第三章 神ゲー
31.『感動の再会』
◇
最近、シャードの街で妙なことが噂になっているらしい。それは、フードを被った少女が衆目の前で奇行に走っているとの噂だった。
モンスターの形をしたぬいぐるみ相手に倒れるまで斬り掛かったり、その周りを走り回ったり、跳び回ったりしているという。
ぬいぐるみ相手に片手で剣を振り回しながら、もう片手に本を持って死んだ目で音読していたとかなんとか。
……実に奇妙だ。
俺はこの街のことを全て知っている。端から端に至るまでの建物から住民まで、全てを知り尽くしている。
その街で、最近になっておかしなことが起こり始めたならば調査するしかない。
この街は、俺が守る!
そう決意して街へ向かった。
例の広場はすぐに見えてきた。
大勢の住人たちが集まって、広場の真ん中にいる人物の行動一挙手一投足に歓声をあげたりしているようだった。
「もっと! もっと効率良く動け!」
広場の真ん中には、モンスターの形をした人形が備え付けられている。小柄なフード姿の少女が果敢に挑みかかっていた。
「今の振り向く動作は必要なかった! 『飛び込み斬り』の誘導性に任せれば6F短縮できた! ただし、スキルの動きに最後まで身を任せるなよ! あくまで動くのは自分自身だと意識しろ! キャンセルポイントを見極めろ! もう一回だ!」
剣を光らせて、何度も何度も追撃する姿は伝承に出てくるような戦天使を思い起こさせる。
「本から目を逸らすな! 『勉強ステータス』を上げることを怠るな! 全てを管理し、最高効率でこの世界を生き抜くことを実践しろ!」
街の衛兵には及ばない剣筋でも、ただ愚直に、ひたむきに剣を振るう。
片手には分厚い本を開いて、そこから目を逸らさない。
「さあ、もっとだ! もっと効率を極めろ! 時間は有限! つまるところ成長も有限だ! 最強を目指すにはまだ足りないぞ!!」
その流麗とは程遠い荒削りな動きは、少女の心の強さを感じさせる。美しささえ感じてしまうほどで──
「さあ、もう一度コンボの見直しを──」
「──っ、さっきからごちゃごちゃうるさいな、何だね君は!」
俺は、先程からフードを被った少女の周りをうろちょろして叫ぶ少年を怒鳴りつけた。
「な、なんだよ……?」
ぴくっ、背中を跳ねさせて振り返った少年は、まさしく平凡だ。今どきの農民でさえもう少しまともな服を着ている。
珍しい黒髪に、剣を帯びているところを見ると外からこの街に引っ越してきた移住者だろうか?
「さっきからわけの分からないことをごちゃごちゃ言い連ねて。……ふざけているのか!?」
「いや、俺はあいつの師匠で」
「良い加減にしろ!」
ツカツカと前に進み出てそいつの胸ぐらを掴み上げる。見るからに筋肉のついていない、弱っちい身体だ。
こんなやつの指図を努力家の少女が受けるわけない。彼女はこれから更に強くなっていくのだ。
「ぐっ……」
「憧れるのは理解できる。だが、ちょっかいをかけるのにも限度というものがあるだろう。彼女に二度と近寄るな!」
俺は少年を一喝すると、再び少女の鍛錬に目を向けようとした。
「っ、な」
出来なかった。
首筋に冷たい感触が当たっていたからだ。
「君は、何を」
鋭く反射するブロンズソードの刀身。握っているのは、鍛錬を積んでいた少女だ。
なぜ彼女が、という疑問は続く言葉を聞いた瞬間にもはやどうでも良くなっていた。
「──手を離してください。彼は、私の友人です」
衝撃が身体中を駆け巡る。
少年の胸ぐらを掴んだ手を思わず離してしまった。
「その声……お前、まさか」
「相変わらずですね。──お父様」
少女がフードをゆっくりと外す。
溢れ出す長い銀髪に、サファイアのような青い目。
「生きて、いたのか」
「勝手に殺さないでください」
少女は地面に倒れて息を荒くしている少年の手を取って、立ち上がらせる。
「……師匠にご紹介します。恥ずかしながら、あの人は私の父。この街の領主であるガラス・シルバーミント」
その姿は、半年前に家を出た俺の娘──ベルチェロのものであり──
「私は、この街の領主の娘──ベルチェロ・シルバーミントです。……今まで偽名を名乗っていました。私の素性を知ってしまえば、きっと今まで通りの関係でいられなくなるから……それが怖かったんです。騙していてごめんなさい、ミナト」
「もう、良いんだ。自分を隠さなくても」
少年がベルチェロを口説き始めた。
「ミナト……」
「俺が、全てを受け入れてやる! だから泣くんじゃない!」
「ミナト……!」
俺は、がくりと膝をついた。
家出した娘が戻ってきたと思ったら、どこの馬の骨とも知らない男を引っさげてきた!
ぶっ殺してやる!
──
おや……?
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