30.『ディストピア系たま◯っち』
「い、いや……でも、人も頑張ったら空飛べるし──」
「いいですか? どんなに頑張っても、人には人の領分というものがあるんです。いくら変態でも、踏み越えてはいけない境界というものがあるんですよ、師匠」
変態ってなんだよ!?
凄い温度差を感じる。
例えるならば、高校のクラス替えで初めての自己紹介の時に『シオシオRTA』を布教したときのような──
ぶんぶんと首を振る。今はそんなトラウマを思い返している場合ではない!
チェロの視線は、まるで動物園で芸を終えた後の動物を慈しんでいるかのようだ。
広場を囲む観衆たちも一言も発さない。
「「「……」」」
得体の知れないモンスターを見ているような、困惑と恐怖に満ちた視線をこちらに向けている。
少し刺激が強かったか。
思えば、スキルを繋げるなどという発想はプレイヤーだからこそできることだ。それを見せられて、少しばかり今までの常識が揺らいでいるのだろう。
「……まあ、しょうがないよな!」
「いや、何がしょうがないんですか」
さあ、皆上がってこい。
プレイヤーが見ている世界へ。
一緒に羽ばたこう!
新興宗教を開くってこんな感じなのかなぁ、と新たな知見を得たところでチェロに向き直って親指を立てる。
「チェロも練習すればこれくらい簡単にできる。だから諦めるな!」
「……わたしは人間を止める予定はないのですが」
失礼だな。
まるで俺が人間を止めているような口ぶりじゃないか。
「そういえば」と手を叩く。
「試すのを忘れていたよ。このためにサンドバッグまで用意して検証してたのに」
「はい?」
俺はチェロに向き直った。
「じゃあ、質問に答えてくれ。レッサーゴブリンなどが属している子鬼種の弱点と弱点をついたときのダメージの倍率は?」
キョトンとした顔をチェロは見せる。
「なんですかそれ」
「良いから答えてくれ」
首を傾げつつ、チェロは答えようとして──
「……あれ? 思い出せません……あれ、あれれ……?」
──深く頭を抱えてしまった。
昨日は完璧に答えていた問題なのに……チェロは答えられなかった。
「思い出せません……なんで、」
「いや、良いんだ。これは君のせいじゃない。むしろ俺のせいだともいえる」
「はい?」
「チェロ……君は、勉強内容をド忘れしてしまったんだ」
「……はい?」
『始まりの少女の夢』クエストの達成条件。
それは、チェロという名の少女とともにシャードの衛兵隊の入隊試験をクリアすることだ。
試験の合格には『戦闘ステータス』と『勉強ステータス』を合格域に収める必要がある。
そして、チェロはプレイヤーと共に様々な経験を積んで強くなっていく。
戦闘も勉強も鍛えることでその方面の能力が伸びる──このクエストは、いわば育成ゲームの側面を持つのだ。
しかし、ここで余計なことしかしないと噂のシオシオ開発の魔の手が入った。
特定の行動──例えば、チェロと一緒にモンスターを倒すといったことをずっと続けていれば、元々覚えていた勉強内容──『勉強ステータス』がどんどん減少してすっかり忘れてしまうのだ。
逆も然り。勉強ばかりやっていれば、戦闘で上がった『戦闘ステータス』がどんどんと下がっていく。
……そう。
つまり、チェロを衛兵隊の試験に合格させるには、バランス良く戦闘と勉強を学ばなければならない。
そして、そのバランス感覚が鬼のように厳しい。
七日というシャード襲撃イベントまでの時間でそこまでのことを管理しなければならないほか、更にチェロは努力家という設定があるため、バランス良く上げてきた数値を『自主練』といった形でプレイヤーの操作できないところで、勝手に上げたり下げたりしてくる。
いわば超絶難易度を誇るたま◯っち!
ほとんどの初見プレイヤーは、ここでVRヘッドセットを投げ捨てた。
俺は初見プレイ時、セーブ&ロードを繰り返して『自主練』の数値上昇を厳選して、VRマシンに付属のメモ帳機能まで使って丸々一日をかけてクエストをクリアした。
その時の達成感といったら、並ぶものがないほどだった。
……結局、クリアした瞬間に、シャード襲撃イベントが発生し、チェロは呆気なく死んでしまったが。
ならば、手段を変えよう。
俺は、絶望顔のチェロに向かって一冊の本を差し出した。
「……これは、なんですか?」
「大陸英雄列伝。これが『勉強ステータス』を上げるのに一番効率がいい。これを333回読めば『勉強ステータス』はカンストする」
「……? え? かんすと?」
「検証によると『戦闘』を行えば、『戦闘ステータス』は3上昇して、『勉強ステータス』は1減少する。『勉強』を行えば、『戦闘ステータス』は2減少して、『勉強ステータス』は3上昇するんだ」
もはや理解できないといった顔だが、俺は構わず続けた。
「つまるところ、勉強と戦闘のステータス上昇と減少の差は同じじゃないんだ。だったら、先に減少幅が大きい勉強をカンストさせて、次に戦闘したほうが『自主練』も含めてステータス管理しやすいだろ?」
「…………」
もしかしたら現実になったことで完全ランダムだった『自主練』による能力上昇を多少コントロールできるかもしれないが、念には念を入れて完全管理させてもらう。
三百回以上も同じ本を読み直すというのはキツイと思うが、チェロの趣味に『読書』とかがあったような気もするし、なんとかなるはずだ。
「じゃあ、よろしく頼むぞ!」
「…………うぅ……わかり、ました……」
チェロがゆっくりと頷いた。
目にハイライトがなかったような気がしたが、どうせいつものテクスチャバグだろう。
俺はシオシオに詳しいんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます