白い部屋

碧海にあ

白い部屋

 ここは一体どこだろう。

 気がつくと僕は白い部屋にいた。横には隣のクラスの山口さんがいる。部屋に置いてある白いデスクの上には、デジタル時計があった。それだけの部屋だった。 

 八畳ほどのこの部屋には扉がない。窓もない。壁際に置かれたデスクにはボタンの付いたデジタル時計。他には何も無いようだ。どういうことだ。

「えと、山口さん」

 視線がバチッと合う。山口さんは混乱しているようで、目には怯えの色ですら浮かんでいた。きっと僕も同じような顔をしていただろうが、自分より余裕がない人がいると落ち着いてくるものだ。僕は少し冷静になった。

 どうやら彼女も気がついたらここにいたらしい。僕と境遇は変わらない。

 僕らはこの部屋にある唯一のものであるデスクを見た。

 先程まで床に座っていた僕たちは気づかなかったが、デスクの上には時計と一緒に一枚のメモが置いてあった。

 彼女とそのメモを読む。

「二十秒ちょうどでボタンを押せないと爆発する部屋?」

 こんなの、何かの二次創作漫画でしか見たことがない。

 メモの内容はこうだ。

 まず時計についているボタンを押す。感覚で二十秒計る。前後一秒以内で止められたら出口が現れる。失敗したら爆発。一度だけ練習できる。部屋から出る方法はこれしか無い。以上。

 何もわからない。誰がなんのために用意したのか。どうして僕たちなのか。この部屋は一体何なのか。このメモにあることは本当なのか。

「古田くん……」

 山口さんが今にも泣きそうになりながらすがるような目を向けてきた。僕の名前は古畑和夫だ。

「大丈夫だよほら、この時計、秒の表示がある」

 時計を指差して僕は言う。スタートの数に二十足せばいい。部屋から出るのは簡単だ。

 僕の言葉に山口さんは安心したように少し息を吐いた。

「練習してみてもいい?」

「どうぞ」

 山口さんは僕が了承するのを確認してボタンに手をかけた。

「いくよ」

 彼女がボタンを押す。今の時間は十五時四十三分五秒。二十五秒にもう一度ボタンを押せばいい。

 カチ、カチと音を立てながら一秒ずつ表示を変えていく時計を二人で見つめる。七秒経ったタイミングで彼女が口を開いた。唇が震えている。

「この時計、一秒が短くない、?」

 時計は動き続ける。

 まさか。

 少し待って二十五秒ちょうどにもう一度ボタンが押された。

『ブブッ』

 時計から不正解を告げる電子音が鳴る。

「嘘だ」

 一秒が一秒じゃない。眼の前が真っ暗になる思いだった。

 今になって気づいた。どうして秒まで表示される時計なのか。どうしてデジタル時計が音を立てて時間を刻むのか。僕らが正しく時間を数えるのを邪魔するためだ。

 どうやら、一か八かでやってみるより他無いようだ。部屋から出たいなら。

「どう、しようか」

 山口さんの方が小さく震えた。

「ここから出たい?」

 首が縦に振られる。

「山口さんが押す?」

 少しの時間の後、彼女は顔を上げて言った。

「古田くんが押して」

 この際自分が古畑だなんてことはどうでも良くなってしまうくらい弱々しい声。僕うなずいて時計の正面に立った。

 正直、僕は押したくない。もし失敗してしまったら。僕は僕の行動に責任を持てない。

 でもまあ、このボタンを押さなければ僕らはいずれ死んでしまうんだろう。それなら少しでも可能性のある方に賭けたい。

 大きく深呼吸をしてボタンに手を置く。

 僕はボタンを押した。

 それからすぐに手を離し、目を閉じて耳をふさいだ。自分の感覚だけを信じて数を数え上げていく。十五、十六、十七。

 十八まできたところで目を開いた。ボタンに手を手をそえる。

 二十。

 僕はもう一度ボタンを強く押した。

 カチ、カチ、と更に数字が進んで。ブブ、と音がなった。

 途端に膝が仕事を放棄し、僕は床の上に崩れる。失敗した。吐きそうだった。床に肘をつく僕の隣で、山口さんは光のない目を大きく開いて時計を凝視していた。

 そして数秒後。

 視界は光で埋め尽くされ、轟音が僕の耳を突いた。


 気がつくと僕は白い部屋にいた。横には隣のクラスの山口さんがいる。部屋に置いてある白い机の上には、デジタル時計があった。それだけの部屋だった。

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白い部屋 碧海にあ @mentaiko-roulette

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