34.『シャード防衛戦』
「な、なんだ……あれは……!?」
シャードの門の前に大勢が集まっていた。そのほとんどが冒険者や衛兵だ。
街中の戦える人たちが、ここに集められていた。
人混みをかき分けて、一番前に出る。
俺はそこで目にすることとなった。
──ノラ平原の地平線から、大量の影が一斉にこちらに向かっている。
「見なさい、これが敵だよ」
傍らで剣を抜いたレイラシアは、剣に光をまとわせて振り下ろした。
すると、レイラシアの剣の先端から光が迸って空間に巨大なスクリーンが映し出される。
『遠視』と『投影』の組み合わせだ。まさに高レベルの専売特許。俺が歯噛みしていると、段々とノイズが収まって向こう側の様子が見えてきた。
「オーク、か?」
三メートルもの巨体もいれば、その半分以下のやつもいる。だが、その数が尋常ではなかった。
「……あれ、全部モンスターなのか……?」
「嘘……あんな、たくさん」
「くそっ! 何なんだよ!!」
周囲の冒険者からは絶望的な声やすでに諦めてしまったような声、悲嘆や怒鳴り声があがった。
誰だって、この光景を見ればそうなる。
まさに群れ。地鳴りの音が遠くからでも響いてくる。
軍隊のように整列しておらず、本能的にこちらに向かってきているのだろう。だからこそ、人間としての原初の恐怖が蘇る。
物量による圧力。
「ざっと、三千かな」
「さ、三千!?」
レイラシアが漏らした声に、冒険者たちの間に動揺が広がった。
「……なるほどね。これを予期してたから団長は私に……まったく、団長も酷いよ」
レイラシアは小さく独り言ちると、大きな声を張り上げた。
「──これより、シャード防衛戦を始める! 総指揮は、この私──王国騎士団のレイラシア・ブランシャールが取る! 異論はあるか!!」
なんと、レイラシアが皆をまとめ始めた。
「衛兵隊は前に出ろ! 冒険者たちは衛兵の後ろへ! 脇を固めるんだ!」
そのままあっという間に陣形が整えられて、俺とチェロは陣形の脇へと押し退けられる。
「……なんて、ことだ……まさかシャードに」
……なぜかここついてきたシャードの領主、ガラスもいる。いや、あんたは避難しろよ。
「師匠……」
チェロは硬い表情で的確に指示を下していくレイラシアを見守っている。
「……不安か?」
「いえ。師匠がいますから」
「へ、へぇ」
なんとも嬉しいことを言ってくれるが、正直今にも逃げ出したくてたまらない。なにせ、ゲーム時代にシャード襲撃イベントで殺された回数は数十回にものぼるのだ。
思わず背筋が震える。
武者震いか、それとも……。
(……勝てるのか?)
強制敗北イベント。
それがシャード襲撃イベントの正体だ。
いくら100レベルを超えている王国騎士団のメンバーがいたとしても……。
「師匠」
手にほんのりと温もりを感じた。
見ると、チェロが俺の手を握っている。
「勝てますよ。絶対に」
「……」
「師匠が言ってくれたこと、です」
「……そう、だな」
そうだ。俺が、チェロに言ったばかりじゃないか。
勝ち筋を見つけて勝利する、と。
俺はどうやら弱気になっていたらしい。チェロに師匠と呼ばれて良い気になっていた自分が恥ずかしい。
「後、私も一つ師匠に聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「それ……何のために持ってきたんですか」
チェロが半目でこちらをじとっと見てきた。……いや、正確には、俺の背負っている『サンドバッグ』を。
「え? い、いや……だってサンドバッグは人生の先輩だし……」
「……」
そんな目で見るな!
「せめて冒険カバンにでもしまいませんか? ……ほら、なんかこれから戦うのにレッサーゴブリンのぬいぐるみを背負っている変なやつだって、周りにじろじろ見られてますよ」
「俺は気にしないさ。……いや、『サンドバッグ』はミミックとか石像ガーゴイルと同じ『オブジェクト』&『モンスター』扱いなんだよ。人とかモンスターとか……冒険カバンに入れられないだろ? つまりそういうことだよ」
「……捨ててしまいましょうよ、そんなもの」
レイラシアが衛兵に陣形を組ませているのを尻目に、俺はそっとチェロに囁いた。
「それよりも気になることがあるんだ」
「私はサンドバッグを頑なに手放さない師匠の心理状態が気になりますけどね」
それはもう終わったことだろ!
俺はレイラシアが映し出したスクリーンをじっと見る。
オークの群れ。大小様々なオークが一心不乱にこちらを攻めてくる。
(……いや)
本当に?
本当に、オークたちはこちらに攻めてきたのか?
『シャード襲撃イベント』に属するモンスターの種類は俺の頭の中に入っている。
最初は弱いモンスターだ。
レッサーゴブリンや平原狼──ノラ平原に普段からポップするような雑魚モンスター。
それを一定数倒すと、今度はノラ平原から隣のフィールドである『穢れた森』に生息するモンスターが攻めてくる。オークや疫病スライムなど。
それも倒すと、今度は更に遠くのフィールドに生息する『レッドキャップ』や『ガーゴイル』が攻めてくる。
シャード襲撃イベントのモンスターは、段階的に敵が強くなる無限湧きだ。
(何かが……違う?)
だが、今回の襲撃はオークだけだ。
良く見ればゴブリンや平原狼の姿も確認できるが、襲撃イベントのパターンとは明らかに異なる。こんな生息地が異なるモンスターの混在した群れなんて……。
「……あのモンスターたち」
本能に支配されて、攻めてくるといった。
モンスターたちの顔に凶暴性などの感情は見えない。初戦闘のゴブリンたちのような様子ではない。
まるで、何かから逃げているかのような……?
「来たぞぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「っ、」
もっと観察しようと首を伸ばしていたところを、怒鳴り声が遮った。
前に揃った衛兵に素早いモンスターが接敵したのだ。
たちまち冒険者たちが剣や杖を構える。
互いのことも気にする間もなく、雄叫びと悲鳴が入り交じる戦場となった。
「くそっ! あと少しで見えそうだったのに……」
「師匠、来ます」
衛兵の防衛線を掻い潜って、背の低いゴブリンが俺の前に現れた。
俺はショートソードを抜剣し、ゴブリンに斬り掛かる。
「チェロ!」
「平気です」
チェロも特訓の成果を存分に発揮している。『飛び込み斬り』で瞬く間に距離を詰めて、そのままゴブリンの顎下から真上にブロンズソードを振り抜いて光の粒を散らした。
「身体が、軽い……まだまだ行けそう!」
「……」
まるで戦闘狂のようなことを言い始めたチェロの背後で大きな身体に似合わず震えているのはガラスだ。
モンスターを素早く屠っていくチェロを呆然と見ている。
「べ、ベルチェロ……? お前……」
「あんたは下がってろ! っ、グっ……!」
とっさに投げつけられた棍棒を防ぎ、返す刃でオークの腹を叩き切──ろうとしたが、中途半端に刃が止まってしまった。
オークはその分厚い肉と脂肪によって、耐久が高い。
(……っ、ショートソードだと攻撃力が、足りない……!)
初期装備のショートソードは、ゴブリンを相手にするのには十分だが、オークなどの耐久の高いモンスター相手には中々通りにくい。
「だったら!」
『ブレイク』でノックバックさせた後、『飛び込み斬り』で肩に飛び乗り、そのまま首を狙って剣を突き刺す。
モンスターには弱点部位が設定されており、そこを突けば確定クリティカルとなる!
「これで、終わりだ!」
深く突き刺し、くるりと刀身を捻るとオークの全身が光の粒と化して爆発した。
「……こんなにたくさん」
辺りを見渡せば、冒険者が必死に戦っている。
特に目覚ましい活躍を見せているのは、自称A級冒険者(たぶん本当)の『巨腕』のアレックスとその仲間たちだ。
「オラ、オラオラオラァアアアア!!」
凄まじい勢いで斧を振り回して、ゴブリンをミンチにしていた。かと思えば、縦横無尽に戦場を駆け抜けて、ピンチの冒険者にはすかさずポーションを投げ込んでいる。
流石、聖人アレックス。
一般脳筋とは一味違う。
「脆い」
一筋の閃光が駆け抜けた。
王国騎士団のレイラシアが圧倒的な敏捷力と攻撃力でモンスターの群れを蹂躙していた。
レベル107という数値は飾りではないのだろう。
まばたきしたと思ったら戦場の反対側にいて、その直線上のモンスターたちは全て切り裂かれて光の粒と化している。
衝撃波が幾重にも迸って、もはや超次元の領域だ。
「……俺が加勢するまでもないな」
もう一人でいいんじゃないのかと言いたくなる光景だが、そうはいかない。レイラシアはあくまで一人であり、一人で地平線を埋め尽くすほどの軍勢は倒し切れない。
……いや、倒し切れるかもしれないが、その時戦場に立っているのはレイラシアだけだろう。
「っ、師匠!」
チェロの声が聞こえた。
「まったく、油断も隙もないな!」
死角からの棍棒の一撃をもらいそうになった俺は、ギリギリで『ジャストパリィ』を発動して攻撃を相殺。
そのまま、反転して敵に向き直る。
「っ、こんなやつまで……!?」
黒光りするブヨブヨの巨体。鼻息荒く迫ってきたのは『穢れた森』最深部にポップする強敵。
黒鉄オーク──レベル40
「こんの、クソゲーがぁあああああああああ!!!!」
巨大な棍棒をぶんぶん振り回しながら雄叫びをあげて突っ込んできた!
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