河童の皿(3)

 太郎は山菜採りや畑仕事の合間に川へやって来た。河童はいつでもいるわけでなく、無駄足の日も多かった。息子が魚を持ち帰るのが当たり前になった父親は、からてで帰った息子に役立たずと暴言を吐くようになり、太郎は今日こそはとまじないのように唱えて、川へ向かうのだった。

 魚も少なくなり、ますます自分1人では獲れないため、太郎は河童の不在を罵り地団駄を踏む。河童はそんな太郎に軽蔑とも同情ともつかない顔をしたが、それでも会えば相撲を取り、魚をくれた。日の暮れるのも早くなり、冷たい川の水は幼い太郎の手足を容赦なくあかぎれさせ、相撲のたびに血が滲むようになった。河童はそのたびに薬を塗ってくれ、翌朝には快癒している手足を見ては、太郎は親に自慢する。父親は、太郎の手についた薬をこそげ、売りに行くようになった。薬はごく少量でも高く売れ、粟などを買ってこれる位には儲かった。

 反して、薬を減らされた太郎の手足は治りが悪い。

 どうした、効かんか。河童はそう言うと、小さい壺をくれた。薬壺は父親の手に渡り、それはすぐに、分不相応な稼ぎに変わった。

 あるとき父親は、ろくに手入れもされなくなった痩せた土を眺めながら太郎に言った。河童は頭に、水が入った皿を乗せているだろう。あそこの水を溢してしまえば、河童は力がなくなるそうだ。

 太郎は、父親が何を言いたいのかわからなかった。しかし、負け相撲ばかりの太郎は、それは河童に勝てる妙案と思い、次に川へ行く時には父親も連れて行った。

 今日は勝てる、と自信たっぷりの太郎に、河童はどうしたんじゃ、と言いながら面白がっている。物陰にかくれた父親はその様子をじっと見ていた。

 だが組むと太郎の手足は河童をうまく掴めず、あかぎれの治りきらない指は力が入らない。そこで父親は素早く駆け寄り、手にした枝で、河童の頭を打った。

 皿を揺らし水を溢す目論見だったが、興奮した父親は皿めがけて力一杯枝を振り下ろした。

 皿は、あっけなく割れた。皿だけではなく脳天も割られた河童の頭からは緑色のぬめりとした液が出ており、河童はうおお、と数回唸り、絶命した。

 父親はああ、などと呟き、河童の体を探っていたが、何も持っていないことがわかると、川に突き落としてしまった。

 太郎は泣いた。しかし河童が死んだ悲しみなのか、魚がもらえなくなるからなのか、本人にもよくわかっていなかった。

 その後、川は干上がり、売るものも食べるものもなくなった親子がどうなったかは、村のものも知らないという。


 河童の皿 終

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