小豆と子供(1)

 しょきしょき。

 軽快な音が、夕暮れ時の川原に響く。

 白く覆われていたはずの景色は、夕日を映して橙に変わった。

 しょきしょき、しょき。ざざっと、水に半分浸けたざるの中で、小豆が泳いだ。

 なあ、おれにもやらせてくれ。目を輝かせて言うのは、10歳くらいの男の子供。着物は上等のものだ。笑った口元は、歯が何本か抜けていて、隙間が見える。子供は、川に手を入れた。

 冷たくないのか。

 しょき、しょきと、その小柄なものは、一心不乱に何かをといでいる。

 なあ。

 何度目かの呼びかけに、小豆の音が止み、代わりに深いため息の音がした。

 お前、人間だろう。おれが怖くないのか。

 うん。うちにいる番頭も、おまえみたいにしかめ面をしている。

 はああ、と、小豆洗いはもう一度深いため息をつく。

 子供とも老人ともつかないような、小柄で痩せた体を伸ばして、妖怪は先ほどまで洗っていた小豆を、ざるごと川縁に置いた。小豆洗いは、川で歌いながら小豆を洗う妖怪だ。小豆洗いましょうか、人取って食いましょうか、と。川の近くを通りかかった人間は、このなんとも言えない歌の節回しと、よく見えない姿に興味をひかれ、ふらふらと引き寄せられた挙げ句に川に落ちてしまう。

 じゃあ、おれのことも食べるのか。

 子供は無邪気に言うが、小豆洗いは、いや、と首を振る。自分も気付いたらこの姿であり、人を食べたことはない、と。

 へえ、と子供が面白そうに笑った。

 小豆はどこから、と聞くと、これまた気付いたら手にしていたと言う。せっかく小豆があるのに、もったいない。子供はそう言うと、小豆洗いの腕を掴んだ。

 うちに行こう。番頭に言って、赤飯を炊いてもらおう。妖怪は不意のことにたいそう驚いたが、子供は小豆洗いの手をひきながら、軽快に川べりを歩いて行った。少し開けた場所に出ると、小柄で猫背の男が顔面蒼白で立っている。子供が声をかけると、安堵の深い溜め息を吐いて番頭は駆け寄ってきた。

 彼は子供の隣にいる妖怪に驚いたが、おどおどとしている様子は妖怪らしくない。子供の説明を聞きながら、日の暮れる前に、と駕籠に乗せ、急ぎ帰った先は大きな屋敷であった。

 長者の息子らしいこの子供は、散歩の途中で勝手に出歩いたことを番頭から咎められても、それほど懲りた様子はない。呆れる番頭に小豆を差し出し、赤飯を炊くよう命じた。なに、病気の父に精をつけるよう、とでも言えばいいだろう。そう子供らしからぬ冷静な言い方に、番頭は頷くしかない。彼はこの小さな妖怪の顔を丁稚の粗末な着物で被い隠すと、女中を呼び、この小さなものは危害を加えぬ、一晩内緒で預かる旨と、赤飯を炊いてやるよう言いつけた。

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