23.『破滅』

 ◇


 金のリリムと銀のリリスは、己の勝ちを確信していた。


 結論から言おう。


 先ほどから胸元をチラチラ見ているこの男……ブラックジャックで連勝して、私たちの甘い言葉に騙されて9000メダルも賭けてしまった哀れな男。


 この男は確実に破滅する。


 このカジノは、私たちの上──コール王国を裏から支配するマフィア『グランデ・ファミリー』が建てた底なし沼だ。


(ふふ……わざと勝たせてあげたことなんて知らないでしょう?)


 幼少期からグランデ・ファミリーに拾われたときから叩き込まれた『技』というものがある。


(くひひ、まさか私が『思考を読める』だなんて、知らないですよね!)


(ふふ、リリスと私が『テレパシー』でお互いの心の声が聞こえるってことも知らないでしょう?)


 二人は悪魔のように嗤う。

 金のリリムと銀のリリスの真骨頂。


 『思考読み』と『テレパシー』──二つの魔法。

 そして、グランデ・ファミリー謹製の──『絵柄が変わるトランプ』。


 それらを駆使して、金銀の双子は幾多の人々を地獄に突き落としてきたことを目の前の男は知らないだろう。


 男は真剣にトランプを見つめている。

 きっと、どこかにイカサマがあるとでも踏んでいるのだろう。絶対に見つけられないにも関わらず、平静を装ってトランプを裏返して、光に透かす男の姿を見ていると自然と口角が上がってしまう。


 伝説級の魔法使いしか持っていないとされる『魔術視』の力でもなければこのトランプの種は分からない。


 そして、この男は伝説級の魔法使いどころか田舎を飛び出してきたばかりの駆け出し冒険者のようだ。


 絶対に見破れるはずがない。

 そして、もしも危なくなったら男の思考を読んでしまえば良い。


 完璧だ。双子は盤石の体制で、獲物を締め上げるべく、男に近づいていく。


(どう、リリス。男の心には今何が見える?)


(この男、お姉ちゃんの胸に気を取られてて何にも考えてないよ)


 ……。


(ただの色ボケかしら。少しはやってくれるかと思っていたのに、残念ね)


(……私のことは眼中にないみたい)


(そんなことないわ! リリスはとっても可愛いじゃないの!)


(……やっぱり、胸なのかな……)


 銀のリリスはしきりに自分の胸を揉んでいる。金のリリムは流れ込んでくるテレパシーを切った。


 男はまだトランプを弄っている。

 冷静に見えて、頭の中はとんでもない変態だったらしい。思わず失笑が漏れる。


 その失笑をどのように解釈したのだろうか、男がこちらを見上げた。


「なんだ。これくらいのメダルで驚くのか?」


「……ええ、とてもあなたはお金持ちなのね。どこかの貴族なのかしら? ぜひともお近づきになりたいわ」


 その裏で、金のリリムは口を歪ませた。


(今からそのお金を、全部搾り取ってあげるわ。貴族のボンボンさん)


『絵柄が変わるトランプ』は双子の思考に合わせて絵柄が変わる。

 何も双子は仕掛けをする必要はない。

 ただいつも通りの仕事をするだけで、哀れな客は勝手に地獄行きとなる。


 高額を賭けたプレイヤーを絶望に叩き落とすのだ!


(さあ! 見せてちょうだい! そのすましたお顔をどんな風に歪ませるのか! あなたの涙の味を確かめさせてちょうだいな!)


(くひひ、お姉ちゃん性格悪いなー)


 双子が邪悪に嗤う中、ついに男が動いた。

 うず高く積まれた9000メダルを、金のリリムに押し出す。


「変わらずブラックジャックね。では、ゲームを始めましょう」


「待ってくれ」


 トランプをシャッフルし、カードを配ろうとした瞬間、男の声がかかった。


 背筋が凍る。


 まさか、仕掛けを見抜いた?

 ……いや、そんなはずはない。男は仕掛けに絶対に気づけないはずだ。


(……男の思考を読みなさい!)


(ううん、相変わらず。胸のことしか考えてない)


(くっ、)


 ならば大丈夫、大丈夫のはずだ。


 金のリリムと銀のリリス。

 二人が崩されたことなんて、ただの一度もない。


 あるゲームでは、トランプを疑われて、プレイヤーが持ってきたトランプでゲームをしたこともあった。

 もちろん勝った。『思考』は筒抜けだ。


 あるゲームでは、魔法を使っているのではないかと疑われて、魔封じの道具を使われてゲームをしたこともあった。

 もちろん勝った。安物の道具ではグランデ・ファミリー謹製のトランプは見破れない。


 その両方を疑われたゲームもあった。

 もちろん勝った。

 二人は最強のディーラーであり、二人にとって冒険者など赤子の手を捻るように叩き潰せる。魔法も仕掛けもおまけに過ぎないのだ。


((私たちは、最強なんだから!!))


 金のリリムと銀のリリスは、生まれてから一度としてギャンブルに負けたことがない。


 だから、今回も大丈夫。


 相手はただのガキだ。

 田舎から這い出てきた、少し金を持った貴族のガキだ。


 私たちの敵じゃない!!


 男は、少しの沈黙の後──


「この9000メダル、君が貰ってくれないか? 君に俺のことを好きになってもらいたい」


「……え……?」


 男の視線が、金のリリムを貫く。


 ……これは、予想外だった。

 確かに今まで、言い寄ってきた男は星の数ほどいた。美貌に、抜群のスタイル。まるで虫を惹きつける毒花のように。


(……バカみたい)


(ほんと、警戒して損しちゃいました)


 一瞬、金のリリムは鼻白んだものの、一転して9000枚ものメダルを受け取った。


 1枚100Gだ。それが9000枚。

 色香に惑わされてディーラーにむざむざ渡すだなんて。


 訂正しよう。

 先ほどはこの男を未熟者だと評価したが、もう一段評価を下げることにする。

 ただのバカ、と。


 どうやらすでに現金は底をついているようだし、さっさと身ぐるみを剥いで、次の獲物でも探しに──


「──すまない! 俺はこのゲームをキャンセルする!」


「な」


 またもや、男の声がカジノに響く。


 一度乗ったゲームを途中で降りるなんて、あまり行儀の良い行いではない。

 でも、所詮はバカな男。

 礼節なんて気にしたところで──


「……そう? じゃあ、賭けた9000メダルはお返しするわ」


 ザラザラとメダルが男の元に返される。

 その数はぴったり枚だ。


「さあ、ここはカジノ・グリムテトラよ。まだ覚めない夢を見るんでしょう、お客様……………………あれ?」


 ……ふと、めまいがした。


 おかしい。

 手元にあるのは、一体なんだ……?

 なんで、こんな、


 私は確かに9000メダル返したはず……?


「もう一回だ」


 男は、返ってきた18000メダルを見て、ようやく緊張がほぐれたのか相好を崩すと、手元の18000メダルをブラックジャックの賭け金に載せた。


「ブラックジャックね。ちょっと待ってちょうだい、今──」


「この18000メダル、君が貰ってくれないか? 君に俺のことを好きになってもらいたい」


「え、は、はい……」


「──すまない! 俺はこのゲームをキャンセルする!」


「え、また……? じ、じゃあ……賭けた18000メダルはお返しするわ」


 私が男に差し出したメダルは、なぜか枚あり──


「さあ、ここはカジノ・グリムテ──」


「もう一回だ」


 ……。

 …………。

 ………………?


 ◇


 Communicate Connect Saga攻略wikiには、カジノ・グリムテトラの攻略法が大まかに分けて三つ記載されている。


 それは、『ごり押し』、『盗品濡れ衣法』、『メダル無限増殖法』である。


 『ごり押し』は場合によれば最速だが、カジノのために全てを捨てるのは論外。『盗品濡れ衣法』はその余りのえげつないやり口が人道的に引っ掛かりそうなので、今回は三つ目の『メダル無限増殖法』を試してみた。


 この方法は『ごり押し』に比べて少ないながらも初期資金が必要となるため、RTAチャートに組み込むか否かが日夜シオシオ掲示板の片隅で議論されていたりもする。



 ☆レッサーゴブリンでも分かる『メダル無限増殖法』のやり方!☆


1.ゲームを始め、所持メダルを賭け金として賭けておく。


2.ディーラーに『ゲームに賭けた状態の所持メダル』を『贈与品』として渡す。


3.参加しているゲームをキャンセルして、メダルを回収。すると『贈与したメダル』と『先ほど賭けたメダル』が別々に戻って来る。


4.二倍になったメダルでこれを繰り返す。


 かんたんだね!



 恐らく、『好感度システムの贈与品』と『カジノのメダルシステム』が競合を起こしていると思われるが、上記の方法がこの世界でも通用するかは俺にも分からなかった。


 NPCは人間として生きている。しかし、バグや仕様は健在という大きな矛盾を孕んだこの世界。

 世界を相手にした、大きな賭け。


「「あ、ありがとうございましたー……?」」


 無限増殖で手に入れたメダルで片っ端から景品と交換した俺は、首を傾げた金のリリムと銀のリリスに見送られてホクホク顔でカジノ・グリムテトラから宿屋へ帰還した。


 俺は、大きな『賭け』に勝ったのだ!!



──

完全攻略!



おまけ

『ごり押し』のやり方


1.お金をいっぱい用意する


2.お金を全部メダルに替える


3.ギャンブルをせずに景品と交換する

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