第6話


往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ。

※中村元・紀野一義訳注『般若心経 金剛般若経』岩波文庫、1994 15p



聖騎士アポストル一覧


第一席:岩のケファ

第二席:雷のイアコフ

第三席:最愛のイオアン

第四席:仲介のアンドレイ

第五席:愚昧のピリポ

第六席:栄光のバルフォロメイ

第七席:細心のマトフェイ

第八席:疑心のディディモ

第九席:実践のヤコブ

第十席:忘却のファディ

第十一席:熱意のシモン

第十二席:背信のイスカリオテ

第十三席:運のマッテヤ

第十四席:回心のパウルス



1.

 「おっ?解るか?俺の云ってる事の意味が」

 「はい、類様。貴方方神の転生者が私たちの元に御来臨されるのは、盲眛な我等を教え導く為ですから。その偉大なる智慧を、存分に発揮されている類様を拝見しておりますと…」

 「お前、キレーだな。名前は?」

 「エイル・サンドラ・モーガンで御座います。類様。斯様な年増ですが、お気に召しましたか?」

 威雅煌フラムリンガーは常に天界に居る。

 俺のいる地上界、そして魔術を発現する際に必要となる精霊エルフのいる精霊界。常に三段構想の、いわゆる三界に、我々はる。

 そして神の子は。それはいつどこで、誰が、何の天倵スキルを身に着けて降りて来るかは、地上界の生き物にはわからない。

 今回の類と名乗る奴らも、天界の神々の遊戯ゆうぎの為に降ろされたようだ。

 「俺のパーティに来い。ちょうど足りねえとこだったんだよ。接待役せったいやく

が」

 王への魔法を解いて窒息から解放すると、傅いたモーガンのところに向かい、類は片膝をつき、モーガンのほおに触れて目を細めて笑った。

 「私のような女が好きだなんて…物好き」

 年相応の落ち着きというのか、モーガンは聖騎士アポストルの中でも、不気味なほど苛烈な任務をいやな顔せずかならず遂行することで帝国軍のなかでは有名だった。

 聖騎士アポストルはこのストラーヴァ帝国の中の最高戦力として、オフェーリア様の警備、対外遠征の司令官、国内の治安維持、帝国軍の統括を一手に引き受ける守護職だ。初代王ギュルヴィがこの地にまで遠征し、オフェーリアとの建国の契約を結ぶ時、人間があまたの異生物とすまう時、決してこの共存繁栄の秩序を乱さないと証明するために、ギュルヴィの側近である十四の騎士が自らの心臓を抉り出し、そしてオフェーリア様の前で刺しつぶしたという。

 その姿を憐れに感じた彼女は、彼らの心臓を復元して魂を封じ込め、それぞれの騎士の人格を有したまま、永久不変の国の番人として歴代の騎士達にかれらの決意を負わせた。それが聖騎士アポストルだ。

 かれらの任じられた席により、それぞれの人格や特徴の天賦スキルが決まる。モーガンは第六席だ。希望のバルフォロメイと呼ばれる。これは初代の名前を冠するきっかけになったバルフォロメイが、心臓を刺し潰す際に、永久に帝国を護ることができるという希望を持って死んだことに由来する。

 「俺ってけっこう好きなんだよな、支配するのが」

 類はそのまま彼女の首筋まで顔を近づけ、舌を這わせた。

 転生者が行うことはだいたい決まっている。今まで手に入ったことの無い万物を支配できるほどの天賦スキルを身につけた奴らは、原住民である俺たちを支配する。女は飼われ、辱められ、土地は奴らのに略奪される。

 奴らの比重がこのレガリア大陸のなかで増してゆくほど、奴らの独自の支配領域が増えた。そして独自のコミュニティを形成している。当然俺たち原住民は弾かれる。





2.

 忌々しい転生者が玉座の間で、聖騎士アポストルの一人を性奴隷せいどれいとして活用しようとする間、地下ではもっと忌々しい光景が繰り広げられてきた。

 『グォオォオオオオぉオおオおオオぉオぉオおおおおオオオオおおおおおおォオォオオオオオオオオオオオオぉぉ』

ひびく声。重々しく、哀しい。

 精霊界にいる精霊エルフであるならば、遊戯リーラーの声を奏で、あらゆる生命体、そして万物を癒す。ヒーラーならなおさら、精霊エルフの強力な力を欲する。それに対してもっともきたなく、おぞましい生物、いや、それ以下に等しいやつらがゴブリンであるならば、もっともきたなく生き物は、こいつ等しかいない。

 「㸱蛇邏キャトーラをさっさと運べぇーッッッッ!!“大象種たいぞうしゅ”なんだからな!」

 㸱蛇邏キャトーラ……。転生者どもは"ドラゴン"と呼ぶ。

 俺たちの世界に初めて"悪"という概念を持ち込んだら魔物だ。

 まさに害獣。凹凸のある硬い皮膚は、まさに山。しかし岩石が突き刺すようにそこらに隆起している火山のような。

 四つ足は基本だが、後ろの足で歩行するやつもまれにいる。

 見るだけで負のカルマが入り込んでくるので、常に上空を飛び交う予報が出た時は、すべての民はその日の外出を控えて待つ。

 楔に打たれて、目も杭によって潰されたドラゴンの一頭が、人間でいう感覚のもがきにあたるような様子で鉄の鎖を大きく波で唸らせながら搬出を抵抗する。

 「さすがは、“王冠ケトル”をつかさどる“ケテル・ネリキース”……。ゴブリンの肥溜めのクソよりきたねえテメエらの中でも世界を支配できるとなりゃあ、神の子たちも欲しがるってなわけだなあ……」

 看守の漢は、現場で指揮を執る事も忘れて、恐ろしさとそれを支配できるというよろこびがからまって気色の悪い笑みを浮かべていた。

  㸱蛇邏キャトーラは、約2500種存在するといわれているが、その中でも突然変異で威雅煌フラムリンガーを喰らった神殺かみごろしの大罪を犯した10種の事を“大象種たいぞうしゅ”という。遥か5,000年前の出来事だ。

 大象種たいぞうしゅは、この三界さんかい創造そうぞうした原始げんし動者どうしゃである威雅煌フラムリンガーを喰らい、万物そのものを支配できると目論んだのだ。

 もともと邪神として生まれた上に神の聖なる力を奪ったという、最悪の最悪の最悪。

 10種は次の通り。


 1.“王冠”ケテル・ネリキース 

 2.“知恵”チョクマ・ゴトゥス

 3.“理解”ビナ・ヴョルラン

 4.“慈悲”ヘセド・マンヌス

 5.“峻厳”ゲブラ・オライ

 6.“美”ティファレト・オロフ

 7.“勝利”ネツァク・ケニシス

 8.“栄光”ホド・パウリ

 9.“基礎”イェソド・レナエ

 10.“王国”マルクト・スティグ

 

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ぽっと出異世界チート主人公に人生奪われたので全力で取り返す 贋作偽筰 @GANSAKU

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