愛するあなたへ

 部屋を漁っていると、高校の卒業アルバムが出てきた。館崎亮介は感慨深い思いを抱えながら、卒業アルバムを開いた。

 一頁ずつ、めくっていく。それと同時に、高校の頃の記憶がゆっくりと思い出されていく。薄れている箇所の多さに懐かしさがこみ上げる。こうして、人は記憶を失っていくのだろう。

 そして、自分のクラスの頁に到達した。全体に視線を広げる。そこに、彼女の姿はない。

 草鹿華子が転校したのは、ちょうど別れた日の一週間後だった。何の前触れもない消失だった。一時期はクラスは騒然としていた。彼女と付き合っていた館崎亮介にも質問は殺到していた。別れた。ただ一言をもって、館崎亮介はあしらっていた。何かを察していたのか、西尾はからかわなかった。――今でも、西尾との友人関係は継続している。

 なぜ、草鹿華子が消えたのか。どこに行ったのか。館崎亮介は知らない。知ろうとも思わない。館崎亮介は、自分の立てた誓いを果たすために、生き続けている。

 卒業アルバムを閉じた。今日で、この部屋とはお別れだ。大学を卒業し、上京する予定だった。会社の寮の入る予定だった。

 館崎亮介は卒業アルバムを段ボールにしまい、引越作業を進めた。

 ――二時間ほどで、だいたいの作業が終わった。空白感が強くなった部屋にスッキリとした思いだ。

 ふと、散歩したい衝動に駆けられた。住んでいた場所とも離れることになる。帰って来る予定はなかった。支度すると、家を出た。

 記憶にすり込みながら、散歩をする。景色一つ一つを眺めていく。やがて、彼は公園に到着した。彼女と別れた場所だった。

 ベンチに腰を下ろしている。

 小さく息を吐いた。なんだか、疲労感が襲う。ここまでの長い道のりが重くのしかかっている。……途方も無い旅路の果てに、何があるのだろうか。

 草鹿華子は。彼女は、どうしているだろうか。不意の疑問は虚しく霧散する。今さら、考えたところで仕方がない。

「――ねぇねぇ」

 瞬間、声が聞こえた。ぼんやりとしていた意識を現実に戻し、声の方に視線を向ける。

 一人の少女が、そこにいた。年齢は三、四歳ほどか。舌足らずの言葉だった。自分が話しかけられていることに気づき、首をひねった。

 少女は館崎亮介の袖を握っていた。小さな手。それなのに、ぎゅっと掴まれた気がした。館崎亮介は、少女から目を逸らすことができなかった。そこで、わかる。

 少女の中にある、不揃いな瞳。

 少女が、館崎亮介に言った。

「ねぇ、わたしのこと、おぼえてる?」

 頬が、引き攣った。徐々に、解れていく。ああ、と声が洩れる。……そういうことか。

「……ああ、もちろん」

 館崎亮介は微笑む。少女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。おかぁーさぁんっ、と振り向きながら声を上げる。少女が視線を向ける先、見覚えのある彼女が歩いていく。館崎亮介は、その場に佇み、彼女が来るのを待っていた。その手には、少女の手が重ねられていた。


                 了

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罰ゲームで付き合った彼女が病んでしまって今更別れることができない 椎名喜咲 @hakoyuto

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