季夏の夕暮れに波立つ歌声

菅原 みやび

第1話 季夏の夕暮れに波立つ歌声

 季節うつろう夏と秋の狭間の中、涼しく快適な気候が訪れる……。


 俺はそんな最中、休暇中にふと趣味の1人旅行にでかける事にした。


 折角なので少し贅沢して海が近くに見える景色の良い、とある旅館に泊まる。


 趣味の小説をネット投稿し終え、ノートパソコンをそっと閉じると同時に俺は大きなため息をつく……。


 それは程よい疲れ……それにやり遂げた安堵と共に出たものだ。


 気が抜けたからか、ふと俺は窓の外をぼんやりと眺める。


 雲が濃ゆめのオレンジ色に染まる暮れ方……。


 夏の終わりを告げるが如く、窓の外からすっかり涼しくなった風が爽やかに吹け抜けていく……。


 それがまた何とも心地よく……その為か俺は座ったまま眼を閉じる……。


 しばし、風鈴ふうりんの涼し気な音色と共にその風を楽しむ……。


(ん? ……なんだろうか?) 


 風鈴の音色以外にも何か聴こえているような?


 ……はて?


 俺は立ち上がり、もう一度耳をます……。


(……成程、正体は外の海辺からだ) 


 俺は何故か、それが無性に気になり、空色のスポーツサンダルをき外に飛び出す。


 正面に見えるは、半分沈みかけた太陽を中心にオレンジ色に染まり静かに波うつ海辺……。


 そんな幻想的な風景の中、良く見るとその少し薄暗くなった海に人がいるではないか?


(もしかして……この人が?) 


 俺は確認する為に浜辺を少しずつ近づいて行く……。


 そして暫くして俺は確信する。

 

(ああ……間違いない!)


 あそこから、あの人から透き通った綺麗きれいな歌声が聴こえてくる……。


「……あの……」


 「この時期に夕方に海に浸かっていると風邪を引きますよ?」俺はその人にそう言いたかった……。


 いや、違うそうじゃない……本当はただ話かける口実が欲しかっただけ。


 だが、しかし俺の言葉は発することなく途切れてしまう。


 それは彼女の歌声を聴いてしまったから……。


 優し気で……温かく、でも何か威厳いげんを感じる……深い……そう、まるで深海ように深い歌声だった……。


 俺は思わず聴きれてしまい、呆然と立ち尽くしてしまう。


「……誰?」 


 歌が終わり、俺に気が付きゆっくりと振り向く彼女。


「お、俺は夏野終なつの しゅう……」

「えっ! ……あ、あははは……っ!」


 俺は少しむっとした。


「何が可笑しんだい?」

「い、いや、だって貴方の名前、そ、その季節的にタイムリー過ぎて……」


 ……夕陽を浴びてオレンジ色に染まる彼女の笑顔は、まるで向日葵ひまわりのように明るくてとても眩しくて……。


 更には濡れた栗色の柳髪やなぎがみが、細いなで肩にしなやかにかかる彼女のあで姿に……俺は思わず目を奪われて……。


 歌声もだが、なんて魅力的な人なんだろうと、俺は思わず怒りを忘れてしまった。


「……あ、あの、貴方のお名前は?」

「私の名前は……秋野始あきの はじめ……」


「えっ!」


 思わず軽くうめいてしまう俺。


「……うそうそ……あはは……!」


 彼女は天真爛漫てんしんらんまんな笑いと共に沈んでいく太陽の方に向かって泳いでいく。


「くそっ! 待てよ!」


 俺は上着を急いで脱ぎ、半ズボン一つになり海に飛び込む!


 幸い半ズボンは水陸両用だ。


 という事で俺は怒りよりも彼女に近づきたい一心で、無心になってガムシャラに海水を掻き分けていく!


 スイミングスクールに数年通っていた関係で、幸い泳ぎは得意だったし、クロールで全力で泳げば追いつける自身はあった。


(なにしろ相手は可愛らしい女性、俺は男だ!)


 ……が何故か不思議と彼女に追いつけない。


 次第に手足が鉛のように重くなっていく感覚に気付いた時は遅かった……。


 彼女を見失ってしまった俺は……もうやる気も失って……。


 ……。


 気が付くと、俺は自分の旅館室で座布団ざぶとんまくらに横になっていた……。


(な、なんだ、夢か……。でも、何だかとってもリアルあふれる夢だったな……) 


 俺は起き上がり、お茶を飲もうと……ふと丸テーブルに目を移す。


(……ん? 何だこれ?)


 良く見るとノートパソコンの隣に書置きがある。


 白い紙きれには「明日もまた夕暮れ時に遊ぼうね! 秋野始(仮名)より」と書かれてあった……。


 すっかり目が覚めた俺は急いで外の景色を見る。


 窓からはすっかり暗くなった海の波音と、それに合わせた静かで深い彼女の美しい歌声が聴こえた気がした……。

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季夏の夕暮れに波立つ歌声 菅原 みやび @sugawaramiyabi

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