太陽と月の大作戦 のらくら文芸部企画もの

棚霧書生

太陽と月の大作戦

タキシング、超合金、のり弁当


 飛行機の隣の席で瞬きもせずただ一点を凝視し続けるセーラー服に身を包んだ輝くばかりの美女。ふーっふーっ、と興奮を押し殺すように口で息をしている。ふむ、我がパートナーながら異様な様相だ。

「飛行機が動いてもいないうちからそんなに目を開きっぱなしにしてたら、目がカラカラになって蒸発しちゃうよ?」

 ボクの軽口が彼女の耳から脳に届くまで幾分か時間がかかったようだ。無視されたかと半ば諦めかけた頃に彼女の黒く長い髪がふるりと震え、次の瞬間には鋭い眼光がこちらに向いていた。

「あなたにとって飛行機に乗ることは屁でもないのでしょうけど、私は飛行機が大嫌いなんです! 自分は平気だからって余裕を見せびらかさないでください!」

「よ、余裕を見せびらかすって……。そんなつもりはなかったんだよぉ、怒らないでよぉ、ルーナぁ」

「怒っていません。ああ、あなたも飛行機が苦手でないのが悔しいです。私の恐怖を分けて差し上げたい。いや、今からでも遅くないですね、ヒナタも飛行機恐怖症になりましょう。飛行機の怖いところを教えてあげます」

「おんなじ思いを共有したいってとこだけ聞けばいい話なんだけどなぁ。狂気の巻き込み精神なんだよなぁ」

 恐怖を感じたときやたらに多弁になる人がいる。ルーナはその一派らしい。普段は無駄口を叩くなと小言を言うくせに今は生まれたばかりのひなみたいにぴゃんぴゃんと騒がしい。

「まず墜落のおそれがあってですね。上空云千メートルで飛び続ける閉鎖空間でトラブルが起こっても逃げ場がない。ここに恐怖を感じない人間は人間としてどこかおかしいのです」

「まあでも、車のほうが事故率高いし。飛行機はプロが整備してプロが操縦してるんだから、そのぶん安心じゃない?」

「整備が十分でなくて、機体が裂けたなんて事故例を聞いたことがあります」

「あー、ほらでもさ、最近はチョーゴーキンの開発が進んでて機体も丈夫になってるらしいよ?」

「ヒナタ……、あなた超合金の説明できます?」

「ガ、ガンダムに使われてたような……」

 ルーナを安心させようと思っていたのに適当をこきすぎてしまったようだ。彼女の小ぶりで愛らしい唇がキュッとへの字に結ばれる。

「あははぁ……」

「ヒナタと話してたらもっと不安になってきました……」

 怒るのにも疲れたのかルーナは背もたれに体重を預け、ため息をつく。パートナーなのに、ルーナの不安を取り除けなかったことに罪悪感を覚える。せめて、これ以上のストレスがかからないようにしてあげなくては。

「ええ、あー、じゃあさルーナは寝てたらいいよ。着いたら起こすからさ」

「私が職務中に正当な理由もなく寝ることはありません」

 ルーナの言うことは最もではあるのだが、被せ気味の反論にボクの心はしょんぼりとしてしまう。

「おっと、動き出した……いよいよ出発だけど……ルーナ? おーい?」

「タッ……、タキシングの時間が離着陸ともに大の苦手なんです……」

 震え声で訴えるルーナ。タキシングの意味がわからないボク。

「へー、あー……、が、ガタガタするもんね?」

 この場の状況を鑑みて勘で会話を続ける。

「そうなんです! 今から飛ぶぞとわざわざこちらにわからせてくるの、本当にやめてほしいです! 着陸のときなんて、ガタンッて強く揺れるじゃないですか、許せないです!」

「……だよね~! ボクもそう思うよ!」

 よかった、あっていた。ボクはひとまず安堵する。それにしてもルーナは飛行機嫌いなわりに飛行機についての引き出しが多い。自分の感じた怖さを伝えようとした結果だろうか。なんだか健気だ。

 飛行機が安定飛行に入るまでルーナの緊張状態は続いた。まあ、今も続いているのだろうけど、先ほどまで骨がミシミシいう勢いでボクと手を繋いでいたが、ルーナから手を放したということは多少は落ち着いてきたととっていいだろう。

「ドリンクサービスです。お茶、コーヒー、アップルジュース、コンソメスープのご用意があります、なにになさいますか?」

 キャビンアテンダントのお姉さんが機内サービスのために近づいてくる。ここから、ボクたちの仕事が本格的に始まる。

「お茶を二つ。あと“のり弁当”とか売ってませんか? お腹空いちゃって」

「そちらのお連れ様のぶんは……」

「ああ、ひとつで大丈夫です。ボクたちは“太陽と月”みたいに仲良しなので」

「かしこまりました。のちほどお届けに参ります」

 お姉さんは不審がる様子もなくニコッと完璧な営業スマイルを浮かべて、次の席の接客に移っていく。

「ヒナタとルーナだから、太陽と月ってちょっと安直すぎません?」

 ルーナが隣でクスクスと笑う。頬が熱くなっていくのを感じる。ボクだって言いたくて言ったんじゃないのに、笑うなんてひどいじゃないか。

「ボクのセンスじゃないよ……」

 今度は別の合言葉にしてもらえるようこの仕事が終わったら絶対に上にかけあおうと心に誓う。

「おまたせしました。のり弁当です」

 そうこうするうちに例の“のり弁当”が到着する。普通に代金を払って受け取り、まずは弁当の外装をザッと眺めていく。特に気になるところはない。

「のり弁当といえば、のりがメインでしょう」

「ボクも同意見だよ、ルーナ」

 弁当の蓋を開け、割り箸を割る。

「あっ、ルーナ、そんなにのぞきこんでワンちゃんみたいだよ」

 ボクはわざとらしくルーナに通路側からの目隠しになるよう指示する。

「その言い草もっとどうにかなりませんか?」

 口では文句を言いつつも不満の色は薄い。ルーナは真面目な仕事人間だからだ。

 ボクは白米を覆う黒いベールの隅を箸でつまんだ。オープン・ザ・ノリ……!

 ぺらりとめくれたのりの下から、密閉パックされた小型SDカードがこんにちは、これが今日のブツである。まったく、へんてこな受け渡し方法を考えるクライアントもいたものだ。

 ボクたち“太陽と月”の任務はこのSDカードを無事にある人に届けること。とりあえず、最重要アイテムであるこれはボクかルーナが肌身離さず持っている必要がある。

「はい、ルーナ、お口開けて、あ~ん!」

「あなたの息の根を今すぐにとめましょうか?」

 ちょっとしたジョークなのにルーナは気持ちの悪いものを見る目でボクを睨みつける。

「ルーナの熱い視線でボクの体も熱くなってきちゃったよ」

 ボクは胸元のシャツを掴み、風が入るようにパタパタと前後に動かした。

「次の定期パートナー健診のアンケートには、ヒナタの喋り方についてクレームを入れます。指導が入ることを私は心底願っています」

「わー、なにも起こらないとイイナー」

 パートナーからのクレームで指導が入るのも嫌だが、それより先にこの飛行機の中でなんの問題も発生しないことを祈りたい。オー、ジーザス、うんちゃらかんちゃら、我らに幸いを!

「キャアアアアア!!」

 テキトーお祈りが神に届き、しっかりと怒りに触れたのか、飛行機内に女性の甲高い悲鳴が響き渡った。

「ああ……なにも起きないなんてことなかったかぁ……」

「私はハイジャックだと思います。ヒナタはどう思いますか?」

「悲鳴が聞こえてきた時点で穏やかなことではないだろうね……」

 さて、今日も太陽と月で頑張っていきますか。ボクはのり弁当の残りを一息に平らげた。


終わり

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