呼び起こしてしまった甲斐の虎

 「では、診察させていただきます。楽に深呼吸をしてください」


 「うむ」


 結局は信玄を診る事となった。早い話で言えば、栄養ドリンクを飲ませたら1番手っ取り早いのだが、治療や診察らしき事はしないとこの人は何でも見透かしてきそうだからだ。

 だから鞠ちゃんや鈴ちゃん達、第二陣の輸送班を待ってからにした。今は岐阜標準時間の19時だ。秋山の下知にて関所は顔パスにしてもらい、名目上は『お屋形様に織田輸送班着任の儀を致す』という体にして、館の方に招いてもらった。


 で、その信玄を診るのは鈴ちゃんだ。全くもって意味があるのか分からない聴診器。服装は多分あの喋る蜘蛛の糸子ちゃんが作ったであろう白衣を着て、さながら今から手術でもするんですか!?って出立ちだ。


 「ゴホッ ゴホッ。いや、すまん」


 「大丈夫です。深く息を吸って・・・」


 「・・・・・・・」


 「剣城様にお聞きしたところ、昼間に喀血されたとお聞きしました。心臓は少し早いと思います。血圧を一度測りましょうか。鞠?」


 「これを」


 「(シュポ シュポ シュポ)」


 それは現代の病院で見た事のある、聴診器で血圧を計るアレだ。何も違和感がない。ここだけオレが居た時代のような感じがする。


 「女。それはなんだ?」


 「これは血圧を計る機械です。160の95ですか。高いですね。剣城様もコロトフ音をお聞きになりますか?」


 あ、うん。いつもの同じだ。初めて聞いたよ。コロトフ音って単語。


 「いや、続けてくれ。オレは二人を信頼している」


 然もオレは当然且つ、当たり前にしているかのような顔で答える。秋山も信玄もこれでオレがコロトフ音が初耳だと分からないだろう。


 「では、問診に入ります」


 いや、そこ逆じゃね!?普通最初に問診じゃね!?と思ったが敢えて黙っておこう。鈴ちゃんはマスクはしているが、その下の顔がニヤニヤしているのが分かるし。医者のような事ができて嬉しいのだろう。信玄相手にも物怖じしていないし。


 「・・・・・・」


 「息がしにくい、苦しいなどございますか?」


 「時折りある」


 「お腹が痛かったりその他の症状はございますか?」


 「内腑が最近キリキリ痛む事はある」


 「女。すまん。ワシの方からも。お屋形様は最近、食も細くなっている気がする。以前はうどんならば7人前くらいは食べていたのが最近では1人前も食べられない時がある」


 「秋山ッ!!」


 「お許しください。罰は如何様にも受けます。ですが、事ここに至って、折角この者等に診ていただいている中で聞き漏らしや答え漏らしが無いようにしたい。そう思っておりまする」


 「チッ。まるで俎板の鯉のようではないか。もう良い。女。好きに致せ。何でも聞け。全て嘘偽り無く話す」


 信玄も秋山も出している物全て、この白衣の二人を不思議に思っているだろう。あぁ。オレもだ。いつこんな白衣を用意したんだろうと思う。それに問診だ。


 現代の医者だと言われてもなんら違和感がない。寧ろオレが患者なら安心できる話し方だ。あのバトルジャンキー、イノイチバンに戦場に駆け出し、漂白剤とトイレ洗剤混ぜた咽せる液体爆弾を作るあの鈴ちゃんがよくぞ成長したものだ。


 「では、時折り息苦しく、お腹がキリキリとし、食欲も減退していると・・・。身体も痩せてきて、飯を食べるとこれも時折り消化不良のように・・・。便が偶に黒くなっている・・・あ・・・」


 鈴ちゃんも何か気付いたようだ。いや、これだけで大病と結び付ける事の方が難しい。が、未来をオレが知らないと抜きにしても、黒い便と聞けば思い浮かぶ事は大腸系、胃系の不調だ。喀血と聞けば肺系も思い浮かぶ。まぁ史実通りなら胃癌からの肺に転移か、はたまた原発巣がまったくの別かもしれないが、なんらかの出血を体内で起こしている事は間違いない。


 「どうだ?それだけでお主は分かるのか?」


 「良い。女。気にせず貴様の見立てを言え。織田は女でも活躍する場所とは聞いてはいるが、女だてら簡単に医術は学べぬだろう。並々ならぬ修練を積んで何かしら答えに導かれたから今のように言い淀んでいるのであろう。言え。ワシの病気はなんだ?」


 「剣城様・・・・」


 「あぁ。鈴ちゃんが診断した事を言いなさい」


 オレは優しい口調で言う。鈴ちゃんに間違いはないだろう。岐阜の病院には今やレントゲンやらX線やら、他にも色々と購入し、現代の大学病院並みの施設だから、そこならば確定診断が出せるが、ここは甲斐。問診、触診だけで鈴ちゃんがどこまで分かるかは分からないが・・・。


 「まず、喀血しているあたりで、食あたりなどではないのは明らかです。そして、黒い便・・・。身体のどこかで出血を起こし、それが腸の中で便と混ざりそのような黒い便が出る。そして、腹がキリキリ痛む、咳が出るとの事を考慮して、肺の病、胃の病、大腸の病などが考えられます」


 「訳が分からぬ。何故、それだけでそこまで分かるのだ?いや、すまん。続けよ」


 「このように触診だけでも分かる事がございます。続けます。肺ならば肺結核、肺癌、胃ならば胃癌、胃ポリープ症、大腸なら大腸癌、大腸ポリープなども考えられます。岐阜ならば手術をお勧め致しますが、ここは甲斐。剣城様の例の栄養ドリンクが最適かと思われます」


 うん。うん。完璧な診断だと思う。さながら現代に居る時のように思う。だが、最後の栄養ドリンクでオレは笑いそうになる。だって本来なら栄養ドリンクで大病は治らないからだ。


 「女。それは死ぬ病なのか?」


 「明日、明後日という事はないだろうと思いますが、近い内に最悪な事は起こるかと思います」


 「そうか。で、それは治るのか?」


 「鈴ちゃん。ありがとう。ここからはオレが」


 「はい!」


 「武田様。それに秋山様。まず武田様は重い病を患っております。ですが・・・(コトン)この薬で全てが即座に治るとお約束しましょう」


 「なっ・・・それが薬なのか!?お屋形様!良きではありませぬか!ここは芝田殿の言葉に甘えましょうぞ!」


 「ゴホッ ゴホッ (ピチャ)チッ。すまぬ。見苦しい所を見せた。こうやって偶に血が咳から出るのだ。女の言うようにワシは病に侵されているのであろう。で、この薬を飲めば治ると?」


 「えぇ。間違いなく」


 「そうか。これはどうすればいいのだ?」


 明らかに薬を欲している。そりゃそうだ。死ぬと自分でも分かるくらいの症状が出ているからな。だが、オレはこの人に本当に薬を渡していいのか・・・。いや、いつからオレは冷たくなったのだろうか。同盟の席で戦う事を考える自分が許せない。

 武田と戦う事となっても撃破すればいいだけ。どうなってもオレは負けない。


 「では・・・」


 オレは信玄の体を起こし、蓋を開けて飲ませてあげた。


 「ぬぉ!?お、お屋形様!?光っておりますぞ!?」


 「秋山様。お静かに。薬が効いている証拠です」


 「なにがどうなっている!?ワシは・・・」


 さすがの信玄も驚くか。そうだよそう。この反応が当たり前なんだよ。最近の美濃や尾張ではオレが何か出したり、薬でも何でも皆が驚く事が少なくなった。寧ろ、城に出入りできるくらいの人ならば喋る蜘蛛や喋る牛が居ても驚きすらしないからな。


 「体調はいかがですか?問題ありませんか?」


 発光が終わったタイミングで声を掛ける。


 「うん?確かに息苦しくない・・・これはなんだ!?こんなにも早く薬が効くのか!?」


 「お、お屋形様!!?治ったのでございますか!?」


 ふぅ〜。どうやら効いたらしい。そりゃあ、神様印の栄養ドリンクだもんな。効果はファンタジーの如くだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「(ジュ〜〜)良い!誠に良いぞ!誰ぞ!もそっと米を持って来い!」


 「は、はっ!」


 「うむ!其方も遠慮せずに食え!其方が持って来た肉と米ぞ!」


 あの後の行動は早かった。勝頼は信玄の体調不良を勘付いていたけど、その他の人達には内緒にしていたから気取られてはいないらしく、信玄は久しぶりに腹一杯の飯を食いたいとの事で、まさかの信玄の私室での焼肉だ。

 バーナーで炭を炙り、火を起こす。念の為に桶に水も用意している。ダイナミック火攻めをするつもりはないからな。


 信玄は憑き物が取れたかのように上機嫌だ。こんな人だっけ!?って思うくらいにだ。そして食う食う。信長さんより食う。


 「は、はい!自分も頂いております!」


 「ふん。女も食え。お主等が来なかったらいつか死んでおったのだからな!これ程喜ばしい事なぞない!」


 「無事回復できた事を心よりお祝い申し上げます」


 「で、だ・・・。この事は他言無用に頼むぞ。美濃や尾張ではどうかは分からぬが、ここ甲斐では豪族等を勢いつけさせるのは良くないのだ。武田は強くあらなくてはならぬ。分かるな?」


 「え、えぇ。まぁ」


 うん。まったく分からない。謂わゆる・・・知った顔して知った風な口を利かす、これが知ったか振りだ。一応、眉間に皺を寄せてそれ風にしている。

 実際は煙たいだけなんだけど。


 「して・・・この礼に関してなのじゃが、秋山。例の物をこれへ」


 「はっ」


 珍しく秋山が下働きのような事をさせられている。そして、少し後に大きな木箱を3つ持ってきた。


 「空けてみよ」


 「分かりました・・・はぁ!?こ、これは・・・」


 「湯之奥のとある所でな。それ以上は詮索するな。そこで取れた物だ。貰っておけ。此度の薬の礼じゃ。これを以て、金輪際この話は出すでないぞ?分かるな?」


 「えぇ。畏まりました。ですが、こんなに頂いてもよろしいので?家臣の人や家の人に何か言われませんか?オレ的には一箱あればかなり嬉しいくらいですよ?」


 「剣城殿。これが甲斐の虎 甲斐源氏第19代、武田氏の第16代当主武田信玄様だ」


 そう言うのは秋山信友。


 「先も言うたが、お主は誠に謀を知らなさ過ぎるぞ。仕掛けを覚えよとは言わぬが、要らぬ事は口に出さないように覚えておけ。今のは聞かなかったことに致す。遠慮せずにこの3箱は持って帰れ。(ジュー)なっ、秋山ぇ・・・誰がその肉を取って良いと言った?それはワシがハナから育ててゆっくり焼いていた肉ぞ?」


 「(ブハッ)も、申し訳ございませぬ」


 いや、信玄も肉で怒るのかよ!?信長さんみたいだな!?


 「もう良い。で、腹っぱりの件だが、無条件に武田が織田に乞うのはな・・・」


 「あ、それならばいい考えがありますよ。武田家が織田家にこの病気を駆逐するように依頼をする。それを織田家が公共事業として請け負う。

 その人員は銭も飯も出る賦役として、武田家が雇う。そりゃ必要最低限の織田家からの人間は必要ですが、極力甲斐の方を使うようにすれば問題ないかと思います」


 「で、その銭はどのくらいかかるのだ?100年事業なんだろう?」


 「え?飯も銭も織田が出しますよ」

 

 「「はぁ?」」


 「いや、だからかなりの巨大な事業です。それを武田様に銭を出せ、物資を出せなんて言えないでしょう?まずは3年置きくらいで契約を変えましょう。まずは最初の3年は織田家が全て賄います。

 その間に武田家と織田家は貿易をし、互いが互いを大きくしましょう。余裕ができればその契約を変更し、銭や物資の持ち分を、8対2くらいに。また余裕ができれば5対5と徐々に変更していけば、武田家はあまり負担にならないのでは?と愚行致します。

 ちなみに、この事業はどんな事があっても止めてはなりません。そのくらい大切な事なんです」


 「うむ。概要は分かった。其方がそこまで言うとはな。この事は血判状にて守るとする。詳しい事は原と取り決めを行え。そちらも其方だけではなく、あの二人も同席の時に決めよう」


 「分かりました」


 〜夜中 信玄 私室〜


 「ブッハッハッハッ!誠に気分が良い!」


 「そんな高笑いされるとは中々最近では見えませんでしたね。某は安心致しました」


 「秋山も役者よのう。いや、何でもない」


 「例の腹っぱりの事業?をするなら、織田と事を構える事が難しくなりまするが何かお考えが?」


 「ふん。そんなの他愛無い。あの剣城という男には酷ではあるが、武田が大きくなる為には致し方あるまいて。まずは織田が例の奇病を面倒見ると言うのじゃから渡に船だ。ある程度、把握できれば手切れとする。その後は四郎等が織田と同じ事をすればいずれあの奇病は無くなるだろう。織田におんぶに抱っこだけは許されぬ」


 「なら、あんなにも金を渡さなくても良かったのでは?」


 「何か綻びを見つけたかったのと、純粋にワシからの礼じゃ。これ程、体が軽くなった事はない。今の状態ならあの戦狂いにも勝てそうな勢いだ。

 じゃが、あの男は金に驚きはしたが、靡いているようには見えなんだ。あの男が武田家に来るならば真田家や矢沢家、武藤家を潰し、上野一国与えてやっても良いくらいなのだがな。そのくらい欲しい人材だ。

 時が来るまでこのまま平常のまま友好関係を築け」


 「はっ!」

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戦国時代にタイムスリップした件 何故かファンタジーみたいなスキルが使えるんだが でんでんむし @t19851215

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