32.『閃光』
広場にやって来て「うんうん」と腕組み師匠面をして、今目の前で膝から崩れ落ちている筋骨隆々の男こそ、チェロ──ベルチェロ・シルバーミントの父だった。
何でもチェロは半年前からお屋敷を飛び出して、今まで他の街で修行を積んでいたそうだ。
一年に一回の衛兵隊の入隊試験に合わせて、先日シャードに帰ってきたばかりだという。
「──ということです」
「なるほどなぁ」
そんなことをチェロから申し訳無さそうに説明された。
チェロの父親──ガラスはばっと顔をあげると、まるで親の敵を見るような目つきで俺を睨みつける。
「お前が、お前が……! うちの大切なベルチェロをたぶらかしたんだな……っ!!」
「お父様、それは違います。私が彼に手伝ってもら──」
「か、彼……!? 手伝ってもら……!?」
顔を真っ赤に染めたガラスが今にも殴りかかってきそうな勢いで俺に詰め寄ってくる。
「き、き、貴様ぁっ! 一体うちの娘の何を手伝ったというのだ!! ちょん切ってやる!!」
「中学生かよ!?」
チェロが家出をした原因の八割があんたのせいじゃないのかと問い詰めたくなるが、火に油を注ぐだけになりそうなので、ひとまず黙っておく。
「はぁ……いつも通りの馬鹿なお父様を見て、私は少しばかり安心しました。──私は、半年前にも言った通り、シャードの衛兵隊に入ろうと思います。あの時の決意は、まだ揺らいでいません。約束してくださったじゃないですか。私が衛兵隊の試験に合格できたら、剣の道に進むことを認めてくださると」
「っ、……やっぱり許さん、許さんぞ! 剣の道だと!? お前に何かがあったらどうするというのだ!」
「子供扱いしないでください。私はもう、来月には成人を迎えます。みんなを守れるようになりたいのです」
「関係あるものか! お前は私の子供だ! お前に何かがあったら、向こうにいるグレナデンに顔向けできぬ!」
「っ、お母様のことを持ち出さないでください!」
チェロの母は、プレイヤーがこの世界に降り立つ五年前にすでに亡くなっているという。
ゲームにはNPCとして存在していない、ただの設定の話なのだが、こういうところでさらっと重い話をぶち込んでくるのが相変わらずのシオシオクオリティーだ。
(うーん、クエストの内容とほとんど一緒か)
確かチェロの父親が乱入してくる展開は、チェロの好感度を上げ過ぎると度々起きていた。
ガラスの手によって衛兵隊の入隊試験はぐっとレベルが上がり、クリアできなければチェロは屋敷に幽閉されてしまう。
衆目も、街の領主と半年前に失踪したと噂の娘の会話に野次馬として群がっている。
(……このままだと、まずいな)
ガラスの一声で、衛兵隊の入隊試験は前倒しされる。
そうなれば、今まさに修行をつけているチェロは本来の修行の成果を発揮できないまま試験を受けなければならない。
そして、ガラスが試験に関わってくると──難易度が飛躍的に上昇する。
筆記試験の内容はそこまで変わらないが、問題は実技試験のほうだ。
一対一、モンスター型ゴーレムとチェロの戦い。
レベルは8〜10
モンスター型ゴーレムのAIレベルは低く、アイテムやハメ技などによってゴリ押しで倒すことも可能だ。
だが、ガラスが出張ってきた時にはまた違う相手が用意される。
街の衛兵──レベル18
『犯罪者判定』を食らった時に敵対する秩序の番人とチェロは相対することになる。
衛兵はNPC判定のため、高度なAIが組み込まれている。そこにハメ技はほとんど通用しない。
場外からのアイテムの投擲も撃ち落としてしまう。
限界まで育成しても、勝てるかどうか──
(……ちくしょう)
ガラスは本気でチェロのことを引き止めたいと願っている。
そこに、部外者である俺は関われない。
この世界のNPCたちは本物の人間だ。シオシオでは設定に過ぎなかったチェロの母も、ガラスの苦悩も、しっかりとこの世界に根付いたものだ。
「……っ」
それに、俺はゲーム感覚で触れても良いものなのか?
だったら、俺はどうして……チェロをここまで──
「分かった。どうしてもというのならしょうがない」
ガラスが例の『難易度上昇』の台詞を口にしようとする。
俺は震える膝を叱咤して、声を上げようと──
「ならば、衛兵隊の入隊試験に見事合格した暁には、俺はもうベルチェロのことを一人の大人として見なし、対等に接するとしよう──」
「まっ──」
俺が声を上げる前に、ガラスは大きな腕を広げて獰猛に叫んだ。
「『この街を相手するつもりで』かかって来なさい」
「──っ」
終わった。
完全に取られた。
これで衛兵隊の試験は格段に難しくなり、クエストの成功報酬である『望郷のお守り』の入手難度も格段に上がってしまった。
「これでいいか?」
「問題、ありません。お父様」
「……ふ、せいぜい泣きを見るといい」
ガラスは不満げにベルチェロから目線を外すと、傍らにいた人物が前に進み出てきた。
その人物は──
「もはや、ここまでのようね」
俺をオークだと勘違いした挙げ句、槍を何本も突っ込んできたあの女騎士。
流麗な鎧に身を包み、王国騎士団の印を入ったマントをなびかせて立っている。
「……なんで、あんたがここに」
「うん? 君はいつぞやの……まあ、今は関係ないか」
キィン、と静かな鈴の音のような音を立てて剣が抜かれた。
「私が今回の衛兵隊の入隊試験を担当するレイラシアだ。さ、剣を構えなさい」
……は?
ちょっと待てよ。何でチェロが王国騎士団と戦うことになっているんだ……? ゲームの通りに進めば、街の衛兵が相手じゃないのか?
こんな理不尽な展開、俺は知らないぞ!
「っ、チェロっ! ダメだ!」
「……分かっています……」
いや、分かってない! と叫ぼうとした瞬間、チェロがこちらを向いて小さく笑った。
「でも……やらせて下さい」
「チェロ!!」
凄まじいプレッシャーだ。
レイラシアのサークルは味方NPCを示す薄緑のサークルなのに、ドス黒い血の色に見えるのは錯覚だろうか?
……俺が直接戦うわけではないのに、膝が震える。
これが、王国騎士団。
シオシオNPCによる最強の戦闘集団。その一角。
『レイラシア・ブランシャール』──レベル107
(っ、あ……)
勝てない。
チェロは勝てない。
瞬間的に断じてしまった自分の思考に愕然とする。
『衛兵隊の入隊試験』の戦闘では、どれだけレベル差があったとしてもチェロが殺されるなんてことはないはずだ。
それなのに、身を震わせるこの悪寒は──
チェロは一瞬背筋を震わせると、俺からもらったブロンズソードを正中に構えて、静かに相手を見据えた。
剣先は僅かに震えている。
当たり前だ。
鼠がドラゴンを相手にするようなもの。
「では、行きます──っ」
チェロはそう叫ぶと、剣に『飛び込み斬り』の光を纏わせる。
教えた通り、余計な動きの一切を削ぎ落とした動作。
このまま相手の懐に飛びこんで、そのまま『唐竹割り』をすれば──
そう考える理性とは別のところで、直感という名の不確かな感覚は絶叫していた。
(にげ──!!!!)
「遅い」
一閃。
『飛び込み斬り』のスキルの挙動よりも、ほんの一瞬先行し、レイラシアの剣は──チェロの胸を光の速さで薙ぎ払っていた。
「ガ、ッッッ────────!?!?」
その剣閃。
ブロンズソードを弾き飛ばされ、服の下に着込んだ防具の数々も尽く砕かれた。口から血を吐き出すという僅かな反応しかできないまま──広場の一角に叩きつけられる。
「は──……?」
『始まりの少女の夢』クエストは、失敗した。
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