第5話「碧に捧ぐ」
夏になってすぐ、滉から服ができたと連絡が来た。指定された場所であるあの浜辺に向かうと滉は既に来ており、湊斗が話しかけるより先に振り返った。
「この服だよ」
見せてきたのは、後ろの腰部分に大きなリボンがついた、深い青色のワンピースだった。
半袖の部分はレースになっており、プリーツスカート部分にもレースの他、ドレスのようにフリルが重ねられている。
控えめなスパンコールが全体に散りばめられている様は、海に降り注ぐ太陽の光のようだ。
レースやフリルがたくさん使われたひらひらの、まさにお姫様のようなワンピースだった。
「凄い、です。本当に凄いです、滉さん」
海を形作ったようなドレスに、湊斗はなんとかそれだけ言った。他に賛辞の言葉を持ち合わせていなかった。
「碧衣さんのお兄さんにそう言ってもらえると安心するよ。何よりの褒め言葉だ」
はにかんだ滉はワンピースを丁寧に畳むと、波打ち際に置いた。寄せては返す波が、作りたての服を濡らしていく。
喜んでいるだろうか、と湊斗は思った。確かめる術はない。けれど、こんな素敵な服だ。碧衣の笑顔は、すんなりと思い描けた。
滉はその場にしゃがんだまま、彼方の水平線を見つめていた。きっと彼も碧衣のことを振り返り、その笑顔を思っているのだろう。
「よくよく考えたら、滉さんが父親なはずなかったですね。碧衣は相手を頼れる人って言ってたから」
「酷いなあ。まあよく言われるけど」
頭に浮かんだことを口にすると、滉は苦笑した。否定はしなかった。そういうところだ、と思う。
「自己満足じゃないですよ。
勢いよく、滉が振り向いた。
「そうでしょう? 家族になっていた未来もあったかもしれなかったんだから」
「……」
「また、アトリエに行ってもいいですか」
「……駄目なわけ、ないじゃないか」
すぐに滉は前を向いた。潤んだ目を隠そうとしたかったのだろうが、震えている声でばれている。湊斗も前を向いた。二人の前には依然として、真っ青な海が横たわっている。
空は広く、海も広い。どんなに腕を伸ばしても、その果てには届かない。けれど碧衣は、先にそこへ行った。
海のドレスを纏った彼女の姿が、太陽の光に紛れて一瞬だけ、見えた気がした。
紺碧の後悔 星野 ラベンダー @starlitlavender
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます