25.『始まりの少女の夢』
「待ってください、ミナト」
夜の街をどんどんと進んでいく俺に、チェロはフードを抑えて小走りでついてくる。
「一体あなたはどこへ向かっているんですか?」
「チェロ、君の目的は衛兵隊の入隊試験に合格することだろう?」
一応の確認だ。それに対して、返ってきたのはじとっとした視線と不満げな声。
「……なぜあなたがそれを知っているのか、とても気になりますが今は置いておきます。……はい。私は、この街──シャードを守る衛兵になろうと思っています」
「シャードの衛兵隊の試験のことは、分かっているな?」
「……筆記試験と実技試験でしょう?」
「だからだよ」
「はい?」
何もだからだよ、ではないが説明している時間が惜しい。
「そのために、今俺たちは図書館に向かっているんだ」
「図書館……試験対策……」
今まで小走りでついてきたチェロがぴたりと足を止めた。チェロがついてこなければ図書館に行く意味がないので仕方なく俺も止まる。
「どうした?」
「図書館で試験対策って、それ筆記試験の対策でしょうか?」
「……まあ、そうだな」
「ふざけないで」
フードの下からチェロの鋭い瞳が向けられる。
「あまり舐めないでください。衛兵隊の筆記試験なんて、あなたに教えられなくても合格できます」
シオシオヒロインたちは最初から好感度が高めに設定されていることが多いため、こういう態度を向けられるのは久しぶりだ。
こちらに今にも噛みついてきそうな彼女を見て、俺は盛大なため息をつく。
「……なんですか、そのため息は。私は十分だと判断できるまで勉強しただけです。人の努力をため息で評価するなんて、最低です」
「違う違う、そうじゃなくてだな……」
ここで一つ試してみるのもいいだろう。ゲームの悪夢のような仕様通りだったら、図書館に引きずってでも連れて行く。仕様通りではなかったら、そのときはチェロの足でもなんでも舐めてやろう。
「……何だか背筋がぞっとしたような……」
俺はチェロのフードを覗き込んだ。
「そうだな……じゃあ、今から簡単なテストをする」
「なんでもどうぞ。私の頭脳を見せてあげますよ」
……すでにたまらなく不安なのだが。
まあ、遠慮なく試してみよう。
「ここに筋力増強の指輪がある。10%筋力を上げてくれる装備品だ。じゃあ、筋力が10%上がる味方の支援魔法と同時に指輪をつけると筋力は合計で何%上がる?」
フードの下の瞳が得意げに輝いた。
「簡単です。21%──算術は得意です」
「レッサーゴブリンなどが属している子鬼種の弱点と弱点をついたときのダメージの倍率は?」
「子鬼種の弱点は火・斬撃。ダメージ倍率は1.5倍です」
「350の攻撃力、50の防御力を持ったゴブリンが、100の攻撃力の剣を持ち、150の防御力の鎧を着た人を攻撃した。人が受けるダメージは?」
「200──」
「だが、この人は技の『カウンター』を発動させていた。『カウンター』は相手の攻撃を無効化して、相手に自分が受けるはずだったダメージの1.2倍のダメージを与える技だ。人とモンスターの受けるダメージは?」
「カウンターを発動させていたから、人のほうは0ダメージ……ゴブリンの受けるのは、310ダメージです」
この連続クエストはシオシオにおける戦闘チュートリアルの役目も担っていた。つまり、何も知らないプレイヤーがチェロと一緒に二人三脚で衛兵隊の入隊試験に挑むのだ。
中々熱いストーリーだ。ここは素直にシオシオ開発の手腕が光るところだと言えよう。
「うん、よく勉強しているな」
「だから舐めないでって言ったでしょう。私は図書館に用はありません」
チェロが僅かに布地から顔を覗かせる。
端正な美貌に、サファイアのような深い青色の瞳。外見モデルが作り込まれていることから、主要NPCであると一目で分かる。
「私があなたを頼ったのは、街の外からやってきた旅人だからです。モンスター相手の実戦を教えてもらいたいと思っていたのに。なのに何ですが? 人の努力をバカにして、勉強できないって決めつけて……」
「それは……すまなかった」
見つめていると、過去の記憶がざわざわと刺激される。
シオシオの中で唯一守れなかったNPC。
一周目で見せてくれた彼女の笑顔が、今でも心の奥に残っている。
「……別に」
チェロはフードを深く被って、近づいてきた。
「そこまでのことでは、ありませんから」
記憶を振り払う。
今、目の前にいるのは、この世界のチェロだ。
「──分かったよ。俺はどうやら考え過ぎていたみたいだな」
俺は『冒険カバン』の中からショートソードを取り出した。別にブロンズソードとの二刀流をやるわけではない。
ブロンズソードをチェロの足元に放る。
ざくり、と刃先が地面に突き刺さった。
「……?」
それを不思議そうに見つめるチェロに俺は叫ぶ。
「さあ、チェロ! どこからでもかかってこい! 俺が君の力を確かめてやる!」
「……はい?」
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