33.『負けヒロイン(物理)』
屋台や露店が粉々になり、その残骸がチェロの上に積み重なる。
チェロはぴくりとも動かない。
レイラシアはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「これで終わりか。……領主さん、仕事は終わったから後始末はよろしくね」
「あ、ああ……」
ガラスが呆然とした声を漏らす。
レイラシアは剣を指先でなぞると、今度は俺に剣を向けた。
「さっきからうざいんだよね。君の視線」
「……なに、を」
「私を見ているかと思えば、どこかずれているところを見ているし……君は一体何を見ているの? もしかして、噂の『鑑定』ってやつなのかな」
……まさか。
俺がレイラシアのレベルを確認していることがバレているのか!?
というか、『鑑定』ってなんだよ! そんなスキル、シオシオには登場してないぞ!
抑えきれない動悸を隠して、俺は平静を装う。
「……さあな。あんたには関係ないだろ」
「それもそうかな」
プレイヤーである俺は、モンスターやNPCなどを注意深く見ていればレベルやステータスが視界に浮かんでくる。
まるでゲーム画面のように。
それを一目で指摘するなんて……自力でレベル100に到達している人は一味違う。
「天空城から落ちてきた君とあの子……。気になるところだけど、私は今忙しいんだ」
「……」
「闇カジノとか、ちょくちょく怪しいところに出入りしていたみたいだけれど……くれぐれも怪しい行動はしないように」
全部見られていた……?
この女はゲーム時代の俺が手に入れるのに死ぬほど苦労した『千里眼』スキルも持っているのか……!?
「じゃあね」
そのままレイラシアはマントを翻して去った。
後ろ姿を見て呆けている場合ではない。今はチェロだ!
「──っ、おい! チェロ! 大丈夫か!?」
急いでチェロの元に駆け寄り、ステータスを確認してみるとHPが限界まで削られて『気絶』の状態異常が掛かっていた。
あのレイラシアとかいう女騎士……加減しなければ、チェロなど一刀両断だったのだろう。
レベルの差はここまで顕著に出るものなのか。
見間違いでなければ、チェロのスキルが発動する前にレイラシアの剣が薙ぎ払っていた。
凄まじいほどの反応速度に敏捷力……スキルが発動する前に攻めてくるなんて、ほとんど速度チートだ。
「ほら、これを飲め……!」
俺は冒険カバンから闇カジノで手に入れた景品──『世界樹の雫』を取り出してチェロの口に突っ込んだ。
小瓶が空になると当時に、光の粒子がチェロに寄り集まって、傷を癒やしていく。
ぐんぐんとHPが回復し、上限を飛び越えて、そのまま二倍の量まで回復する。
『世界樹の雫』──全回復と全状態異常解除。そして、類まれなドーピングアイテムでもある。
「っ、────はぁ……!?!?」
チェロが飛び起きて、周囲を見回している。息を荒くして、自分の身体をペタペタと触っていた。
「いき、てる……?」
「王国騎士団に挑むなんて、あいつとお前、何レベル差だと思ってんだ!? そんなやつに真正面から挑むなんてふざけてんのか!?」
「……師匠」
チェロは俯いてしまう。
俺の顔を見て怒られるとでも思ったのか。いや、怒るけど!
「いいか、チェロ。高レベル相手には無闇に突っ込んだらダメだ。ちゃんと勝ち筋を確保してから突っ込むんだ」
「…………でも!」
「あいつと対峙しているとき、『どうせ負ける』とか『勝てるわけがない』とか思わなかったか? 挑む前に諦めてなかったか?」
「っ、それは」
「諦めたまま正面からぶつかって……そんなの負けるに決まっているだろ!」
あまりの脳筋思考にため息さえ出てくる。
俺はチェロに手を貸して、立ち上がらせた。
「──例えばな、NPC相手なら自分のアイテムやら装備を投げつけるんだ。触れた相手に『犯罪者判定』をなすりつけて街中の衛兵を味方につけることが出来る『盗品濡れ衣法』がある」
言葉を続ける。
「毒ポーションで相手を毒にしたまま、自分は斧スキルの『ディバインスレイブ』で地面に埋まって相手が死ぬまで隠れる『どくどく土隠れ』でもいい! 勝ち筋は無数にあるんだ。わざわざ高レベルの相手に真正面から挑む必要はこれっぽっちもない!」
「そんな、戦法が……」
なお、過去に一度だけあったシオシオのオンラインイベント対人戦にて、これらの戦法のせいで空気が地獄と化したことがあるのだが……まあ、別に今は関係ないだろ。
「だから、絶対に諦めるな! 絶対に折れるな! 勝利が見えてくるまで、貪欲にあがき続けろ!!」
「っ、」
ぴしっ、と指を伸ばして言い切ってやった。
気持ちいい……なんて気持ちいいんだ! wikiで得た知識を自分が見つけ出したかのように語る俺!
詐欺師レベルがぐーんと上昇していく!
「師匠……ようやく分かりました。私が、まだまだだってことが」
何やらチェロは、『今、自分は大切なことに気がついた』とでもいうように、光の宿った瞳をキラキラとさせている。
まるで挫折を乗り越えた主人公のようだ。
「分かってくれたか」
「……はい。ですから、師匠。これからもどうか末永くよろしくお願いします……」
そんなはにかんだ笑顔に、俺は大きく頷いた。
「ああ、任せておけ!」
そう言って、チェロを従え、俺はエンディングに向かおうと街の人混みの中へ消えていく──
「待て待て待て! 人の娘を連れてどこへ行く!?」
途中で、ガラスの太ましい腕に襟首を引っ掴まれて、戻されてしまった。
「何すんだよおっさん!」
「貴様……チェロは衛兵隊の入隊試験に受からなかったのだ。つまるところ、これからチェロは屋敷に戻ることになる」
「くっ……」
あんたが送り込んだレイラシアのせいだけどな!
幸いにもチェロは死にかけですんだが、もしも当たりどころが悪くて真っ二つになっていたら、この男はどうするつもりだったのだろうか。
「ええい、子は親の言う事をしっかりと聞いていれば良いんだ! 危険なところにわざわざお前が向かう必要はないだろう!?」
チェロは目を閉じて、深呼吸をした。
そして、
「お父様……だったら私にも考えが──」
次の瞬間、大きな鐘の音が鳴り始めた。
あまりの大音響に、周囲の人たちは皆顔をしかめて、辺りを見渡している。
拡声魔法なのかこの世界に不似合いなスピーカーから焦燥した声が流れた。
『モンスター襲撃! モンスター襲撃! 直ちに住民は避難せよ! 繰り返す! モンスター襲撃!』
チェロも、領主であるガラスさえも先ほどの言い争いを忘れて困惑している。
──ということは。
「ッ!!」
無意識だった。
咄嗟にチェロを胸に庇い、剣を振るう!
ガキンッ、と弾かれたレッサーゴブリンの矢。
こんな街のど真ん中で、あり得ないほど正確にチェロの頭を狙った矢は、街の外から曲射で飛んできた。
そんな無差別な矢が、たまたまチェロの頭を撃ち抜くことなんてあり得るのだろうか?
この世界が、チェロに死ねと言っているのだ。
「……っ、師匠!」
これから俺は、世界に喧嘩を売る。
チェロが死ぬ運命だと決定づけられたこの世界をひっくり返して、死ねと言ってきた世界に全力でNOを叩きつけてやるよ!
「『シャード襲撃イベント』が始まった! 行くぞ、チェロ!!」
「え、えぇ……!? 師匠、どこに……!?」
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