28.『地雷スキル(比喩)』
「いやあ、まさか売ってもらえるなんて思わなかったなぁ」
俺は背中に担いだレッサーゴブリンの形をしたサンドバッグを揺らした。
武器屋の隣に併設されている訓練場のサンドバッグには、ゲーム時代何度もお世話になった。
普通、武器の性能を試すにはモンスターやNPCなどと戦わなければならない。
しかし、ゲームではないこの世界で理不尽ひしめくフィールドに出るなんて論外だ。だったらNPCだが、俺はまともな倫理観を備えているため無差別にNPCを殺傷したりしない。
そこで登場するのが訓練場の『サンドバッグ』である。
HP∞、全属性耐性、全状態異常耐性。いくら技を打ち込んだり、魔法で焼いても大丈夫という超耐久と耐性を誇るスグレモノだ。
『破壊不能オブジェクト』ではないが、限りなくそれに近い代物……それが訓練場のサンドバッグだ。
シオシオRTA勢は、サンドバッグにお世話にならなかった人はいないだろう。
ダメージ検証、技の仕様確認、ストレスのはけ口……多くの人々の想いや怨念をぶつけられてなお、そこにそびえ立つ。
『効率厨の末路コピペ』はそんなサンドバッグに対する愛を語ったポエムなのだ!
「……いや、あなたの言い分は分かりましたけど、この良く分からないゴブリンの形をしたぬいぐるみを金貨まで出して手に入れて……普通に訓練場に行けば良いんじゃないですか?」
「何を言っているんだ? 訓練場にあったら連れて歩けないだろ」
「……はい?」
サンドバッグという超有用アイテムの欠点は、訓練場にあるということだ。
武器屋で訓練場を使用するにはその店の武器を購入する必要がある。訓練場を使うのに毎回武器を買っていては、どんなに安い武器でも冒険カバンを圧迫するし、何よりとても面倒くさい。
無断で持ち出せば即座に『犯罪者判定』がついて街に入れなくなってしまう。
一応回避策として、その街の武器屋の権利書を手に入れてそのまま買い上げるという方法もあるが、権利書を手に入れるのにも専用クエストがあり、それがまた面倒なのだ。
ならばと、ゲームから現実になったこの世界でサンドバッグだけをそのまま買えないかと試してみたら、普通に買えてしまった。
これで、夢にまで見たサンドバッグは俺のものだ!
「サンドバッグはいくら攻撃しても壊れない特性を持ってるからな。思う存分訓練できるぞ」
「はぁ」
とりあえずいつもの広場に置いておく。ついでに色々とサンドバッグに仕掛けを施しておく。
具体的には、レッサーゴブリンの形をしたサンドバッグに『ミスリルブレード』を握らせて格好良いポーズを取らせてみたり、反対側の手には宝玉を握らせて、魔王の配下の中ボスみたいにしたり。
……やばい。なんか楽しいぞ。
夢中で装飾していくうちに、いつの間にか結構な時間が経っていた。
離れたところで体育座りしているチェロは、俺をじとーっとした目で眺めている。
慌てて立ち上がった。こんなことをしている暇はない。
「……私はこのまま剣の鍛錬を続けますが、あなたは?」
「俺は図書館で本を借りてくるよ。良い本があるんだ。ぜひチェロに読んでもらいたい」
「……師匠がそう言うのなら、本当にそうなのでしょう。まだまだ私の知らないことを教えてもらいたいものです」
信頼感がすごい。
思いのほかあの戦いがチェロの心を動かしたようだった。……バグ技と仕様を利用して一方的に大人げなく叩きのめしてしまったが、もしやチェロはドMの素質があるのかもしれない。
「じゃあ、今日は解散だ。習得したスキルは実戦で使う前に必ず注意して試しておくこと」
「……身にしみています」
チェロが苦々しく顔をしかめる。
不注意に覚えたてのスキルを発動させてしまったことを悔いているのだろう。
あのときはまだ良かった。
シオシオには、使う側に致命的な被害をもたらすスキルが数多く存在する。
プレイヤーの視界にダイレクトアタックする片手剣スキル『旋花』はもちろん。
継続時間の設定を間違えたのか一度発動してしまえば死ぬまで動けず、敵にタコ殴りにされる──汎用スキルの『カウンター』。
振り下ろした武器の当たり判定が地面を突き抜ける。スキルを使うたびに、敵も味方もスポッと地面貫通&奈落に真っ逆さま。斧スキルの『ディバインスレイブ』。
拳スキルの『太陽拳』は拳が赤熱して炎ダメージを追加で与えるというエンチャント系スキルだが、肝心の自分自身に火炎耐性がついてこないため、毎秒継続割合ダメージを受けて相手を殴る前に自分が死ぬ。
当たり判定が技を出すたびに変化する『ギャンブル首チョンパ』や、技を出すと自分が爆死する『ダイナマイト・ボンバー』などなど。
シオシオには星の数ほどの武器とスキルがあるが、そのどれもが一癖も二癖も併せ持った厄介な代物なのだ。
「明日もよろしくお願いします」
「おう、任せとけ! 明日はスキルのキャンセルポイントと、スキルを『繋げる』ことを教えてやるよ!」
頭を下げるチェロに向かって、俺は理不尽なスキルの数々とそれを覚える苦労を思い出しながら、そう応えたのだった。
◇
「退屈……」
レイラシア・ブランシャールは、コール王国の王都からシャードに派遣された王国騎士団の騎士である。
流麗な鎧に金色のマントは騎士の証。
『勝利のライ』として名が知られる最強の騎士、王国騎士団長によって授けられた『穿剣グレンスレイ』で斬り捨てたモンスターの数は底知れず。
まさしく、レイラシアはエリートだ。
そんなレイラシアだが、ほんの一月前に下された騎士団長の命令により、辺境の街シャードにて『天空城バルトリアス』からの落下物調査として駐屯していた。
「……気にいらない」
なぜ、私のようなエリートがこんな辺境の街に行くことになったのか。
敬愛する騎士団長の命令がなければ田舎臭いこのようなところに近づきもしなかった。
数日前に天空城バルトリアスが街の上を通り過ぎた際に、何かが落ちてきたのを見てオーク蔓延る『穢れた森』まで出張ったのに。
「……つまらないなぁ」
いたのは、へらへらとした二人組の子どもたち。
どこからどう見ても一般人の少年に、少し違和感を感じる少女。……恐らくただの魔法使いだろう。
こんな子供が森の奥深くまで迷い込んだのには少し違和感を覚えたものの、もはやどうだっていい。
わざわざ王都から出張ってまで調査した結果がこれなのか。
私は団長に対する失望を隠しきれなかった。
王都からの馬車の到着まで残り一週間ほど。
早くこんな田舎臭い街から離れたかった。
「この街の衛兵の練度もまだまだだし。あー……退屈」
退屈を持て余して、シャードの街を歩いていると──ふと、目に入ったのは広場を囲むようにしてできた人だかりだ。
「祭り?」
広場では何やら大きな歓声が上がっている。
人混みをかき分けて、前に出たレイラシアの目に飛び込んできたのは一人の人物が剣を握って鍛錬する様子だった。
暗い色のフードを目深に被った人物の素性は分からない。ただ、体躯の様子や足運びを見ると少女だということが分かった。
彼女が相手にしているのは、奇妙なものだ。
「あれは……サンドバッグ?」
レッサーゴブリンの形をしたぬいぐるみだ。なぜかゴテゴテと装飾してあるが、今は関係ないだろう。
それよりも……。
「あの子……」
足運びは拙く、剣を振り下ろす速度は遅い。重心が定まっておらず、込めた力を落とす前に足から力が抜けてしまっている。
型もなっておらず、典型的な素人の剣だ。
「……?」
しかし、何かが引っかかる。
少女がスキルを発動させたのか、剣に光をまとわせて──
「──『飛び込み斬り』」
少女は裂帛の気合とともに、振り下ろす。
サンドバッグは振り下ろされた剣の形に歪んで、ぼよんとそのまま弾き返した。
少女がたたらを踏んで体勢を崩す──そう思った矢先。
「『旋花』っ」
今までのスキルの光を塗りつぶすように新しい光が剣を包みこんだ。
「やぁああああああ!!」
刃の渦をぶつけて、少女は流れるようにサンドバッグの背後を取る。
またもや違う色の光が剣からほとばしる。
「──『唐竹割り』っ!」
一閃。
爆発するように舞い散る光の粒。
サンドバッグに弾き飛ばされた少女は、歯を食いしばりながら──それでもどこか満足気に笑っていた。
目を外す。
「……田舎には奇妙な剣術があるなぁ」
思い出したのは、騎士団長のライだ。
彼の修練を一度だけ覗き見たことがある。
スキルを発動させずに、何度も何度もスキルの軌道上を剣でなぞっていた。
あの時は意味が分からなかった動き。
……いや。
まさしく、ああやってスキルを繋げることを試していたのではないか?
「まさか」
最強の騎士団長が何回も修練して得られなかった技を、こんな田舎の素人ができるわけない。
きっと勘違いだろう。
私は静かに踵を返した。
「…………ん?」
広場の端っこのベンチにどこかで見覚えのある少女が座っている。
「ミナトさん、わたしを置いてどこに行ったんだろーなー」
そんなことを呟きながら、空に向かって光魔法のライトアローを撃っていた。
街の上空を旋回していた鳥型のモンスターが一撃で消し飛んだ。
「…………」
それを見た私は一目散に駆け出した。
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