河童の皿(2)

 太郎は次の日も、川へ行った。河童がいるかと辺りを見回していると、けけっと軽快な笑い声がした。

 怖くないのかと、意地の悪い言い方ではなく、面白がるような河童の様子に、太郎はちょっと躊躇いながらも答える。

 魚だ。おとうもおかあも、おまつも魚を喜んだから。

 おまつは太郎の妹で、やっと歩きだしたくらいだ。それでお前が魚を取りに来ているのか、と、河童が太郎の腰元を見ると、空の魚籠がぶら下がっていた。

 今日は釣れんかったか。

 一呼吸置いて太郎が頷くと、河童は不機嫌な顔をした。おいに頼むつもりじゃったか。あいにくそれはできん。

 あてが外れて太郎が半泣きになると、河童は困った顔をした。

 おいが苛めたようで、気分がわるいのう。

 そして昨日と同じく太郎の腰から魚籠を取ると、川面をぴしゃぴしゃと叩いた。魚が2匹魚籠に入ったところでそれを川原に置き、太郎を相撲に誘う。

 家族の人数に足りない魚を見て、太郎はあからさまに落胆した顔をしたが、河童は、少しだろうが恩はきちんと返せと言う。

 尻子玉を取りたいのか。太郎が身構えてそう言うと、河童はいいや、と首を振る。おいは尻子玉は取らん。相撲をとる相手がいなくなるのは、困るからなあ。

 太郎がその意味を少し考えていると、さあやろう、と促された。

 太郎は子供ならではの切り替えの早さもあり、河童と相撲をとり始めた。魚のような、蛇のような河童の外皮は、やはりぬめる。それでも昨日よりいくらか粘り、渾身の力で上手投げをしたところ、河童は勢いよく地面へ転がった。

 やるなあ、今日はおまえの勝ちじゃ。

 河童は負けたのになぜか満足そうで、太郎はというと勝てると思わなかったのか、やや呆けたあとに遅れて喜びを体で現した。両手で拳を作り、とんとんと笑顔で足踏みをする太郎に魚籠を渡し、河童は言った。

 じゃあまたな、また、相撲を取ろうぞ。

 言うやいなや、小さい水しぶきをあげて、河童は川のなかに消えていった。

 太郎が持ち帰った魚を、家族は囲炉裏であぶり、喜んで食べた。今年は凶作で、蓄えは少ない。ましてや乳飲み子を抱えて母親も満足に体を動かないのだ。

 よう、獲れたな。父親は感心し、息子を激励した。太郎がいたら、うちはこの凶作でも年を越せるかもしれんのう、と。だが母親は問い詰めた。これは河童にもらったんじゃないのか。

 太郎は咄嗟に、大丈夫だと叫んだ。あそこの河童は相撲がとりたいから、尻子玉は取らないと言ってた。また魚をもらってくるからな。そう太郎は、赤子の妹に言った。

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