24.『ストーカー接近中』

 俺は広場のベンチで、カジノ・グリムテトラから巻き上げ──いや、正当な景品としてメダルと引き換えにもらった景品を広げる。


 キラキラと光り輝く小瓶に、滑らかな刀身を携えた剣。クリスマスに女の子がつけてそうなネックレス、布に包まれた綺麗な宝玉……そして、大量のポーション。


「へっへっへ……大漁だぜ!」


 俺はにやける顔を隠さずに『ミスリルブレード』に手を伸ばす。


「あの人、なんか目が怖いよ」「……ああいう人には近づいちゃいけないわ、早く行きましょ」という失礼な雑音が耳に入った気がしたが、俺のゲーマー心を止めることはできない!


 しかし、剣を手に取った瞬間にのしかかる重量感に思わず手を離してしまった。

 『荷重』──つまるところ、レベル不足だ。


「レベル1だとミスリルブレードさえまともに持てないのかよ……」


 ワクワク気分があっという間にしぼんでいく。

 俺が持つ『ブロンズソード』でギリギリということか。いよいよレベル不足が課題となってきた。


 一応力任せに振り回すことはできそうだが、『天剣アマノサメ』みたいな真似はごめんだ。

 十中八九、使えない武器を振り回したから筋肉痛が襲ってきたのだと思っている。


「レベルが上がらないとストーリー後半の武器とか手に入れても意味ないな、これ」


 片っ端から『荷重』判定されるだけだろう。

 俺は盛大なため息をつきつつ、広げたベンチの上にアイテムを冒険カバンに叩き込んだ。


「ポーションはまだなんとかなるか」


 流石にレベル1のプレイヤーがストーリー後半のポーションを使用することを制限するようなルールはシオシオにはない。


 しかし、カジノで手に入れた『クロス・ポーション』は、ネタ扱いのアイテムだ。

 その効果は、『HPを除いた基礎ステータスのもっとも高い数値ともっとも低い数値を一分間入れ替える』というもの。


 普段はプレイヤーがあまり干渉できない幸運値も対象になるため、幸運値を育てずにクロス・ポーションを飲んで他の高ステータスと入れ替え、一分の間にスロットを回しまくるという『爆運スロットフィーバー』という技もあるのだが……。

 まあ、普通に生活していれば使う機会はないだろう。


「もう夕方か」


 アイテム整理をして、俺は日の沈み始めたシャードの姿を目に収めた。

 夕焼けのオレンジ色が、三角屋根が連なっているシャードの街並みに反射してキラキラと輝いている。


 正直普通に感動してしまった。

 引きこもり生活の現実では、こんな光景は目にできなかっただろう。


「……本当に、綺麗」


「お前のほうが綺麗だよ」


 そんな典型的な台詞を言いながら夕日の前で抱き合うカップルの後ろを「あ、さーせん……」と小声で呟きながら俺はコソコソと宿に戻ったのだった。




 宿屋に帰ると奥の食堂でピンク色のエプロン姿のおっさんが鍋をかき混ぜていた。その隣にはテーブルに皿を並べている宿屋ちゃんもいる。


「もうすぐ夕飯の時間なので手を洗ってきてくださいね」


「あ、はい」


 思わず敬語になってしまった俺に、無言でニコッとして元の皿を並べる作業に戻る。

 闇金の取り立てのような宿屋ちゃんの姿は夢だったのだろうか。


 おっかなびっくり音を立てずに階段を登ろうとしたところで宿屋ちゃんがくるりと振り向いて、


「そういえばおにーさん」


「っ、」


 殺される!!

 RTAで培った判断力を総結集する。姿勢は低く、コンマ一秒で四方に回避できるように脚に力を込めて、目線は逸らさずに真っ直ぐと『敵』を見つめ──


「……なんでそんな産まれたてのレッサーゴブリンみたいにぷるぷるしてるんです?」


「な、なんでもないよ……ははっ、はは……」


 階段から足を踏み外しかけたが何とかセーフ。そんな様子を訝しげに見ていた宿屋ちゃん。何かを思い出したのか、ぽんと手を叩いて、


「お客さんが来ているみたいですよ? 何だか知り合いみたいなのでお部屋にあげちゃいました」


「……? お客さん?」


 宿屋ちゃんは鼻歌を歌いながら夕食の支度を再開した。


 俺は首を傾げながら二階に上がって、自室の扉を開──



「うぇへへ……これがミナトさんのベッドに枕……こりゃもうあれですね、ベッドごと買い取って家宝にしましょう……あ、髪の毛──」



 咄嗟に閉めた。


「な、な……」


 なんでここにノアがいるっ!?

 あいつは確か衛兵の詰め所に置いてきたはずなのに!


「ノアさんはわたしが案内したんですよ。ちょうど誰かを探しているようでしたので、お話を聞いてみたところおにーさんのことじゃないかって!」


 頭を抱えてふらふらと佇む俺に気づいたのか、宿屋ちゃんはいい笑顔で言ってくる。


「いや、プライバシーとか……個人情報……」


「ぷらいばしー、ってなんです?」


「……」


 このプライバシーの概念もない野蛮なファンタジー世界め!


「わたし、占いが得意なんです。おにーさんは顔のそこら中に女難の相が出てますねっ!」


「いや、どういうことだよ!?」


 どこまでも宿屋ちゃんは宿屋ちゃんだった。恐ろしい御仁である。


「……俺、少し夜の風に当たってくる。夕食はいらないって君のお父さんに言ってくれ」


「夜逃げですか?」


「ちげぇよ!」




 ということで、俺は宿屋の裏路地でリンゴジュース(10G、全てのデバフとバフを消し飛ばす効果があるいてつくはどうジュース。なぜそんなものがリンゴジュースとして売られているかは不明)をちびちびと飲んでいた。


 宿屋の自室というプライベートルームには現在、将来有望なヤンデレストーカーが居座っている。

 俺はこれからどうするべきなんだろうか。鬱になりそう。


「あの、すみません」


「あーん……んだよぉ……」


 完全ノンアルコールのリンゴジュースにも関わらず視界がぐらぐらと揺れているのは、きっと俺の心が疲れてしまったからだ。

 フードを目深に被った小柄な人影が俺の目の前にいる。

 この子は……昼間のぶつかってしまった子だ。


「あなたは、外からやって来た旅人ですか?」


 いきなりフード姿は頭を下げてきた。


「私を助けてくれませ──」

「はい、よろこんで!」


「……? え、え?」


 ノータイムで答えた俺に、当のフード姿が困惑の声をあげる。


「あーやっと来た、本当にマジで一回目のときにフラグを建て損ねたからどうしようって思ってたところだったのに」


「あの、こんな……自分で言うのも何ですが、怪しい格好をした人物の頼み事をそう簡単に……」


「大丈夫大丈夫、君のことは全部知ってるから」


「……いや? いやいやいや? それ、何一つ大丈夫な要素ですよね? というか私のことを知ってる……まさかスト──」


 なんということだろう!

 この世界にきてから初めて、まともな感性を持った人に出会った気がするぞ。


 今まで出会ってきた人といえば、

 ヤンデレストーカーの素質だけならオリンピックに出られるノア!

 初対面でオークだと断言されて当たれば即死な槍投げを繰り出してきた王国騎士団のレイラシア!

 ヤ◯ザ顔負けカツアゲ宿屋ちゃん!

 そして、無法カジノのエロい双子バニーガール!


 まともな人は一人もいない!


「えっと、自己紹介しますね。私の名前は……」


「チェロだな。俺の名前はミナト。ただの冒険者だよ」


「え、なんで」


「分かってる分かってる。全部覚えてるから。とりあえず試験勉強の前に、まずは君のステータスを確認させてくれ」


「え、えぇ……?」


 なお、『チェロ』という名前は偽名である。

 フードの下の綺麗な銀髪も、顔も隠さなければならない事情があることは分かっている。

 彼女の目的が『シャードの衛兵隊に入ること』ということもしっかりと理解している。


 なぜなら……。


「さあ、衛兵隊に入隊するための試験をするんだろ? 時間帯は夜だけど、眠気はポーション飲んでれば感じないはずだ。時間はないぞ、今すぐ行動だ!」


「……私は……もしや、危ない人に声をかけてしまったのでは……?」


 こちらを見て何やらドン引きしている『チェロ』こそ、シャードで巻き起こる連続クエスト──『始まりの少女の夢』の主要NPCだからだ!

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