救いをなすのは神か人か? 素性を知られぬ乙女の冒険が始まる

 大国が覇権を求め、自然災害がうち続くアンスル大陸。
 その世界を救うべく、古くから伝わる教えを手がかりに、自分自身もその素性を知らない「月色の瞳の乙女」が冒険へと旅立つ。
 どこから見ても、王道を行く西洋風ファンタジーです。

 その一人の乙女に対して、世間的には聖界・俗界の超エリートの地位にあるはずの男どもが…もう、何と言うか、「男ってこんなのだからかわいいよね」と言うか…という行いを繰り広げ…。
 その昔、といってもそれほど昔ではない昔、「セカイ系」ということばがあって、それは「個人的な幸不幸と世界の危機が無媒介に結びつけられているような作品」を意味していました。「いまどきの若いやつらはこんなので感動するんだなぁ」的なニュアンスを含んでいたと思うのですが。
 この作品を読めば、「一人の人間が幸せになることと、世のなか全体が救われることとがつながっているのがむしろ当然だし、自然なんじゃないの?」と感じてしまいますよ。

 世を救うのは神なのか、それとも人なのか?
 その問いは、災いをもたらしているのは神なのか人なのか、という問いにも反転します。
 そして、その世界で生き続ける主人公やサブキャラクターたちを描き続ける作者の視線からは、「人間」への強い信頼が伺えます。

 もちろん、「大国が覇権を求め、戦乱が絶えず、自然災害がうち続く」という世界を、悲しいことに、私たちはこの物語世界以外に知っているわけで…作者の、いまの世界を見る視線の真摯さも、この物語には表れています。
 また、作者の教養もこの物語の端々に表れています。たとえば、固有名詞の読みが、ローマ字に起こしたときに、後ろから二音節(ばあいによっては三音節)めにアクセントを置けば自然に読めるようになっているとか…。私はヨーロッパ生活の経験がないのでよくわからないのですが、この物語に漂う宗教的雰囲気もその賜物だろうと思います。
 それに、細かいところまで表現が工夫されていて、それが伏線になっていたり、とか…。

 正統のヨーロッパ風ファンタジーを堪能したい方にはご一読をお勧めします。

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