第168話 死にたがりばっかり

 座り込んだアルフレッドくんを立ち上がらせるために手を差し出す。俺の手を掴んだアルフレッドくんの手は震えていて、握力もほとんどなくなっていた。

 俺たちが間に合わなかったら、あと何合耐えられただろう。本当にギリギリまで力を出し切ったんだな。

 気が抜けてしまったのか、立ち上がらせてやっても、足が震えていて一歩踏み出すこともままならない。


「大きな怪我はないようですね」


 手を掴んで立ち上がることができるんだ。致命傷のようなものは受けていないだろう。あちこちに小さな怪我がたくさんあるから、ここで治してやりたいところだけど……。


「あっ! なぁ、先生は!?」


 怪我の具合を見ていると、アルフレッドくんが急に大声を上げた。あたりを見回してレーガン先生がいないことに気づいたらしい。

 そうだった。

 アルフレッドくんよりもレーガン先生の方がよっぽど重症だ。


「生きてるから大丈夫です。あ、アウダス先輩! 彼を頼みます」

「わかった」

 

 ちょうど追いついて状況がよくわかっていないままのアウダス先輩にアルフレッドくんを押し付けて走り出す。

 この場で治癒魔法を十分に使えるのは俺だけだ。のんびりしていないでレーガン先生の元へさっさと戻るべきだった。

 全力で魔法を使ったせいで、珍しく体内魔力の減少を感じたけれど、まだまだそこをついた様子はない。


 レーガン先生の元へ辿り着くと、仰向けで唇が紫になり始めていた。

 やばい。

 とりあえず体を横に向けて、背中をバシバシと叩きながら大声で名前を呼ぶ。首を痛めていたり、頭の中に出血があるとやばいけれど、呼吸ができていないのがもっとやばい。


「レーガン先生! 死なないでください! 聞きたいことが山ほどあるんです!」


 勘弁してくれ。

 俺は目の前で人が死ぬところなんて見たくないぞ。

 治癒魔法は瞬間的に怪我が全て治るような万能なものではない。

 それでも、体をあるべき正しい姿へと少しずつ戻してくれる魔法だ。ただしそれは相手が生きている場合に限られる。

 しばらく叩いていると、レーガン先生が咳と同時に血を吐き出して、苦しげな呼吸を再開する。おそらく肋とか内臓も痛めているから、こんだけ叩かれたら相当な痛みがあるはずだ。

 申し訳ないけれどいい気付になったのかもしれない。

 先生の体勢を維持するために、背中側に自分の体を入れて支えながら治癒魔法を施す。ここで何もかも治すわけではないが、まずは外に出て落ち着いて治療できるところまで生きていてもらわないと困る。


「いいですか、先生。治癒魔法を使いますが、先生もしっかり生きるつもりで気を強く持ってください」

「…………アルフレッドは、どう、だった?」

「生きています。先生の心配をしています。ですから先生も気をしっかり持って」

「……無理だ。この怪我じゃ、奇跡でも、起きなければ、助から。ない……」


 そういってレーガン先生は目を閉じる。

 満足そうな顔して、痛みがあるはずなのに安らかな表情で……。


「って、ざけんじゃねぇよ。生きろって言ってんだろ!」

「ぐぉ……っ!」


 俺が生かすって言ってんのに、勝手に死のうとしてんじゃねぇよ。背中を拳で殴ってやると、変な声を出してレーガン先生は体を丸めた。

 ああ、腹立って涙出てきた、くそ。


「治すって言ってんですよ。勝手なことして勝手に満足したみたいな顔して死なないでください、腹が立つ!」

「……随分と、乱暴だな……、殺す気か」

「ひびが入った骨がちょっと酷くなったって人間は死なないんですよ。勝手に死のうとしたら何度だって殴ります」

「はっ、はは」


 レーガン先生が顔を歪めて笑う。

 笑っただけでめちゃくちゃ体が痛いだろうに、声を出して笑った。


「優等生、だと思っていた、が。変な、子だ」

「人に言ったら殺します」

「ここで、見捨てたら、どうだ?」

「いやです」


 何がおかしいのか、レーガン先生がまた笑う。

 笑ってんじゃねぇよ、こっちは必死なんだよ。治癒魔法って結構集中力が必要なんだから、ごちゃごちゃ言わないでくれ。

 おそらく三人が近くへやってきた音がしたが声はかけられない。一度アルフレッドくんの「先生……!」という声が聞こえたきりだった。

 俺が真剣に魔法を使っていることを、クルーブあたりが説明してくれたんだろう。


 治癒魔法に集中することしばらく。

 レーガン先生の顔色が良くなってきたのを確認して、ようやく俺はかざしてた杖を袖へしまった。

 どこまで治ったかわからないけれど、すぐに死ぬような人の顔色じゃなくなった。

 ダンジョンを出て、治療を続ければ命に別状はないだろう。


 立ち上がって振り返ると、アルフレッドくんがよろりと歩き出して転びそうになる。前に出て支えてやろうとすると、そのまま肩を掴まれた。


「なぁ、先生は大丈夫なのか?」

「医者でも専門の治癒魔法使いでもないから断言はできませんが、大丈夫だと思います」

「……そっか、ありがとう」


 随分と素直になったもんだ。

 くしゃりと崩れた表情は安堵か喜びかよくわからない。


「アウダス先輩、先生をお願いします。ここからは僕がアルフレッドくんを背負って帰るので。クルーブさんは先導をお願いします」

「はいはい」


 俺の行動に思うところがあるのだろうけれど、クルーブは呆れた顔をしながらもお願いを聞いてくれた。

 ダンジョン内において最も信頼できるクルーブが先頭を歩いてくれるなら、俺たちは何も心配しないで後に続けばそれでいい。

 うめくレーガン先生をアウダス先輩がうまく担ぎ上げ、俺はアルフレッドくんを背負うために背中を差し出す。


「……いや、俺は歩く。そこまで……」

「アルフレッドくん、いいから乗ってください」

「いや、だから」

「……早く乗れ」

「……はい」


 そういうプライドとか出してる場合じゃねぇんだよ。俺が乗れって言ったら素直に乗れ。

 多少言葉が乱雑になったけれど、俺も疲れてるのでそこは多めに見てほしいところだ。

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