26.『最強を目指して』
俺とチェロは深夜の広場で向かい合っていた。
「いきなりですか? でも、ようやく分かってくれたようで何よりです」
チェロは地面に突き刺さったブロンズソードを抜く。
「……すごい傷……これが、本物の冒険者の剣……」
何やら目をキラキラさせてブロンズソードを眺めているが、ただ天空城で岩壁を斬りつけただけだとは思わないだろう。可愛いやつめ。
「冒険者とはこのような剣を片手に、ドラゴンとも戦うんでしょう? こんな狭い街に閉じ込められている私とは大違い……」
「ふっ、いつか君にもその時が訪れるさ」
「……何ですか、それ」
精一杯の格好をつけてみたものの、そのドラゴンから命からがら逃げ延びたのは記憶に新しい出来事だ。『救命の護符』がなければ即死だった。
チェロのどこかキラキラしている目を見ていると罪悪感が凄い。我ながら立派な詐欺師になれると思う。
「そろそろ始めるぞ」
「もちろん。準備は完璧です」
フードの下から不敵な視線がこちらに向けられる。
「手加減なんてしないでくださいね」
「まさか。俺に手加減する余裕はないさ」
「……嘘は嫌いです」
視界に表示されるチェロのサークルの色は友好NPCを示す淡い緑色。
チェロのレベルは──8。
ブロンズソードの攻撃力とチェロの筋力値を合わせれば、レベル1の俺なんぞたった一度の攻撃でミンチにできる。
それにステータス差が離れているため、アルテリオス計算式の関係上、俺はチェロに攻撃しても最低保証ダメージのかすり傷しか与えられない。
そんな理不尽な世界。
だが、そんな世界だからこそ通用する技もあるかもしれない。
今回はそれを試してみよう。
「──来いよ!」
「──っ」
俺の言葉を挑発と受け取ったのか、チェロはブロンズソードを構えて突進してきた。
チェロは俺を凄腕の冒険者か何かと思い込んでいるらしいが、実際それは半分不正解で、半分は正解だ。
この世界ではまだレベル1の駆け出しだが、VRゲームでは何千回もシオシオをクリアしている!
ゲーム脳だと言われても関係ねぇ!
(ステータスだけが、全てじゃないってこと……見せてやるよ!)
(真っ直ぐな振り下ろし──!)
ブロンズソードの辿る軌跡が手に取るように分かる。レベルのステータスに後押しされた剣はかなり速いが、それだけだ。
チェロが剣術において初心者であるからというのもあるが、『始まりの少女の夢』クエストの関係上、チェロはプレイヤーとの訓練を経て強くなっていくからだ。
まだまだ純粋無垢なチェロに、俺は内心ほくそ笑む。
(よっ、と)
ブロンズソードの軌道に合わせて、俺はショートソードを軽く振るった。
「っ」
金属同士がぶつかる音を鳴らしつつ大量のエフェクトとパーティクルが散る。
チェロの握るブロンズソードが、俺の握るショートソードの刃先に金属音と共に弾かれた。
ジャストパリィ。
攻撃前後2フレームで合わせることで、ステータス差などを全て無視して相殺できる。
普通は狙って出せるものじゃない。
けれど、俺は何千回とシオシオを走るうちに、そのタイミングを身体に染み込ませている!!
「……っ、偶然です……」
渾身の一撃を防がれたからか、悔しそうな顔が見える。
今度は横に薙いで来るのを、俺はまたもやショートソードが迎え撃った。
「そんな短い剣で、私の技を防げるとでも思いましたか!」
ブロンズソードとショートソードのリーチ差に目をつけてそこに付け込んでくるか。
良い判断だ。
だけど──
「ど、どうして!」
ショートソードの刃先──から伸びる何も無い空間が、ガッチリとチェロの剣を抑え込んでいる。
ショートソード──『戦犯ショートソード』は、刀身の3Dモデルと実際の当たり判定にズレがある!
「その剣……」
ようやく『ショートソード』の異常性に気づいたのか、目を白黒させ始めた相手の懐に、俺は間髪入れずに飛び込んだ。
「今度はこっちから行くぞ!」
ブロンズソードを弾き飛ばして、俺はスキルを発動させる。
ショートソードの刀身を眩い光が包みこんで──
「『飛び込み斬り』!」
「っ、」
チェロは咄嗟に地面を蹴って後ろに飛ぶ。
流石は、レベル8の敏捷ステータス。チェロは風のように後退する。
(ステータス差、ってやつか)
俺の脚力では到底飛び越えられない距離がそこに広がっている。
だが!
「うそ、ありえない!?」
『飛び込み切り』をするために地面を蹴った瞬間、俺のショートソードはチェロが抱えていたブロンズソードを弾き飛ばしていた。
──『飛び込み切り』の誘導性だ。
残念だけど、これは純粋な剣と剣の戦いじゃない。
『ゲームシステム』をうまく活用できるかが、シオシオの戦闘で主導権を握る者を決めるんだ!
「君は勉強不足だ」
「っ、そんなこと……! だったらスキル……スキルなら──『旋花』!」
チェロがブロンズソードに光を纏わせ、突進してきた。息があがって、剣を握り慣れていないであろう腕はぷるぷると震えている。
しかし、スキルを発動したことによりその剣閃だけは達人のように冴え渡っていた。
光を散らして、刃の渦が俺に突っ込んでくる。
盛大なため息。
「……終わりだな」
俺はただ無抵抗で眺めていた。
「え、」
こちらに抵抗の意思がないことが分かったのか、チェロは慌てて剣を止めようとする。しかし、剣は振るわれたままの慣性で、俺の身体を──
「あっ!!」
──切り裂くことなく、呆気なくすり抜けた。
「え、──きゃあああぁああああああ!?!?」
チェロはそのまま回転しながら突っ込んでいく。広場のベンチをなぎ倒して、石壁に剣を突き立ててようやくスキルが収まった。
「…………よりによって『旋花』かぁ」
チェロの片手剣のスキルは、恐らく先ほどの模擬戦で習得したばかり。
元々のレベル8で、武器を振るうことによってカテゴリの熟練度は高まっていく。
習得したばかりのスキルを、無意識に使った──そういうことだろう。
このシオシオ世界で効果の知らないスキルを、戦闘でいきなり出すことがどれだけ危険かをチェロは理解していないのだ。
片手剣スキル──『旋花』
回転しながらの突進スキル。光のエフェクトが回転しながらパーティクルを散らすさまは、まるで花吹雪のよう。
なお、エフェクトの派手さに比べて攻撃範囲はエフェクトの三分の一。激しく回転しながら突進するということで、一緒に視界もぐるぐる回り、スキルの使用後には吐き気と目眩に苦しむ副作用を伴う。
シオシオ攻略wikiにも警告が書いてあるほどの──リアルな使用禁止技である。
地面に倒れ込んで空を見上げているチェロの脇にかがみ込んで、俺は宣言した。
「俺の勝ちだ」
「……」
今使える範囲で、俺の技を試すだけ試させてもらった。
やはり、VRゲームとは勝手が違うところが多々存在する。それを一つ一つ修正していくことで、きっと俺は更に精度良くバグ技を使いこなせるだろう。
実験台になってもらったチェロには悪いことをしたか。
「……う、うぅ……あんなの」
俯いたチェロが低い呻き声を漏らし続けている。
そして、唐突に起き上がると思いっきり俺の脛を蹴ってきた。
「ちょ、何だよ!? 痛い、痛いって!」
「ううう、うううぅう!!」
今度はポカポカと背中を両手グーで殴ってくる。
出会った当初のクールな印象からは考えられないほどの涙目だった。かわいい。
「あんなのズルです! 反則です! なんであんなのがまかり通るんですか!? 魔法を使いました!? それとも何か特別な修行でも──」
「違う。魔法でも、特別な修行を積んだ末に得た技術でもない」
フードから溢れる銀髪も気にせずに詰め寄ってくるチェロをじっと見つめる。
「俺が使う技は、きっと君には理解できないし、使いこなせないと思う」
「そんなことない! きっと努力すれば、いずれ──」
「努力で越えられない壁は、ある」
「っ、」
あれだけ怒っていた顔が、急に泣き出しそうに歪められる。
「この戦い方は、俺にしか真の意味で使いこなせない」
「……そんな、こと」
まるで、親に見捨てられた子供のようだった。
そんな表情を見せられたら、俺は──
「……だけど、もしもだ」
「……?」
「俺を信じてついて来てくれるなら──」
瞬間、俺の両手は小さな両手に包まれていた。
目の前のフードの下から、痛いほど真剣な眼差しが俺を捉える。
「……チェロ」
「この街が好き。私は街を守りたい。……ただ、見ているだけじゃ、嫌だから」
フードがゆっくりと外される。
輝かしい銀髪が大きな月の明かりに照らされてきらめいた。
俺はその美しさに目を見張る。
「……あなたは、他の冒険者と何かが違う。そんな気がするんです。……だから」
そして、その儚い少女は小さな笑顔を見せた。
「だから、私はあなたを信じます。──師匠」
……。
…………。
ゆっくりと息を吸い込んで、吐き出す。
覚悟は、決めた。
とっくに決めていたと思い込んでいたのに、まだ足りていなかったみたいだ。
でも、彼女の言葉を聞いて吹っ切れた。
「……分かった。俺を信じてくれるなら、俺はチェロをどこまでも強くしてやる」
「っ、師匠……!」
「だから」
俺はゆっくりと告げた。
「この世界で最強のバグ技使いになるまで、俺が君を改造してやる!!」
「…………………………………………改造?」
女の子が助けを求めていたら、助けるのが男の役目だろうが!
さあ、ともに効率厨の道を歩み出そう!!
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