第169話 クルーブ、お怒り

 通り道に出てきた魔物は全部ぶち殺して押し通って来たけれど、時間が立てば移動してきた奴が立ちはだかったりすることもある。ただし、この辺り程度の魔物であれば、走りながらであってもクルーブが後れを取ることはあり得ない。

 見敵必殺サーチアンドデストロイってやつで、はしから頭をぶち抜かれて地面とお友達だ。普段のクルーブがアウダス先輩のような前衛を連れてきたり、俺と一緒に入ったりいるのは、一人だと危険だからというわけではない。

 単純に俺たちの訓練を兼ねて、いざという時のための魔力温存をしているだけだ。


「ちょっと待ってて」


 クルーブはダンジョンを抜けたところで俺たちを待機させ、鍵のついた扉を内側から少しだけ開けて、するりと外へ抜け出す。


「ああ、中に入ってた人は死んでたよ。どっかの探索者シーカーが、お宝でも探しに来たんだね。ここのダンジョンは特殊なのに下調べもしないで入ったら死ぬに決まってるさ。ま、僕は君たちがやられちゃったこと、見なかったことにしてもいいけど……、報告する?」


 クルーブの問いかけに兵士たちは狼狽えながらも、結局それじゃあ何もなかったということにしておこうと決まったようだった。アウダス先輩は苦虫を噛み潰したような表情をしていたけれど、俺はクルーブの方針に異存なかった。

 このまま何もなかったことにしようって話ではなく、もう少し事情を聞かないと判断がし難いということだ。どちらにせよ兵士を巻き込み国の問題としてしまっては、学園の裁量だけではいろんなことが決められなくなってしまう。

 兵士たちだって好き好んで処罰を受けたくはないだろう。

 ま、こういうところから不正とかって広がってくもんだから、本来あんまりよくないけどな。


 兵士たちはその場で解散したらしく、再びダンジョンの入り口の管理はクルーブの手に戻る。彼らが去ってから十分に時間を置いてから、クルーブは扉を開けて、俺たちに外へ出るように指示をした。

 そのままダンジョンにへ潜るための準備室のような場所へ移動すると、アウダス先輩はレーガン先生をベッドに寝かせる。先生は痛みによって僅かに声を漏らしたけれど、自主的に何かをしゃべろうとはしない。

 クルーブが椅子を引いて背もたれに腕をひっかけながら視線を向けると、先生は気まずそうに眼を逸らす。

 アウダス先輩がため息をついて座ったところで、俺も椅子を引いて、大人しく背中で静かにしていたアルフレッド君をそこに座らせた。


「……ありがとう」


 こんなお礼いえるタイプの子だったか?

 まぁ、素直なのはいいことだけれど。


「けが人なんですから気にしないでいいですよ」


 俺が優しく答えてやると、アルフレッド君は誰だこいつみたいな表情で顔をじっと見つめてきた。

 何だこの野郎、文句あんのか。

 

「で? 何してくれたわけ? 特にレーガン先生。あんた、大人だよね? ダンジョンの危険について僕はさんざん説明したつもりだけど、どうしてこんな馬鹿な子供連れて中に入ったの?」

「違う! レーガン先生は俺が」

「黙れ」


 アルフレッド君が口を開いた瞬間から、つーっと腕を動かし始めていたクルーブは、人差し指をアルフレッド君の眉間に突き付けて、いつもよりかなり低い声で短い言葉を発した。

 めちゃくちゃ怒ってんじゃん、こわ。

 流石のアルフレッド君も空気を呼んだのか、話しが中途半端なところで口を閉ざす。


「君に聞いてない。君がダンジョンに入りたがってることも、強くなりたがってることも、無鉄砲な馬鹿なことも知ってた。で、なんで?」

「……彼の情熱に負けた」

「……僕が若いから舐めてる?」


 室内に緊張が走る。

 アウダス先輩ですら体をこわばらせているのだから、そのプレッシャーは相当なものだ。

 自他ともに認める天才が、そんなしょうもない言い訳にごまかされるはずもない。

 穏やかで子供っぽい表情にごまかされがちだけれど、クルーブは探索者の中でも最上位に位置する人間兵器みたいなやつだ。あまり怒らせないほうがいいに決まってんだけどな。


「ルーサー、みんな連れてどっか行ってくれる?」

「……わかりました。離れて大丈夫なんですね?」


 重症とはいえレーガン先生は接近戦のプロだ。一対一で大丈夫か、という意味に加えて、もしそうなった時殺しちゃったりしないよね、という確認でもある。


「うん、大丈夫。子供は外出てて」

「……歩けます?」

「……俺は……」


 アルフレッド君はどうしてもレーガン先生のことを庇いたいらしい。

 そういうタイプでもないと思ってたのに、どうしてこんなになついてるんだ?

 ダンジョンの中で熱い友情にでも芽生えたのか?

 それとも隠してただけで、実はもともと仲が良かったとか?

 なんにしてもクルーブが出てけと言ったのだから、俺はアルフレッド君を連れて外へ出るけどね。


「歩けないなら背負います」

「……歩く」


 よろっと立ち上がったアルフレッド君に肩を貸して外へ向かう。


「外で待ってた方がいいですか?」

「ううん、帰っててもいいよ。話がついたら一応教えるから」

「わかりました」


 あー、これ俺たちに何も関わらせる気ないな。

 クルーブはそれがアルフレッド君こどもを守る方法だとわかっているんだろう。だって一緒にいたら、無理やり罪をひっかぶりに行きそうな勢いだもんな。


 先に出ていたアウダス先輩がドアを開けて待っていてくれる。

 

「どうする?」


 そっとドアを閉めたアウダス先輩に尋ねられて、どうしたもんかと考えを巡らせる。

 アルフレッド君がこの調子じゃ何をするにも目立つんだよな。


「近くで人目につかないような場所あります?」

「……ついてこい」


 ホントはこの辺だって人が通ることは滅多にないのだけれど、最近は集まって色々やっていたから、もしかするとふらっと誰かがやってくる可能性がある。

 毎日学園中を巡回しているアウダス先輩は、迷うことなく人気のない場所を目指して歩きだすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること 嶋野夕陽 @simanokogomizu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ