27.『効率厨の末路』

荒れ狂う拳が、穏やかな愛に変わる

君は俺の憧れ

君は俺のストレスの受け皿

そして、俺の心の奥深くにある愛の対象


君に向かって放つ一撃は

俺の生活の中での不満や怒りの吐露

その背後には深い愛情

君に対する尊敬がある


君は俺の訓練の相棒

俺の成長の伴侶

俺の愛の対象

ありがとう

君は俺の心の中で永遠に輝く


君は俺の日々の戦いの相手

汗と血と情熱で満たされる

君への一撃は、俺の中の鬱憤晴らし

それは同時に、君を大切にする証


君は俺の心の声を受け止める

俺の内なる叫びの相手

君の静かな存在が、俺を導き

俺の熱い想いを受け止める


君がなければ

俺の魂は孤独に囚われる

君は俺の愛の対象

俺の生涯を共に歩む相棒


──『効率厨の末路コピペ』より、抜粋



 シオシオRTA界隈には、古参プレイヤーによる格言が数多く残っている。


 長時間シオシオをやり込んだ末に吐き出された魂からの言葉だ。そのどれもが言葉を残したプレイヤーの苦労を如実に示している。


 ただシオシオは頭のおかしいクソゲーということで、長時間触れていたプレイヤーも大体それに合わせて頭がおかしくなっていくのか。


 その格言で有名なものといえば、『効率厨の末路コピペ』だろうか。

 まだ俺がシオシオRTAに挑戦しておらず、エンジョイ勢としてのんびり楽しんでいた頃。このコピペの意味が分からなかった。


 当時コピペを見た俺は、『ヤバイ奴いてワロタ』と笑っていた。

 しかし、シオシオRTA走者は、必然的にこの怪文書の意味が分かるようになるという。

 それが成長の証なのか、はたまた『あちら側』へ踏み入れてしまった烙印か……。


 俺には分からなかった。


 ◇


「衛兵隊に入隊する試験には、筆記試験と実技試験がある。筆記試験は……まあ、がんばってもらうとして」


「なんだか一気に不安になってきました」


 そんな目で俺を見るな!


「と、とにかく! 俺が手伝えるのは、実技試験──つまり、戦闘だ」


 俺とチェロはあの後、一通りのステータス確認をしてから、街のNPCが一斉に活動し始める朝の六時まで色々と確かめた。


 結果、チェロはゲーム時代とは大まかなところで何も変わっていないことが分かった。ステータス値が多少ずれていたのは、チェロかゲームシステムの働きとは別のところで自分でトレーニングをしていたからか。

 まさに努力家といったところだろう。


 現に片手剣スキルツリーで、結構面倒な習得条件で覚える『旋花』のスキルを獲得しているのだ。

 まあ、習得条件をクリアして実際に覚えるスキルがあのリアル使用禁止技なので相変わらずのシオシオクオリティーなのだが。


 とにかくチェロは強くなりたいらしい。

 そこで、俺がチェロを連れて行った先は──


「ここは、武器屋ですか?」


 シャードの武器屋。筋骨隆々のおっさんが熱い鉄をハンマーで叩いているいかにもな武器屋だ。

 裏に訓練場が併設されており、武器を買う前に試していくこともできる。HP無限のモンスター型サンドバッグがずらりと並んでいる様子は壮観だろう。


 壁にはずらりと物々しい槍や斧、大剣が並んでいる。現代日本ではまず見たことのないような光景。


 俺は大股で店に踏み込んだ。

 店内で武器を眺めていた男たちがジロジロとこちらを見てくる。

 フードを目深に被ったチェロがひそひそと教えてくれた。


「あの人たち、冒険者ですね。冒険者とは何か知っていますか?」


「迷い猫探しからモンスターの討伐までお金を出せばなんでもやってくれる大陸ギルド協会の構成員、通称『冒険者』だろ?」


「ふふっ、流石師匠。聞くまでもなかったです」


 ちょこんと飛び跳ねて服の裾を摘み、自己肯定感を爆上げしてくれるような言葉を言ってくれたりする。え、天使?


 ふと、目の前に影が差した。

 見上げると、店内で一番ゴツいおっさんが前を塞ぐようにして立っていた。その顔にはニヤニヤとした冷やかしの表情が見て取れる。


「きゃんきゃん騒ぎやがってよぉ。おいおい、ここはいつからガキの遊び場になったんだぁ?」


「……あんたは」


 おっさんはさっきまで俺が視線を向けていた巨大な斧に気づいて軽々と持ち上げた。


 『巨人の斧』──要求筋力値は120だ。なぜそんな武器が始まりの街にあるのか気になるが、あるんだからしょうがない。


「もしかして、これを買いに来たのかぁ? だったら止めといたほうがいいぜ。小僧にはまだ早い。とっとと回れ右して、隣のアイスクリーム屋にでも行きな。美味しいミルク味のアイスが入ってるぜ!」


 周囲の冒険者からは下品な笑い声が聞こえた。

 黙っていると、俺の前にチェロが一歩進み出る。


「失礼。先ほどから礼節の行き届いていない言葉ばかり……あなたたちは他人に絡まなきゃ生きていけないんですか?」


 フードの下からまるで鋼のような眼光が見える。冒険者たちの笑い声が一斉に止んだ。

 おっさんがぐるりと首を回した。ゴリゴリと音がする。


「……ほぉ? お嬢ちゃん。随分とひよっこのことを庇うじゃねぇか。このA級冒険者『巨腕のアレックス』の名を知ってれば、素直にアドバイスに従うと思ったんだけどなぁ」


「知るわけないじゃないですか、あなたみたいなおじさん」


「……」


 おっさんの顔が一瞬で無表情になった。


「それよりも……師匠がひよっこ? ……はっ、愚かですね。実に愚かしいです。そんな頭では、今まで苦労してきたでしょう。──師匠は凄い人です。ドラゴンも倒したんですよ? 師匠にかかればドラゴンでも瞬殺ですから」


「……?」


 やばい。いつの間にかドラゴンを倒したことにされている。


 というか、『巨腕のアレックス』って『始まりの夢の少女クエスト』のお助けNPCじゃねぇか!


 先輩冒険者として、プレイヤーとチェロを導いてくれる師匠的ポジションだった。試験では重大なヒントを残してくれて、襲撃イベントの時には最後までプレイヤーと一緒に戦ってくれる神NPC。

 ネットでは『聖人アレックス』とか呼ばれていた。


 それが……。


「……」

「……」


 目の前では、チェロとアレックスがバッチバチに火花を散らしていた。


 ……? どうしてこうなった?


 チェロは熱くなっているのか、どんどんとおっさんの方へ詰め寄って、アレックスの筋骨隆々の胸に人差し指を突きつける。


「どうせあなた方のような図体だけ大きい人は中身が伴ってないのが通例です。品性と教養が足りない。……この意味分かりますか? それに師匠はあなたよりも百倍強いです。きっと1200レベルくらいありますよ。たぶん」


「いや、待て待て待て!! それはおかしい!」


 アレックスのレベルは80。始まりの街にいるのがおかしいほどの高レベルだ。戦ったら俺なんて一瞬で潰されてしまう!


「何ですか、ミナト。後少しであちらから手を出させることに成功したというのに。悔しくないんですか?」


「別に悔しくねぇよ! だから止めとけ!」


「……ふんっ。命拾いしましたね」


 命拾いしたのはこっちだよ! 

 チェロはまるで獰猛な狂犬みたいな目をアレックスに向けている。

 何なんだ、いったい……。

 

「おい、小僧」


「は、はい」


 アレックスが俺を見た。さっきの言葉は普通にアドバイスだったようで、アレックスの目には悪意なんて一切見えない。


「……あの人に敬語を使うんですか?」


 代わりにチェロがやばい。

 刺すような目でこっちを見るな!


 アレックスは遠慮がちにアドバイスをしてくれた。


「『巨人の斧』は、見たところ小僧の力では使いこなせない。他の武器──例えば『ブロンズソード』や『アイアンナックル』がオススメだぞ」


「あ、ああ」


「小僧も、色々と大変だと思うが気をつけろよ。冒険者は、見習いが一番死亡率が高いからな」


 アレックスは俺の背中をぽんと叩くと手を振ってそのまま武器屋から冒険者たちを引き連れて出ていった。

 ……聖人アレックスと呼ばれている片鱗を見た気がする。


 後に残されたのは俺とチェロだ。


「何ですか、あのおじさん……私の師匠に散々なことを言ってそのまま帰ってしまうだなんて。師匠、塩持っていませんか? あの人の触れた物全部にかけておきましょう?」


 そんなことを笑顔で言うチェロを華麗にスルーして、武器屋の店主に話しかけた。


「買いたいものがあるんですが……」


「──帰れ」


 取り付く島もないとはこのことか。

 無愛想な鉄の表情筋をぴくりとも動かさず、万力の如き力強さで店主は呟く。


「武器に対する愛。それが無いお前たちに、この店の武器は売れぬ」


「……」


「武器は人生の相棒だ。……それを証明しろ」


 そう。この武器屋を利用するためには、武器屋の店主が出すクエストをクリアしなければならない。


 モンスターを討伐し、その素材を納品することで武器屋の店主が自分だけの武器を作ってくれる。

 いわゆる武器錬成と強化──鍛冶屋システムのチュートリアルだ。


 後、店主の態度だが、これはただの人見知りである。本当は仲良くしたいのに、恥ずかしくてぶっきらぼうな態度を取ってしまうというあれだ。

 その証拠に、カウンターの下にはお茶と茶菓子が用意されているのを見てしまった。なんともかわいいおっさんである。


「……あの店主。本当に武器屋なんですか? こんな武器屋、お父様に言いつけて……」


 チェロがぴりついてきた。

 このヒロイン、沸点が低すぎる。


「店主さん、俺の話を聞いてほしい」


「……話すことなどない」


 深呼吸。


「俺は、武器を買いにきたわけじゃない」


「……え?」


 シオシオRTAにおける武器屋の役割を考えれば分かることだ。


 俺が望むものは──!


「俺に、訓練場の『サンドバッグ』を売ってほしい!!」


 俺は、カウンターの上に大量の金貨をばら撒いた。

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