山姥の娘(2)

 猟師の言葉を聞き、女が目を吊り上げた。

 その形相を見て、やはり山姥、と猟師は鼻で笑う。

 山姥と言われた女は娘の母で、娘は15で人柱に選ばれた。それを嘆いた女は、いざ娘が川に沈められんとしたとき、隙を見て娘を連れ出し逃げた。水害に悩まされる小さな村で、その年15になるのは娘だけであり、やめてくれと半狂乱になる女を、夫は仕方なしと取りなすだけで、いざ妻子が逃げた際も率先して連れ戻そうとしたが、鬼の形相で娘を殺すために追いかけてくる夫に、女は鉈で反撃した。夫はそのまま滑落して死んだのを、あとから追いかけた村人が見つけたと言う。

 猟師は女を見下ろした。

 連れ添った男を殺し、村を見捨てた。やはりお前は山姥じゃ。妖怪は退治せねばならん。

 女は叫び声をあげながら、囲炉裏から火かき棒を取り、猟師に向け振り上げたが、猟師はその腕を掴む。女は動けない。

 村では食べるものがなく、人が人を食ってる。俺も、親を食った。そうさせたのは、お前じゃ、山姥じゃ。

 獣の皮を被った猟師は、目を血走らせながら言う。

 さあさ、娘を寄越せ。人柱じゃ。

 お前の娘を村のために役立たせてやる。さあ来い。

 そのとき娘が立ち上がり、猟師の顔を目掛けて爪を立てた。最初、猟師は何が起きたかわからず呆然とし、次いで痛みに悶絶した。

 やがて倒れた男から動物の毛皮をはぎ取ると、娘は女をおぶり、そのまま山道を駆けていく。

 岩がむき出しになった道を、娘は履き物もはいてない足で難なく越えていく。

 娘は前を向いたまま、女に言った。

 母よ。どこかで静かに暮らそう。私らはどうせ、山姥じゃ。殺した父の肉を削ぎ、食べ、生き長らえた時に私も山姥になった。村にはもう人間はおらん。人の姿で人を食う化け物しかおらん。私らは山でひっそりと、山姥として生きていこう。

 毛皮を頭からすっぽり被った娘は、裸足で、獣のように山道を駆けていく。足の指は節くれ立ち、岩肌をやすやすと掴む。娘は風を巻きあげながら、疲れも見せずにひたすら走った。

 どこぞの山には山姥が2人いると噂がたったのは、それからだいぶ経った頃であった。


 山姥の娘 終

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