コスバのJK - スピーカー・オブ・サブスタチュー - その後


 語らいを代理スピーカー・オブする女子高生・サブスタチューを大人しくさせ、コスバ黄泉國店も、元の不安定な放浪店へと戻った。


 これ以降、あの場所にお店が見えることはなくなった。

 いや、正確にはゼロではないのだが、誰もが簡単に入れるお店ではなくなったのは事実だ。


 まぁ詳細を聞く限りだと、あそこに店舗が出現しやすくはなってるらしい。

 それでも開拓能力者や、それに類する能力者や霊能力のあるような人でないと見えないらしいので、問題らしい問題もたぶんないんだと思う。



 私たちが脱出したあとはというと――


 その足で、喫茶店『夢アジサシ』へ戻って、お茶をしていた。

 ……何故か着替えて私はカウンターに立ってるんだけど。オフだよね、今日?


 ちなみに、ハナちゃんとトラちゃんも一緒だ。

 所長さんたちが動画で見たときに、二人は黄泉戸喫ヨモツヘグイの影響を受けているように見えたそうで、軽く状態を調べたいと言っていた。


 その検査みたいなのも問題なかったようで、二人はお店のプリン・ア・ラ・モードを美味しそうに食べている。


「なんかこういういかにもってお店もいいねー! 固めのプリンも美味しいし」

「それなー! ちょっとこういう喫茶店巡りハマっちゃいそー!」


 二人からもおおむね好評のようだ。


「しかし、植物を作り出す能力者と格闘技の達人のコンビ……か」


 ホットコーヒーを啜りながら、何やら所長が難しい顔をしている。


「正面からやり合わずに片付けられたのは僥倖ぎょうこうだな。本物同然の戦い方をされたら、正直勝ち目がなかった」

「え? 本当に歴史上最強のJK的な人たちなんですか?」


 綺興ちゃんが訊ねると、所長さんは大きくうなずいた。


「直接の面識はないが、話には聞いている。

 彼女は能力そのものが強いというよりも、能力の使い方が上手いんだ。加えて、本人も格闘技を嗜んでいるせいで、能力を封じても何の意味をなさない」


 うあ。本当にやばい相手だったのか。

 そんなことを思っていると、マスターが所長さんの話の続きを口にする。


「相棒といわれる格闘技の達人の子もね。当時、非合法の賭けストリートファイトで荒稼ぎできるくらい強かったって噂があるくらいだから」

「その二人、武闘派がすぎません?」


 思わず顔を引きつらせてしまう。


「能力者の方は、大学を卒業して……今は新興企業の社長だったか?」

「そのはずですよ。二人は今も仲が良いようですし……影で、能力犯罪取り締まりなどを警察と協力してしているようですから」

「え? 意外と歳近いの?!」


 びっくりの事実である。


「…………所長さん、マスターさん。その人の会社って、もしかして、テン・グリップス社?」


 綺興ちゃんが訊ねるけど、二人は軽く肩を竦めて口を噤む。

 うあー……美人の大学生がIT系の会社立ち上げて社長になったのをニュースで見たけど、その人かー……。


「アメリカの美人実業家イリーナ・ミスキャニィが、赤字で困っているWarbler社を買収するとかしないとかで揉めてる途中に横からかっさらっていった日本人女性ですよね?」

「テン・グリップス社自体がWarblerを運営する為に立ち上げた会社だそうだからね」


 マスターの言葉に、綺興ちゃんが天井を仰いでいる。


「有名な海外の大物実業家相手にケンカ売って勝利もぎ取れる美人社長が、女子高生時代は当時最強と呼ばれる超能力者って……」

「持ってる人は色々持ってるんだねぇ……」


 思わずしみじみしてしまう。

 当たり前の話なんだけど、JK――女子高生と一括りにしたところで、北は北海道、南は沖縄まで、いっぱいいるんだ。


 一人一人が別人で、趣味も考え方も生きる目的も、そもそも歩んでいる人生そのものが違う以上は別人ではあるんだよね。


「嘘か本当かは知らないがな、美人社長は本来の能力とは別に未来を視れるらしい。

 だからWarblerはイリーナに買わせるワケにはいかなかった――という噂があるな。

 なんでも、イリーナが買収に成功した場合、SNSの名前をZに変更した上に、イリーナが仕様を好き勝手いじって、SNSとしての体裁がめちゃくちゃになるから、それを阻止して、日本がインフラとして利用できている状況を維持したかったとかなんとか」

「……所長さん、それどこ情報?」


 思わず私が訊ねると、あまり表情筋が仕事をしない所長さんにしては珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべて答えた。


「先日立ち寄ったコスモバーガーで隣に座っていた女子高生たちが、そんな話をしていた」


 私と綺興ちゃんだけでなく、プリンを食べていたハナちゃんとトラちゃんも一斉に吹き出す。


「おじさんこのタイミングでそれを言えるのすごい!」

「そういうコト言わなそうな人なのに真顔で冗談言うの笑う!」


 文字で書かれているなら、「w」がいっぱい――ようするに草をいっぱい生やしているかのような調子で、ハナちゃんとトラちゃんが笑っている。


「む。おじさん……」


 一方で、おじさんと言われた所長さんは少し凹んでいるようだ。


「はー……笑ったー……そしてプリン美味しかったー!」

「アリカさん、マスターさん、ごちそうさまでしたー!」


 プリンもクリームも、一緒に乗ってたフルーツも綺麗に完食した二人が、丁寧に手を合わせている。

 ノリはともかく、どちらも育ちがいいのかもしれない。


「マスターさん、また食べに来ていい?」

「もちろん。喫茶店だからね。ダメとは言わないよ」

「よっしゃ! 推し店を見つけたかもしれない!」

「アリカさんがオススメしてたカレーも今度食べにきますね!」


 二人が席を立つ。

 そんな二人に、私は綺興ちゃんと一緒に声を掛けた。


「二人とも気をつけてね」

「改めて巻き込んじゃったみたいでゴメンね」

「いやいやいや。むしろアリカさんとキキョウさんが来なかったらあたしらヤバかったんで!」

「そうそう。謝る必要はないし、アタシらはお礼を言う側なんで!」


 本当に礼儀正しい子たちだな。


「家は遠いのかい?」


 マスターの問いに、ハナちゃんとトラちゃんが答える。


「ここからだと、三つ隣の本安岐川ほんあきかわ駅で乗り換えて、そこから四つくらいのところです」

北府中野きたこうやってところでおりまーす」

「それなら周辺からここまでの一般的な通学通勤範囲の距離か」


 どうやらそんなに遠い場所ではなさそうだ。

 日が落ちて来ているから気にしていたのか、所長さんも小さく息を吐いた。


「気をつけて帰ってね」

「はい! ありがとうございましたー!」

「お邪魔しました! また来ますねー!」


 元気よく二人はお店を出て行く。

 何であれ、大事なく事件解決して良かったね……と。


「さて、二人が帰ったコトだし――音野さん?」

「所長さん。私にお説教する前に、スマホの連絡先教えてください」

「…………」


 勝手に動いたことを叱られるのは分かってる。

 だけど、所長さんに連絡する手段がなかったというのもあるんだよねぇ……。


 あと、お説教をうやむやにしたいという下心もなくはない。


「観念したらどうだい郷篥ゴウリキくん。

 音野くんは、キミの連絡先さえ分かっていれば連絡したという意志を見せてるんだよ?」

「…………」


 いつも以上にむっつりしたへの字口で、所長さんは押し黙っている。


「別にLinkerが嫌いならそれでいいです。電話番号さえ教えてくれれば。そうじゃなくても、PC用のメールアドレスとかでもいいんですよ?」


 Linkerは嫌いだって人が一定数いるのは理解している。

 あるいは、所長さんがガラケー派の人の可能性もある。


 だから無理にとは言わないけど、せめて電話番号は欲しいよね?


「…………」


 困っているのか何なのか、所長さんは沈黙を貫いたままだ。

 見るに見かねたのか、マスターはこれみよがしに嘆息してから告げた。


「音野くん。郷篥くんはね、機械オンチなんだ。だからスマホはおろかガラケーすら持ってない」

「…………」


 今度は私が口を噤んだ。

 私と似たような表情をしている綺興ちゃんと一緒に所長さんを見る。


 私たちの視線に耐えかねたのか、ついに所長さんはふいっと視線を外す。

 ほほう? 言い訳をする気はないが何かを語る気もないと?


「綺興ちゃん、所長さんの名義でスマホ買いに行こうと思うんだけど」

「奇遇ね。管理はリスハちゃんに任せるのが安心かな?」


 何やら冷や汗をかきはじめている所長さんが、席を立つ。

 だけど、私はウルズを呼び出すと、所長さんの手首を掴んだ。


「待て! キミはこんなコトに能力を……!?」


 助けを求めるようにマスターに視線を向ける所長さんだったけど――


「郷篥くん。ほんっと、観念した方がいいよ?」


 ――マスターは小さく首を横に振った、


「行っておいで音野くん。美橋くん。

 知人としても、郷篥くんが携帯電話を保有してないのが不便でね」

「でしょうね」


 大きくうなずく綺興ちゃんが、ウルズが掴んでいる手とは逆の腕を抱きしめる。

 私もエプロンを外してカウンターの外にでると、ウルズと入れ替わるように、所長さんの腕を抱きしめた。


「キミたち……」

「大丈夫です。駅前のalyエーレイショップは夜十時までやってますから!」

「そうそう! 手続きとか全部私たちがやるので所長さんはサインだけお願いしますね!」

「いや、だから……」


 そうして私たちは所長さんを引きずってスマホを買いに行くのだった。



 数時間後――

 憔悴しきった所長さんを連れて探偵事務所に戻ると……


「ずっるーい! そんな面白そうなコトしてたなんて! 混ぜて欲しかった!」


 ……なんて、リスハちゃんがほっぺたを膨らませたのは余談である。


 そしてお説教はうやむやになった。やったね!



  ・

  ・

  ・



 それから数日経った頃――どこかの会社の社長室。


「社長。先日頼まれた人物二人について判明しました」

「ありがとう。それでどんな人たちだったの?」


 秘書兼ボディーガードの女性は、社長にレポートがプリントされた紙を手渡す。

 それを見、社長は大きく顔を顰めた。


「すでに二人ともすでに他界……? 過労死に自殺? その原因となっていると思われるそれぞれの会社は情報の隠蔽と、工作、労働基準法違反の疑い……?」

「どちらの会社も――元々、噂程度ではありますがたびたび話題には上がっていた会社ですね。あくまでネット上でのミームレベルの話ですが」


 自分の顎を撫でるようにしながら、社長はその書類を読み込んでいく。


「二人の詳細と、それに付随する情報に正当な制裁を――とは言ったものですね」


 普段あまり連絡を取り合うことのない知人からの突然の連絡と、簡素な依頼に何事かと思っていたのだが、何となくその理由が見えてきた気がする。


「社長、あれから知人とは?」

「一応確認したんですけどね。よく分からないんですよ。

 コスバのJKの噂話も時には役に立つものだから。死してなお困っている人に手を差し伸べてしまうお人好し達に、安らぎを……なんて、詩文のような返事だけです」

「……それでも、答えは出たようなモノではありませんか」

「そうですね。彼女には、私がそういう方面に強いという話は一切してなかったのですけど」


 ともあれ、漠然と事情は察した。

 知人とて自らの手でやろうと思えばできるだろうに、わざわざこちらに任せたということは――


「この二人がそれぞれ所属していた会社は……」

「はい。うちのグループ傘下ですね。正確にはうちの親会社のグループ傘下が正しいですが。ともあれ……どちらも――孫の孫のような末端ではあるので、どのような対応をしても親会社への影響は薄いでしょうが」

「彼女からの温情だと思いましょうか。この件、もう少し突っ込んだ調査をお願いしても?」

「かしこまりました」


 秘書が部屋を出て行くのを確認してから、社長は小さく息を吐く。

 座っていた椅子ごとぐるりと背面に向き直り、窓から外を見ながら嘯く。


「他人にも世間にも興味が薄かった子が、いつの間にやら随分とまぁ人間的になりましたね」


 ある意味でコスモバーガーのJKから、もっとも遠いところにいた子だったかもしれないのに。


 昔の彼女であれば、今回のように周囲へ気を配ったりせず、自分の行いによる影響をガン無視して、制裁をしていたに違いない。

 そしてそれは、この会社や、親会社への影響も大きかったことだろう。


「いえ。そもそも恩を返す、仕返しをする――という発想そのものが、あまり無かったかもしれませんね」


 ふぅ……と息を吐く。

 そろそろ会議の時間だ。気持ちを切り替えて働かなければ。


 社長は席を立つと、会議の為に用意していた書類を手にして、部屋を出ると、会議室へと向かうのだった。



 ・

 ・

 ・



 後日――


 コスモバーガー東繰美駅前店


「ねぇねぇ知ってるこのニュース」

「ん? どっかのブラック企業のやらかしのやつ?」

「そうそう。それがさ――」


 関西ローカルのディスカウントチェーン『ブルーコスモス』が、当時女子大生だったアルバイトを追い詰めて自殺させたという情報が明るみに出た。

 とりわけ自殺者が出たという店舗では、バイトや社員問わず過剰なノルマや強引なシフト組などを今もしていることが分かり、ネットで炎上している。


 また、男性向けアパレルブランド『ホエールウェイブ』が展開するアパレルチェーンにて、静岡にあった店舗の店長を過労死させながらも、それを隠蔽していたことが判明。

 芋づる式に、労働基準法違反や様々な労働基準を無視していた事実が明るみとなり、ブランドの信用が著しく地に落ちる。


 そんなニュースを話題に、隣の席の女子高生たちが話をしている。


「どっちも同じグループ会社の末端じゃん?」

「よくわかんないけど、それがどうかしたの?」

「わざわざ同じグループ内の別の偉い系会社にリークして、炎上させた人がいるらしいんだって」

「別にいいんじゃない? 自殺とか過労死とかさせてるブラックってやつだったんでしょ?」

「でも炎上させたのは無関係の女子大生だったらしいよ?」

「なんでよ?」

「わかんないけど、なんかねぇ――ネットで見た限りだと……」


 …………。


「綺興ちゃん、隣の子たちがどうかした?」

「ん? 自己満足だけどね。黄泉國店の店長さんと店員さんへのお礼は出来たかなって」

「ふーん?」

「噂を真実にするなんて……別に怪異のチカラが無くったって出来るって話」


 これが正しいことかは分からない。

 それでも、自己満足程度にはなったのだから、悪くない。


 ついでに横にいる子たちが本物のJKか、ふらりと現れた怪異なJKかは分からない。だけどそれはどちらでも良い話だ。


「やっぱり、優しくてがんばり屋な人たちは報われて欲しいって思ったのよ」


 在歌はこちらの言っていることが分からないのだろう。別に分かる理由もないし、分かる必要も無いのだけれど。


「噂っていうのはあるい意味で祈りなのかもね」


 キョトンとしている在歌を見ながら、綺興は機嫌良く笑うのだった。






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 と、いうワケで追加エピソードはここまでとなります。

 ここで改めて「完結」としますが、また思いついた時に追加エピソードをやるかもしれません。

 その際はまたよろしくお願いします٩( 'ω' )و


 ここまでお読み頂きありがとうございました。



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コミック・サウンド・スクアリー~擬音能力者アリカの怪音奇音なステージファイル~ 北乃ゆうひ @YU_Hi_Kitano

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