35.『真打』

 黒鉄オーク。

 オークの生息地である『穢れた森』の最深部ダンジョン──『ハデス・シティー』に住まうシオシオ中盤の強敵だ。


 その皮膚は鋼のように固く、身にまとうブヨブヨした脂肪に物理攻撃はほとんど効かない。

 その巨体は戦車に例えられるほど。

 そんなモンスターが俺の身の丈ほど棍棒を振り回しながら、一直線に突き進んでくる。


「っ!!!!」


 ショートソードを構え、交錯する。


「グゥッ──!?」


 まるで丸太のような棍棒を力任せに叩き付けられ、『ジャストパリィ』したはずのショートソードは真っ二つにへし折られた。


「っ、うっそだろ!?」


 プレイヤー側の武器破壊だと!?

 ゲームではそんなことなかったのに!


「まず、」


 次に認識出来たのは、黒鉄オークの柔軟に躍動する筋肉。そして、横薙ぎに振るわれた棍棒の先端だった。


「師匠っ!?」


 へし折られたショートソードの柄でとっさに防いで、直撃を避ける。


 赤い火花。

 身体を貫いたとてつもない衝撃。

 空が回っている。天高く吹き飛ばされて、地面に叩きつけられたと認識するまで時間がかかった。

 そのまま草原に身体を打ち付けられ、ごろごろと三回ほど転がる。


(……あ、つい……あついあついあつい!?)


 身体のあちこちが言うことを聞かない。手をついて立ち上がろうとしても、腕が震えてまともに動かせない。

 HPが凄まじい勢いで減少していく。


(しにたくない……! 死にたくない死にたくない!!)


 そう願う気持ちも虚しく呆気なくゼロに到達したかに思えば──身体の内側に熱を感じた。


「、……?」


 パリンッ、という感触とともに何かが弾ける。──背中に貼り付けられた『救命の護符』。

 白銀竜との逃走劇で、全て使い切ったと思ったのに……背中になんて貼り付けてあったか……?


 とにかく、最後に一つだけ残った『救命の護符』が俺の命を救ってくれたのだ。


「はぁ……がぁ……!」


 ようやく腕の痺れと痛みが取れてきた。震える膝を叱咤して、立ち上がる。


「師匠! 師匠!!」


 チェロが見ているほうが不安になりそうな顔でこちらに駆け寄ってくる。

 それを押し留めて、俺は血を吐きそうな口から辛うじて声を絞り出した。


「……チェロ、みんなを……避難させるんだ」


「それは師匠もです。一緒に避難を……」


「ダメだ!」


 俺の強い口調に、チェロの手が止まった。


「俺は、確かめなくちゃならない……この襲撃の真実を……」


「そんな、真実なんて確かめなくてもいいじゃないですか……誰のせいでもないんですよ……!」


「……違う、違うんだ」


 チェロは知らないだろう。

 シャード襲撃イベントは、プレイヤーである俺がシャードという街に足を踏み入れたから起きたということを。

 だからここで逃げてしまえば、チェロが愛した街を、俺は踏みにじることになる。


 これは、プレイヤーとしての責任。

 主人公としての、責任だ。


「はは……ちくしょう。相変わらずやること為すこと全部がクソゲーなシオシオ開発……」


「……師匠……」


 チェロの目を見つめた。


「──俺を手伝って欲しい。あのモンスターに勝つためには、君の力が必要なんだ」


 その言葉に、チェロは──

 モンスターを何匹も倒してきたとは思えないような、疲労を感じさせない柔らかい表情を浮かべた。


「やっと、言ってくれましたね」


「……」


「あなたは、何もかもを一人で背負い過ぎなんですよ」


 それだけを呟き、くるりと俺に背を向ける。

 ブロンズソードを抜いて、またもや突進体勢を取る黒鉄オークに近づいていく。


「……チェロ」


「見ていてください。──あなたの成果を」


 黒鉄オークは雄叫びをあげて、突進してきた。地を蹴るたびに土砂が爆発し、もはやダンプカーとでも言うような巨大な質量がチェロを押し潰すべく迫りくる。


「──『飛び込み斬り』」


 瞬間、チェロの姿は横薙ぎに振るわれる黒鉄オークの棍棒の向こうにいた。──真っ二つに断たれる棍棒に、黒鉄オークの困惑の声が漏れる。


「『唐竹割り』」


 血のように真っ赤なパーティクルが弾けて、チェロは黒鉄オークの片腕を斬り落としていた。


「──『真剣一文字』ッ」


 胸に刻み込まれる斬撃の跡。

 チェロはまるで黒鉄オークを翻弄するかのように、掴みかかる腕から逃れて、舞踏を舞うように的確に斬撃を叩き込んでいく。

 オークの血の代わりに降りかかる光の粒。

 踊るようにして斬撃を繰り出すチェロは、まるで一つの絵のようだった。


「……これが、『始まりの少女の夢』」


 俺の口から無意識に声が漏れる。

 『始まりの少女の夢』で育成することになるチェロは、プレイヤーとは違って成長曲線が著しく高い。

 チェロはこの世界の誰よりも『強キャラ』になり得る素質を持っているのだ。


 ゲームでは、今まで誰も強制敗北イベントを乗り越えられず、チェロは命を落としていた。


 しかし、チェロは今まさに自分の死の運命に反抗している!


「──『ブレイク』!」


 黒鉄オークの分厚い顎にブロンズソードの柄を叩き込んで、強制ノックバックを食らわせた!


「まだまだ、です!」


 チェロは、そのまま追撃しようと地面を蹴る。


 黒鉄オークは、迫りくるチェロを見て──ニヤリと醜悪な顔を歪ませたように見えた。


(……、?)


 地面に落ちていた他のオークの棍棒を手にして、黒鉄オークは赤黒い光をその棍棒にまとわせ始める。


「っ、チェロ! 戻れ!! やつはスキルを使う気だ!」


 そうだった!

 なぜ、忘れていたんだ!


 シオシオのモンスターは、基本的には自分の手にした武器で殴りかかったり、行動ルーチンによって攻撃したり、逃げ回ったりする。


 しかし、一定の高レベルになるとモンスターもプレイヤーと同じスキルや魔法を使ってくるのだ。

 例えば、ゴブリンシャーマンは『フレイムボール』。白銀竜は『アイシクルランス』。

 そして、黒鉄オークは打撃スキル──『ジオ・インパクト』を。


 赤黒い光が棍棒に満ち、そのまま振り下ろされる──直前、チェロの剣も光を帯びた。


「──『旋花』ッ!!!!」


「な!?」


 スキルとスキルのぶつかり合いに持ち込むのか!?


 『旋花』と『ジオ・インパクト』はスキルツリー的には『ジオ・インパクト』のほうがレベルが高い。しかし、武器はチェロのブロンズソードのほうが高性能だ。

 ならば、必然的に両者のステータス差による勝負となる。

 勝つのは……!


 そんな数値の計算をよそに、俺は冒険カバンからポーションを取り出して、チェロに向かって投げていた。


 ゆっくりと回転しながら、ポーションは放物線を描いてチェロと黒鉄オークの元へ──


「これで──!!」


 そのまま死力を尽くした二つの『全力』がぶつかる──




「『ライトアロー』」




 ──背後から飛んできた光の矢が黒鉄オークの首をあっさりと吹き飛ばした。


「…………え? きゃああああああああ!?!?」


 攻撃対象を失ったチェロは『旋花』の反動でそのままくるくると回って倒れてしまう。


 ……ようやく来てくれたのか。

 振り返ると同時に、背中に重みを感じた。


「真打登場、ですっ!」


 さらりと金髪のショートカットが揺れる。

 俺が空高く投げたポーション瓶を目印に、魔法を飛ばしたのだ。


「……んんん? なんだか新しいどろぼーねこが……」


 ノアが俺の服の裾を掴んでくんくんと匂いを嗅いできた。


「でも大丈夫です! ……にへへ、最後はメインヒロインが勝つって分かりきってますからねっ! わたしが着くまで使でした!」


「いや、そんな人聞きの悪い……」


「わたし、つごーのいい女ポジですからっ!」


 ヤンデレストーカーのノア、参戦!

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