番外編『破滅 ていくつー』
「ああああぁああああ!! クソッ、クソッタレ! あの男!!」
「お姉ちゃん……」
金のリリムは激怒していた。怒髪天を突く勢いだった。必ずあの男に復讐してやると牙をむいていた。
あの男。
へらへらとした黒髪の男!
いかなる詐術を使ってか、このカジノ・グリムテトラの全景品を掻っ攫っていった。
許せない。許せるはずがない。
必ず報いを受けさせねばならない!
カジノで、カジノをせずに全てを手に入れるなんて、ディーラー二人組に対する冒涜でしかなかった。
「リリス。あの男、次も来るかしら?」
「うーん、一度大勝ち? あれを勝ちって呼べるかは微妙だけど……そういう人は繰り返し来るよ」
「ふふふ……ならば、これを受け取りなさい」
そう言って金のリリムはカウンターの下から赤黒いシミのついたトゲバットを銀のリリスに押し付けた。
「えぇ……」
押し付けられて困ったのは銀のリリスだ。
「なにこれ……」
「なにって、撲殺用よ。グランデ・ファミリーの下っ端たちがいつも使ってるやつ」
ドン引きである。
銀のリリスは確信した。
お姉ちゃん、こりゃブチギレてるな……と。
「あの男、次店に来たときはただじゃおかないわよ……何かイカサマを使ったに決まってる。縛り上げてバットで叩いて、イカサマを暴いてやる……!」
完全にダークサイドに落ちてしまった姉に、銀のリリスはため息をつく。
銀のリリスもあの男のことが嫌いだった。
(……お姉ちゃんの胸ばかり見て……! ちっともこっちを見てくれないんだから!)
二人のバニーガールは、そういうわけで黒い復讐心を燃やして虎視眈々と次なる獲物が入ってくるのを待っていた。
やがて、カジノ・グリムテトラに備え付けられた鐘が高い音を響かせる。
「……合言葉は?」
『あくるひの おうごんのかがやき』
扉が開かれる。
次なる獲物がまんまと入ってきた。
金のリリムと銀のリリスは、舌舐めずりをしながら愛想の良い笑みを浮かべて、扉を開けた客を歓迎しようと──
「……ミナトさんの匂いがします」
その声と共に滑り込むように店内に入ってきたのは、金髪の少女だった。
金のリリムと銀のリリスは、互いの顔を見合わせる。
こんな若い獲物は、初めてだ。
キョロキョロと周囲を見渡す少女は、静かに歩みを進めて双子のバニーガールの前に立った。
目線が上げられる。
(な、なんなのよ……この子)
その目には、何も映っていなかった。
ただ双子を眺めて、価値があるかどうかを思案している。
銀のリリスはその目を見て、唐突に思い出した。
──これは、ヤバいタイプの人間だ。
私たちがグランテ・ファミリーに拾われた時にも同じような目線を向けられた。
つまり、目の前にいる少女は私たちを拾った裏社会のマフィアと同等ということに……。
「……なるほどです。あなたたちがミナトさんを誑かしたどろぼーねこですか」
「な、なんのことかしら? お嬢ちゃんがこんな大人の店に来ることは良くないわよ」
「お姉ちゃん……!?」
金のリリムがまともな倫理観を備えた大人みたいなことを言っている!
銀のリリスは明日空からレッサーゴブリンの群れでも降ってくるのではないかと思った。
「大人の店……つまり、ミナトさんは大人……ふふ、ミナトさんはアダルトで素敵ですもん。なら当然こんなところにも来ますよね」
陶酔したような表情で一人笑い出した少女を見て、双子はテレパシーでひそひそと話し合った。
(……あの子、何を言っているのか理解できないのだけれども)
(……ダメ。心を読んでみても、あの子の心は浅いところとか深いところとか……区分けが存在しない。まるで深い海みたいな心……その海を満たしているのは、う、ううう!?!? ああああァだああああああ!??!?!?)
(り、リリス!? しっかり! 気をしっかり保って……! リリス、リリス──ッッッ!?)
突然苦しみ始めた銀のリリスに、金のリリムは困惑する。今までこんなこと、一度もなかった。
あの少女の心の中に潜った瞬間、銀のリリスは発狂したのだ。
一体、あの少女は心の中に何を飼っている……!?
「どうかしたんですか?」
「い、いいえ……! 何でも、何でもないわ。ただちょっと妹の体調が優れないみたいで……だから今日はカジノをお休みしたいなぁ〜……って」
少女は何の感慨も持ち合わせていないように小首を傾げて、呟いた。
「……そうですか。残念です。せっかくミナトさんと同じ遊びが出来ると思ったのに」
金のリリムは失神してしまった銀のリリスを抱きかかえて、奥のスタッフオンリーの扉を開けようとする。
「あの、店員さん」
と、声をかけられた。
まるで人の生死を己の感情一つで操作できる生き物に出会ってしまったかのような、そんな恐怖とその他諸々が混ざりあった感情が背筋を流れ落ちる。
「な、なにかしら……?」
「……同じことをして、同じものを食べて、同じ出来事を経て、同じ言葉を発したら……だんだん人って、同じになりますよね?」
意味の分からない質問。
まだ十余りの少女から発せられるには、余りにも異質なその質問に、金のリリムの思考はフリーズした。
「えっと、その……分から……分からないわ」
「なら、わたしはミナトさんと同じ遊びをします。ミナトさんが遊んだのはどれですか? スロット? それともポーカー?」
……金のリリムは生まれてから二回、自分が逃げられないことを確信した。
一回目は、裏社会のマフィアに拾われたとき。
一生を裏社会で奉仕し続ける操り人形として、過ごさなければならないのかという絶望から、逃げられないと悟った時。
二回目は、今まさに目の前の少女が握っている。
「ミナトさん……というのは、先日ここに来た男の子のことかしら……?」
「はい。とても格好良い人です」
「そ、そう……とても格好良い人なら、その人で間違いないわ。ブラックジャックをミナトさんと一緒に遊んだの」
「あの」
「な、なに?」
「わたし以外でミナトさんを格好良いって思っちゃいけないんですよ? 正直、ミナトさんってどこか野暮ったい雰囲気ありますし、どう考えてもイケメンとは程遠いですよね」
「…………」
「早く訂正してください」
何なのだ、これは! どうすればいいのだ?!
意味不明!
同担拒否? だけど、これは──
分からない。この少女の内面が分からない!
「……あ、あはは。そうよね、微妙な男よね……!」
「あなたのような人にミナトさんの価値を決めつけられたくないです」
(……いったいどうすれば良かったというの……?)
ディーラーとして、これまで幾千もの人の心を操ってきた金のリリムは、少女にこれまで培ってきた自信を木っ端微塵に打ち砕かれた。
「じゃあ、ブラックジャックで対戦よろしくお願いします!」
妙に元気の良い挨拶をする少女の声は、もはや心神喪失状態にある金のリリムの耳をすり抜けていった。
「じゃあ、ここからここにある全ての景品をもらっていきますねっ」
「あ、うん……」
「今日も実に運が良かったです!」
少女はあの後、ブラックジャックのゲームにて全てのターンで『ナチュラルブラックジャック』を引き当てて、金のリリムにゲームに干渉する隙を与えないまま80000000メダルほどを奪って──
「ふふん、ふふ〜んっ」
入荷したばかりの景品を片っ端から攫っていった少女はホクホク顔でカジノ・グリムテトラの扉を開けて明るい世界へと帰って行った。
「……はぇ」
カウンターの上で魂の抜けた顔を晒す金のリリム。傍らで意識を取り戻した銀のリリスは、すでに店内にはいないあの少女を思い出して、背筋が震える。
「お、お姉ちゃん……!? しっかりして!」
「りり、す……?」
「だいじょうぶ!? 病院に見てもらったほうが……」
闇の世界の住人であるにも関わらず咄嗟に病院に頼ろうとする銀のリリスを見て、思わず金のリリムは小さな笑みを浮かべた。
「ど、どうしたの……?」
「ねえ……リリス──いや、リリー」
「その名前……」
「私たち、もうこんな仕事辞めにしないかしら?」
突然の提案に、銀のリリスは驚いた。
「どうしちゃったの、そんな」
「二人で一緒に、この国の外まで逃げて……そこで小さな畑でも耕して暮らしましょう?」
金のリリムは、乾いた涙の跡が残る顔で微笑んだ。
「……あの悪魔がいない場所で、ね?」
金のリリムと銀のリリスのこの後の行方を知るものはいない。
ただ、カジノ・グリムテトラには二つのウサ耳が寄り添うように置いてあったという。
◇
「ふんふーんっ、ミナトさん褒めてくれるかなー?」
──
幸運値の暴力……!
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