『呪殺聖女』の死
「さ、ここでお別れです」
瘴気立ち込める暗い魔界の空。
その下、魔王城へ続く一本道。
「荷物持ちはもういりません。解雇です」
「ヴィオレッタ!」
「また魔物が湧くまえに、さっさと人間の領土まで帰りなさい」
ボロのローブを
私には見送ることしかできない。危険だし、彼女にとっても足手まといになる。
でも。
立ち去ることもできなかった。彼女を一人にしてはいけない気がしたから。
もちろん『一人で魔王を討てるのか』という心配もあった。
だが、それ以上に。
孤児として生まれ、仲間を失い、人々から避けられ。
今もまた孤独に命を賭ける背中。
一人にしたくなかったのだ。
そのせめぎ合いで一歩も動けず。姿が見えなくなってからも、しばらく呆然と突っ立っていた。
が、やがて、
「帰り道にはもう魔物が湧いているに違いない。連れて帰ってもらう方がいい」
上手な言い訳を見つけ、遅れてあとを追いかけた。
戦闘の痕をたどるうち、大広間に着いた。
しかし、
「どうだ。これだけの『呪い』を浴びたのだ。苦しかろう」
すでにヴィオレッタは、杖を支えに両膝をついていた。
「ヴィオレッタ!」
隠れているつもりだったのだが、思わず叫んでしまう。
彼女はゆっくり振り返った。
「サヴィ? 聞かん坊ですね……」
「なんだ、その小娘は?」
魔王にも存在を気付かれてしまった。
すぐにも八つ裂きにされるかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「おそらくそこの女が心配で見に来たのだろう。貴様の予感は当たったぞ?」
精神的にいたぶる算段なのだろう。
「その女は終わりだ。強力な『呪い』を二重三重にかけてやった。もう動けはすまい。あとは虫ケラのように死ぬだけよ」
「そ、そんな」
喉奥で唸るように笑う魔王。
思わず座り込んだ私を見て、今度はクククと息を抜くように
いや、違った。
「ん?」
魔王の少し抜けた声。
笑っているのはヴィオレッタだった。
「くくく」
「何がおかしい?」
魔王の問いに、彼女はよろよろと立ち上がる。
「強力な『呪い』? せいぜい三人分くらいの重ねがけでしょう?」
「何?」
「私には些細な違いでしかないのですよ」
自身の胸に手が添えられる。
「私は意味を理解したあとも『呪い』を解いてきました。何人も何人も。ただ、少しやり方を変えたのです」
確かにそうだった。元々は切り離し破壊していたが、私が見たのは撫でて消す方法。
そうだ。そういえば
「それはただ苦痛から解放するだけでなく」
その際のモヤはどこへ行ったのか?
ヴィオレッタが胸から手を離す。引きずられるように出てきたのは
「この時のためだったのですよ」
「その『呪い』の密度は!」
モヤどころか、黒いガラス玉のようになった
彼女自身の魂。
聖女はそれを頭上に高々と掲げ
「さぁ。自分で振り撒いた『呪い』、私の全ての魔力も添えて」
杖の先で高らかに床を叩いた。
「受け取っていただきましょうか!」
目を覚ますと、崩れた天井から青空が見えた。
直前のことは
「生き、残……あっ!」
思い出したように周囲を探すと、魔王はどこにもおらず
ヴィオレッタが一人倒れているだけだった。
駆け寄って、いくら揺すっても叫んでも。
返事が来ることはなく。
代わりに彼女は、『呪い』の力で魔王を殺した唯一無二
『呪殺聖女』の称号を確かなものにした。
しかしそんなこと、まったく誇らしくなどなくて。
ただハッピーエンドかのように晴れ渡る空が憎らしかった。
彼女を連れて帰ることもできず失意のまま、とぼとぼ人間の領域へ帰ると。
全ての『呪い』が消え去っていた。道中魔物もいなかった。
魔王が死んだからだろう。
以来『呪い』を振り撒く者は現れず、呪殺が発生することもなかった。
少し癪なことに、『呪殺聖女』は後世脅かされることのない、彼女だけの称号となったのだ。
だからせめて『呪殺聖女』を、彼女を讃える称号とするべく。
何より一人の、天使になりたかった少女の素顔を伝えるべく。
私は残りの人生で、語り継いでいくことにしたのである。
以上、ヴィオレッタ没後20年祭、彼女の名誉回復宣言10周年に寄せて。
一つの碑文としてこの手記を寄稿いたします。
サルヴィア・“サヴィ”・カメリア
呪殺聖女が死ぬまで 辺理可付加 @chitose1129
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます