するのです。我々は独自システムによって、モンスターとプレイヤーの戦闘をビックデータとして収集。それを元にしてモンスターは進化していきます。代わり映えのしない戦闘に退屈していませんか? 我々ならそれを打破できます。──そう、Communicate Connect Sagaなら、ね』


 眼鏡をくいっくいっとしながら足を組んでソファーに身体を預けるシオシオ開発者に、まだ発売前でシオシオの真の姿を知らない俺は「すっげぇえええええ!!!!」と憧れたものだ。


 俺はそれだけでもシオシオをプレイする動機になり得た。


 しかし、Communicate Connect Sagaが発売されてからちょうど一月が経過したころから、ネット上にとある声が散見されるようになる。


 ──モンスターが倒せない、と。


 初めは楽々狩っていたモンスターが、プレイしていくごとにどんどん行動パターンが変わって硬くなり、ついには全く手出しできなくなってしまったというのだ。


 原因はAIによるモンスターの進化だった。


 プレイヤーとの戦闘データを蓄積したAIは、なんとモンスターにもレベルアップシステムを実装。モンスターがモンスターを倒してレベル上げするという、わけの分からないこととなる。

 モンスターがモンスターを倒すという『共食い』状態となったため、プレイヤーがフィールドに出ても一定数しかポップしないモンスターは全て他のモンスターの経験値となっていた。


 ここまでなら、


 強い装備でのゴリ押し、高い地形からの魔法連射で工夫さえすれば一部のモンスター程度なら倒すことが出来た。


 だが、悪夢はまだ続く。

 AIは更に進化を続けて、更にはインターネットで戦争史の情報でも手に入れたのか、モンスターが軍隊のように戦略的に動き始めたのだ。


 低レベルのモンスターはダンジョンの奥などプレイヤーが到達することが難しいところで『ゴブリンナイフ』などの武器を生産し、フィールドの野良モンスターたちをして経験値トラップを作る。そうして誕生した高レベルモンスターが街や王都へ軍勢で押し寄せてきた。


 最初から用意されていたラスボスの魔王など、野良から叩き上げの高レベルモンスターに瞬殺されて、魔王軍は呆気なく滅ぼされ……。


 こうして、シオシオが発売されてから一ヶ月後。

 シオシオの世界はモンスターに完全破壊され、荒野が広がるのみとなっていた。


 開発がようやく動き出した頃には、すでに多くのプレイヤーの心がはシオシオから離れていた。


 『人魔大戦』と呼ばれたこの事件は、開発がパッチを当てるまで約三ヶ月続くことになる。


 ……シオシオ開発はパッチを当てた後にも反省するどころか、かのAIを機能停止にした後、魔王城の地下深くの神殿に封印して『邪神』と名付けて祀り立てたのだから笑えない。


『このクソ開発者がぁああああああああ!!!!』


 『人魔大戦』でシオシオ世界は崩壊、ヒロインも全員死亡。クエストは全て進行不可。ラスボス不在の為、ゲームクリアも不可能。

 俺は、VRヘッドセットを投げ捨てた。


 ……数日後、俺は「まあ悪くないよな! こんな世界でも!」と開き直り、パッチが当てられるまでの三ヶ月間、最前線でレベルカンストモンスターと死闘を繰り広げることになるのは、また別のお話。

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