最終幕 二人、旅立つ
テントに戻ると、ダレストが待っていた。
「お呼びが掛かったぞ」
ハレーに伝書を渡す。
印は、アズール王のものだった。
【ハレーへ。黒の国で待っているよ。我が友が、「妹の伴侶なのに、兄にひと言の挨拶もない」とご立腹だ。一座のみんなには、あと二ヶ月公演したら、黒の国で合流するように文を別に出してある】
「二人で先に行ってこい。また黒の国で会おう」
「伴侶ではないと申し上げたのだがな」
面白がるように、ダレストがニヤニヤと告げる。
ハレーは頭を抱えたが、
「ミカエル……」
嬉しさと緊張が混じったシェーラの呟きに、会わせなければと思い直す。
「シェーラ、ムーンフォレストを通って行こう。蘇った森の
「分かった。ならハレー、これはお前が持っていてほしい」
そう言ってシェーラが取り出したのは、森での戦いでハレーたちを苦しめた光線銃だった。
「これは……魔力を束ねて撃つんじゃないのか? わたくしの力では使いこなせない。せいぜい一、二発が良いところだ」
「分かっている。それで良いんだ。お前は自分を低く見積り過ぎている。私との森での戦いでも、先日の広場での演技でも……ハレーは自分を理解して駆使することに長けていた。なら、たかが一発かも知れないこの力が、きっと目の前の障害を打破することに繋がるはずだ」
「しかし……」
「貰っとけハレー。女の子にそこまで言わせて
ダレストが横から厳しい口調でハレーに告げる。
意を決して銃を受け取ると、信じられないくらい軽かった。
きっとこれを彼女に与えた誰かは、まだ幼かった彼女をよく知り、ムーンフォレストが統治者不在で荒れていた時期に、本当は彼女を自分の側で守りたかったのかも知れない。
「預かっておく。何かあればこれでキミを守ろう」
「違うよハレー、共に在るのだ。私だって戦える」
「……そうだな」
頷き合い、二人は出発の準備を進めた。
◇
圧巻のひと言に尽きる。
一座の大所帯がズラッと並び、二人の旅立ちを見送りにテントから出てきていた。
皆がシェーラに声を掛けている。ポンス姉弟は代わる代わる出てきては泣いていた。
いつの間にこれほど打ち解けていたのかと驚くばかりだが、演者を目指していたから共有した時間も濃かったのかも知れない。
名残惜しくなるからと、ビエラとダレストが早々に切り上げさせた。二カ月したらまた会えるのに辛気臭いと、喝も入れて。
「では、今度は黒の国で」
「はいよ。先に王や皆にもよろしく伝えてくれ」
ハレーはダレストと握手を交わし、シェーラはビエラに抱きしめられ、二人は一座と別れた。
「ムーンフォレストを通るのだったな」
「そうだ。キミにも見てもらいたかった。それと、少しゆっくり行かないか?」
「どうして?」
「キミの兄を名乗る王から、わたくしの命が狙われている」
「ふふ、私だと……分かってもらえるだろうか?」
そんな彼女のセリフを、ハレーはカラッと笑い飛ばした。
「分かるに決まってるさ。キミの瞳は、一度目にしたら忘れない」
「お前は本当に……腹が立つな」
シェーラは口元を隠し、照れたような、しかし
言葉遣いは最初からさばさばしていたが、最近はビエラに似てきたかもしれない。
隠していた手を外した彼女は、にやけていた。
……これは、悪戯の方だ。
「なぁハレー。黒の国の文化を知っているか?」
「何度か訪れているから、少しはな」
「そうか……私の国では、女性が男性に贈り物をすることは、特別な意味があるんだ」
彼女は意味ありげに、ハレ―の腰元を見る。
街で作ったホルスターに、譲り受けた銃が下がっている。
「それはまた、ロマンチックな話なのに物騒な贈り物をもらったな」
「命を預けているってことだ」
「……そうか」
「そうだよ、ハレー」
まっすぐなシェーラの瞳をなんだか見返せずに、ハレーは空を見上げた。
彼の中で、シェーラの見た目が変化したことは大した問題ではない。
それこそ一座では、たくさんの驚くべき人々と出会ってきたのだから。
彼女に広がる可能性の問題だ。
「まぁでも、その文化は……嘘なのだろう?」
「……」
ハレーは、そう告げる自分に嫌気がさす。
彼が見たい彼女の表情は、決して
だから、ここでいま一歩。
彼女に踏み込むことを、恐れてはならない。
「だが……黒の国の北方諸国には、入国時に男性がエスコートする国があるかも知れないな、シェーラ」
口にするのは、初めて彼女と国の門をくぐった時の言葉。
憶えているだろうか? なんて、疑問はない。彼女ならきっと分かる。
「ハレー?」
「調査を命じられたら、共に来てくれるかい?」
「……エスコートだけか?」
「ハハ! 勘弁してくれ」
「ふふふ、勘弁してやろう」
二人は顔を見合わせ笑う。
いまのシェーラの背丈は、ハレーを見る視線の先に空も見える。
青空を尊く感じてくれているだろうか。
故郷である黒の国の大地に立った時、晴れた心がまた曇らないだろうか。
ハレーは苦笑し、自分の考えを否定する。
その時が来たなら、晴らせばいい。おあつらえ向きに、暗雲さえ貫ける光線も腰にあるじゃないか、と。
「なぁハレー」
「なんだ?」
「……一回しか言わないからな? 私も、お前の青く優しいその瞳が好きだぞ……違う、綺麗だと思っているぞ!」
シェーラは慌てながら、ハレ―から逃げるようにムーンフォレストまでの道を駆けていく。彼は呆気にとられながら、彼女の後をゆっくりとついていった。
シェーラ・グリフ・ダークエル。
かつて混沌に呑まれ、真っ黒に染まった少女の後ろ姿は、いまはとても眩しい。
「さて……黒の王に、なんて挨拶したものか」
愛おしく感じながら、ハレーは目を細めた。
ムーンフォレスト青の外伝 【青き心のハレー】 ―END―
青き心のハレー つくも せんぺい @tukumo-senpei
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