29.『人間卒業証明書』
シャードの街に入ってから四日目の朝。
今日も今日とてチェロは俺が広場に設置したサンドバッグを相手にスキルを繋げる練習をしていた。
「『唐竹割り』──っ、『真剣一文字』!」
振り下ろしからの、空間を切り裂くような鋭い横薙ぎ。
サンドバッグはチェロの連撃を食らいながらも、ぼよんぼよんと跳ねるばかりで倒れない。
「は、ぁ……はぁ……っ」
チェロのスタミナが切れたのか、彼女は地面に突っ伏した。
そんな特訓をそばで見ていた俺はチェロに向かってポーションを投げ入れる。
「……はぁ、はぁ……ありがとう、ございます……」
「だいぶ形になってきたな」
チェロが訓練しているのは、スキルのキャンセルポイントを利用し、スキルとスキルを『繋げる』という技術だ。
衛兵やモンスターなど、この世界で生きている存在はゲームシステムであるはずのスキルや魔法をそのまま使っている。
そこまでは、ゲームと現実のすり合わせとして納得できる。
しかし、彼らはスキルをそのまま使うだけで、応用しようとはしない。
例を上げると、シオシオを遊ぶプレイヤーで中級者向けの技として、スキルキャンセルというものがある。
スキルを一度発動させれば、スキルを出し切った後に硬直か発生する。しかし、あるタイミングでスキルを中断すれば硬直を無視できる。
それが『スキルキャンセル』という技。
バグ技でもなんでもない、技の仕様をうまく利用したプレイヤー独自の技術だ。
それを利用すれば、スキルとスキルの間の硬直を無くして、連続でスキルを発動することだってできる。
ゲームの世界の住人はその辺りが弱いのか、硬直をそのまま受け入れている。
それではダメだ。
この過酷なシオシオ世界を生き抜くには、スキルの連続使用程度習得してもらわなくてはならない。
チェロは教えてから日も浅いが、筋が良い。
三連続までならスキルを繋げられるようになった。
しかし、その程度で満足してもらっては困る。
「じゃあ、今度は俺がシオシオプレイヤーの当たり前ってやつを見せてやるよ」
「師匠、待ってくださ──」
チェロの声を置き去りに、俺は剣を抜いてサンドバッグに向き直る。
剣を振り上げ、『飛び込み斬り』。
瞬時に身体が加速されて、サンドバッグにブロンズソードがぶつかる鈍い感覚が手のひらに伝わる。
走る必要はない。──システムが距離を詰めてくれるからだ。
事前にセットしておいた汎用スキルの『ブレイク』が発動し、天高くサンドバッグを吹き飛ばす。
「まだまだぁ!」
スキルキャンセルからの『飛み込み斬り』を発動させ、今度は天高くまで身体が飛び上がる。
『ブレイク』と『飛み込み斬り』の空中コンボを三回程度決めた後、スタミナ切れで墜落するのを、指輪を外すことによる『虚空スタミナ』で回避。
街の上空でスキルの連続発動によってサンドバッグを叩きのめした後、ふわりと着地した。
「こんなものか……?」
無傷のサンドバッグが遅れてどしゃりと落ちてきた。
俺は『虚空スタミナ』によってスタミナは全快している。
息切れもせず、元気なままだ。
しかし、俺は膝をついて拳を地面に叩き付けた。
「くっ、この程度なのか……俺の今の実力はっ!」
「なにを──」
俺は辺りを省みず、ただ叫ぶ。
「……まだ足りない。足りないんだ……! あそこで『疾風』があれば、もっと高みに行けたのに! 『加速』も、『縮地』も、『瞬歩』も足りないものだらけ! ……ちくしょう!!」
今回は『ブレイク』と『飛び込み斬り』だけてコンボを決めたが、全く本来のDPSには及ばなかった。『繋ぎ』の技を覚えていないのが原因だ。そのせいで空中コンボを予定の半分以下で切り上げるという中途半端なことになってしまった。
ゲームにはない風を切る音、感覚。人間は空中で動けないという常識。それらががんじがらめに俺を縛って、弱くしている。
俺は、こんなに弱かったのか。
RTAを走っていた頃と比べたら、身体の切れや判断の早さが雲泥の差だ。いくら現実世界になったからといって、これでは俺にシオシオRTAを教えてくれた偉大なる先輩方に顔向けできないだろう。
俺は、まだ行けるはずなのに……!
「師匠」
そんな俺の絶望を読んだのか、チェロがそっとかがみ込んで俺の手を包んでくれた。
「チェロ……俺は、」
「大丈夫です、大丈夫ですから。落ち着いてください」
「俺は、まだ……高みに」
「──あなたに大切なことを伝えます。良く、聞いてください」
緊張が走る。
今までゲームをプレイしてきて、チェロからこんなことを言われたことはなかった。
何かの突発イベントか?
それとも……。
チェロは子供に言い聞かせるような慈愛の表情を浮かべるではないか。
そして、告げられたのは、
「人は、普通……空を飛びません」
……。
え?
──
もしかして:変態
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