最終幕 二人、旅立つ




 テントに戻ると、ダレストが待っていた。


「お呼びが掛かったぞ」


 ハレーに伝書を渡す。

 印は、アズール王のものだった。


【ハレーへ。黒の国で待っているよ。我が友が、「妹の伴侶なのに、兄にひと言の挨拶もない」とご立腹だ。一座のみんなには、あと二ヶ月公演したら、黒の国で合流するように文を別に出してある】


「二人で先に行ってこい。また黒の国で会おう」

「伴侶ではないと申し上げたのだがな」


 面白がるように、ダレストがニヤニヤと告げる。

 ハレーは頭を抱えたが、


「ミカエル……」


 嬉しさと緊張が混じったシェーラの呟きに、会わせなければと思い直す。


「シェーラ、ムーンフォレストを通って行こう。蘇った森のめぐみを、キミにも見せたいとは思っていた。支度をしたらすぐに出発しよう」

「分かった。ならハレー、これはお前が持っていてほしい」


 そう言ってシェーラが取り出したのは、森での戦いでハレーたちを苦しめた光線銃だった。


「これは……魔力を束ねて撃つんじゃないのか? わたくしの力では使いこなせない。せいぜい一、二発が良いところだ」

「分かっている。それで良いんだ。お前は自分を低く見積り過ぎている。私との森での戦いでも、先日の広場での演技でも……ハレーは自分を理解して駆使することに長けていた。なら、たかが一発かも知れないこの力が、きっと目の前の障害を打破することに繋がるはずだ」

「しかし……」

「貰っとけハレー。女の子にそこまで言わせて日和ひよるんじゃない。それにムーンフォレストが復活したとはいえ、黒の国は北の脅威がある。お前が王もシェーラも守るんだよ」


 ダレストが横から厳しい口調でハレーに告げる。

 意を決して銃を受け取ると、信じられないくらい軽かった。

 きっとこれを彼女に与えた誰かは、まだ幼かった彼女をよく知り、ムーンフォレストが統治者不在で荒れていた時期に、本当は彼女を自分の側で守りたかったのかも知れない。


「預かっておく。何かあればこれでキミを守ろう」

「違うよハレー、共に在るのだ。私だって戦える」

「……そうだな」


 頷き合い、二人は出発の準備を進めた。





 圧巻のひと言に尽きる。

 一座の大所帯がズラッと並び、二人の旅立ちを見送りにテントから出てきていた。

 皆がシェーラに声を掛けている。ポンス姉弟は代わる代わる出てきては泣いていた。

 いつの間にこれほど打ち解けていたのかと驚くばかりだが、演者を目指していたから共有した時間も濃かったのかも知れない。


 名残惜しくなるからと、ビエラとダレストが早々に切り上げさせた。二カ月したらまた会えるのに辛気臭いと、喝も入れて。


「では、今度は黒の国で」

「はいよ。先に王や皆にもよろしく伝えてくれ」


 ハレーはダレストと握手を交わし、シェーラはビエラに抱きしめられ、二人は一座と別れた。


「ムーンフォレストを通るのだったな」

「そうだ。キミにも見てもらいたかった。それと、少しゆっくり行かないか?」

「どうして?」

「キミの兄を名乗る王から、わたくしの命が狙われている」

「ふふ、私だと……分かってもらえるだろうか?」


 おどけるハレーに笑いながら、シェーラは少しの不安を口にする。

 そんな彼女のセリフを、ハレーはカラッと笑い飛ばした。


「分かるに決まってるさ。キミの瞳は、一度目にしたら忘れない」

「お前は本当に……腹が立つな」


 シェーラは口元を隠し、照れたような、しかしねたような表情を見せる。

 言葉遣いは最初からさばさばしていたが、最近はビエラに似てきたかもしれない。

 隠していた手を外した彼女は、にやけていた。

 ……これは、悪戯の方だ。


「なぁハレー。黒の国の文化を知っているか?」

「何度か訪れているから、少しはな」

「そうか……私の国では、女性が男性に贈り物をすることは、特別な意味があるんだ」


 彼女は意味ありげに、ハレ―の腰元を見る。

 街で作ったホルスターに、譲り受けた銃が下がっている。


「それはまた、ロマンチックな話なのに物騒な贈り物をもらったな」

「命を預けているってことだ」

「……そうか」

「そうだよ、ハレー」


 まっすぐなシェーラの瞳をなんだか見返せずに、ハレーは空を見上げた。

 彼の中で、シェーラの見た目が変化したことは大した問題ではない。

 それこそ一座では、たくさんの驚くべき人々と出会ってきたのだから。

 彼女に広がる可能性の問題だ。


「まぁでも、その文化は……嘘なのだろう?」

「……」


 ハレーは、そう告げる自分に嫌気がさす。

 彼が見たい彼女の表情は、決してうつむいてできるようなものではないのだから。


 だから、ここでいま一歩。

 彼女に踏み込むことを、恐れてはならない。


「だが……黒の国の北方諸国には、入国時に男性がエスコートする国があるかも知れないな、シェーラ」


 口にするのは、初めて彼女と国の門をくぐった時の言葉。

 憶えているだろうか? なんて、疑問はない。彼女ならきっと分かる。


「ハレー?」

「調査を命じられたら、共に来てくれるかい?」

「……エスコートだけか?」

「ハハ! 勘弁してくれ」

「ふふふ、勘弁してやろう」


 二人は顔を見合わせ笑う。

 いまのシェーラの背丈は、ハレーを見る視線の先に空も見える。


 青空を尊く感じてくれているだろうか。

 故郷である黒の国の大地に立った時、晴れた心がまた曇らないだろうか。

 

 ハレーは苦笑し、自分の考えを否定する。

 その時が来たなら、晴らせばいい。おあつらえ向きに、暗雲さえ貫ける光線も腰にあるじゃないか、と。


「なぁハレー」

「なんだ?」

「……一回しか言わないからな? 私も、お前の青く優しいその瞳が好きだぞ……違う、綺麗だと思っているぞ!」


 シェーラは慌てながら、ハレ―から逃げるようにムーンフォレストまでの道を駆けていく。彼は呆気にとられながら、彼女の後をゆっくりとついていった。


 シェーラ・グリフ・ダークエル。

 かつて混沌に呑まれ、真っ黒に染まった少女の後ろ姿は、いまはとても眩しい。


「さて……黒の王に、なんて挨拶したものか」


 愛おしく感じながら、ハレーは目を細めた。




   ムーンフォレスト青の外伝 【青き心のハレー】 ―END―


 






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青き心のハレー つくも せんぺい @tukumo-senpei

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