第4話

それはある日のことだった。受験が一通り終わり希望していた高校へと入ることが決まり、勉強から解放されて、若干だが浮かれていた。


 厳しい両親の元に育った私とは言え、苦しく長い勉強が終わったのだから少しくらいはご褒美が欲しくなり、ショッピングへと赴いていた時のことである。私の厳しい性格が故に、友達はいなかったため一人で午前中はのんびりと映画を見たり、カフェで一昨日発売された新作を飲んだりして有意義に過ごせていた。


 午後になり、さっそく新しい生活が春から始まることだし、洋服を幾つか買おうかなと散策していると、ある親子が楽しそうに歩いている姿が目に入った。楽しそうだな、あんな風に私も両親と仲良くできたらよかったのにと羨ましそうに見ているだけでその場は何も起こらなかったが、帰っている途中。


 またあの親子が目に映った。


 女の子の手にはおもちゃがあり、楽しそうにはしゃいでいて周りが見えていなかった。母親も特に気にすることはなく子供の事を微笑ましそうに見ていたが、急速に目の前から迫ってくる車が見えた。


 明らかにスピード違反をしており、若干蛇行していて危ないと思ったが、もし助けようとして死んでしまったらなんてことを考えてしまい、足が竦みその場から動くことなんてできなかった。


 だが、私がもたもたとしている間に颯爽と現れてその親子を助けた男の人がいた。親子を引っ張り、暴走した車から助け出したのだ。そして、その車はそのまま先ほどまでいたところへと突っ込み、壁に激突して動かなくなった。周囲は騒然としていたが、私はその助け出した男と親子だけをじっと見つめていた。


 私は、いつもこうだ。大事な時になって足が竦んで動かない。父親に倣って正しく清い人間であろうといつも心がけているはずなのに。同級生のことを大人ぶって注意しているのに。学校で素行の悪い生徒を注意して、いい気になっていただけ。本当に大事な時は私は無力なただの女の子。


 悔しくて惨めで、そしてあの男性がとても勇敢で格好よく写った。あの男性のようになりたいと思えた。


 親子も事情を理解したのか、男性へと感謝を述べて頭を下げており、小さな女の子は男性のことを抱きしめてニコニコと笑っていた。私もいつかあんな風になりたい。私もいつかあの場所へと立ちたいとそう思って、いつの間にか足が進んでその男性へと声をかけていた。


「あ、あのっ!!」

「…?なんでしょうか」


 私の声掛けに振り向いた男性は、身長は普通くらいの少しだけ体が大きい男の人だった。顔はもう少し痩せればより格好よくなりそうではあるが、清潔感があって好印象であった。


「親子を助けていたのを見ていました!」

「そうですか」

「その……私もあなたのようになれるでしょうか?」


 私がそういうと、優しく微笑み彼はこういったのだ。


「きっとなれます。こんな僕でもできたのですから、大丈夫です。あなたなら絶対に大丈夫」

「あ、ありがとうございます」


 彼の笑顔とその言葉によって私はホッとし、自信がついた。今なら、あの親子を自分も救えるようなきさえするのだ。


 その後、警察が来て彼は事情聴取のためお別れとなってしまったが、彼という人物はこの時、印象づいたと言っても過言ではない。


 後になって、名前とか年齢を聞いておけばよかったなと思ったが、まさか高校初日に出会いを果たすことになるなんて思わなかった。


 入学式が終わり、下校の時間になった。新しい高校生活に不安になりつつもこれから先のことに少しだけワクワクしていた。


 教室から出て、廊下を歩いている時のことだった。


 本当に偶然の出来事で見間違いかと思ったが、私の前を一人の男子生徒が通り過ぎる。その男子生徒の顔を見た瞬間、私は思わず「あっ」と声をあげてしまった。


 私の声に気が付いたのか、その男子生徒はこちらを振り向き私と対面する。


「…?あ、この前の........」

「そうですっ。お久しぶりですね」

「お久しぶりです」


 彼はニコリと微笑んでそういった。彼はこの前よりもさらに痩せて、顔も段々とシュッとしてきていて、格好いい部類の人間になっていた。


「えっと、その........お名前を窺ってもよろしいですか?この前は聞きそびれちゃったので」

「あ、そうでしたね。僕の名前は水無瀬結人です」

「私の名前は、上町零です。まさか、同じ高校に入学するなんて思ってませんでした」

「そうですよね、まさかここで再開するなんて思ってませんでしたよ。また、会えて嬉しいです」

「わ、私も嬉しいです。それに、失礼かもしれないですけれど、私より年上に見えたので大学生くらいなのかなって勝手に思っちゃってて」

「そうですか?ありがとうございます。自分ではまだまだ幼いなって思ってるので、そう言って貰えて嬉しいですよ」


 そう言ってまた彼は微笑んだ。彼でも自分の事をまだ幼いなって思っていると聞き、どこか私と親近感が沸いて嬉しい。


 私は同級生たちにはお母さんみたいだとか、年上と接しているみたいだって言われてるけれど自分ではまだまだだなって思っているから。


「また、話しかけてもいいですか?」

「勿論。こんな出会い中々ないですからね」

「そうですね」


 その後、水無瀬さんと少しだけ話してその場で別れた。


 胸の内が少しだけポカポカするような気持ちになった。こんなことは初めてだったので、この時はこの感情が何かは分からなかった。


 が、後々この感情を私は知ることになり苦悩することになる。

 


 


 

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