愛せなかったわたしたちへ

 亮介と華子は公園にいた。

 どこか寂れた雰囲気を漂わす場所。ぽつんと置かれたベンチに腰を下ろしている。亮介はぼんやりと景色を眺めていた。華子は顔色悪そうに、顔を俯かせている。今の二人の様子を傍から見た傍観者は、どう思うだろうか。感じてしまうのか。

 ……思えば、と亮介は振り返る。自分たちは決定的な道を間違えた。間違い続けていたのに、気づかないふりをしていた。

 ――わたしの告白も、罰ゲーム?

 人を愛する。たったそれだけのことを、軽んじた。罰ゲームという形で踏み躙った。それが、亮介と華子の罪だった。

「お前に告白したきっかけは、罰ゲームだった」

 これからするのは、告白だ。

 華子は顔を上げた。ハッとしたようにも、どこか諦めたようにも映った。亮介は続ける。

「お前は気づいてただろうけどさ。別に、お前のことが好きで、告白をしたわけじゃなかった。……見下していたんだよ」

「……知ってる」

「ずるずると、続けてたな。逃げてばっかりで……、ほんとうに、悪かったな」

「……わたしは、そうは思えない」

 華子は亮介の顔を見ていた。不揃いの瞳が揺れていた。無理やり作った、引き攣った笑顔。

「わたしは、ずっとあなたのことが好きだったの。いまも、好きだよ。でも、あなたはわたしを見てくれなかった。眼中になかった」

 そうだ。亮介は草鹿華子という人間を馬鹿にしていた。ネタにしていた。ある種の記号化だ。こいつなら馬鹿にしてもいい。何をしてもいい。無意識に、サンドバッグのように叩きまくっている。その原因は、容姿なのか。言動なのか。雰囲気なのか。明確な理由はわからない。

「わたしが、こんなに小細工をしなかったら、……あなたはわたしと付き合った? 恋人になった? ――ならないでしょう?」

 おそらく、ならなかった。もしかすると、まったく別の人間と、罪を抱えることなく、あるいは罪を撒き散らせながら、生きていたかもしれない。

「お前と、恋人でいられた時間があって、良かったよ。今なら、そう思える気がする」

 華子の目が、大きく見開かれる。

「ずっと、無気力に生きてきた。全力で頑張って奴を馬鹿にして、ネタにして、罰ゲームを楽しんで。……自分でもよくわからねえけど、生きる目標というか、ふらふら迷子になってた」

 暗い、暗い道だった。その先に終点はないのだろう。いつか、朽ち果てると知っていた。永遠に彷徨う果てには、何もない。ただそれだけのために、亮介は生きていた。刹那の快楽も、罰ゲームも、何もかもが、人生を軽く彩る愉悦に過ぎなかった。

「俺は……この罪と向き合うよ。これからは、そのために生きていくことにする」

 この罪の重さに嘆くことがあるだろう。その重さに潰れてしまうこともあるだろう。しかし、背けるつもりはなかった。潰れるなら、潰れてみせる。罪を抱えて、死んでみせよう。

「お前は?」

「わたしは……」

 華子は表情を歪ませた。

「自分が嫌だ。嫌いだよ。こんなに、矛盾ばっかりを抱えて、喚き散らして……。でも、一番の失敗は、そこじゃない。そこじゃないの。きっと」

 首を振るう彼女は、自嘲するように言った。

「石野さん」

「……石野?」

 突然の名前に首をひねった。華子は諳んじるように、虚空に向けて呟く。いつかの、その台詞は華子の中で刻まれていた。

 ――なにも自分で努力してないのに、告白できないとか、出会いがないとか、愚痴をこぼす奴見てるとイライラしてくるんだよねぇ

「文句ばっかり言ってた。自分の容姿も、言動も、変えようと思えば、変えられた。いつだって、その機会はあったの。美恵が、……それを教えてくれた。それなのにわたしは、伊坂君と美恵の関係に嫉妬して、あなたと若井さんを憎んで、ずっと、自分以外の何かに当たっていた。――わたしにとって、世界は醜い敵だった」

 変えたかった。自分を。そうしなかったのは、自分の怠慢だ。自分の改善を差し置いて、現状の変化を望んでいた。他者が嫌いなのに、憎んでいたのに、その他者に依存していた。華子の原点。――矛盾性の話。

「罰ゲームなんて、頼るべきじゃなかった。……わたしは、あなたが好きだった。そう、自分から言いたかった」

「……」

「館崎亮介君」

「……ああ」


「――好きです」


 ズキリとした痛み。その痛みを誤魔化すように、亮介は笑った。

「俺も。好きになれたよ。お前のこと。好きだった」

「うん」

「草鹿」

「うん」

「別れよう」

「……うん」

 華子はくしゃりと表情を歪ませ、それでも、微笑んだ。初めて、亮介はその笑顔を綺麗だと思えた。 

 そうして、館崎亮介と、草鹿華子は別れた。その一週間後、草鹿華子は姿を消した。以降、館崎亮介は草鹿華子に会うことはなく、高校を卒業していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る