第6話

「行ってきます、お母さん」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

「うん」


 私はお母さんに見送られながら家を出る。高校生活も始まってもう一週間が経とうとしていた。


 だが、中学校から高校に上がったところで何かが変わるということも無いので私は勉強をしてお母さんに迷惑をかけないため、良い大学へと入学することだけに集中する。


 電車に乗っている間小テストの勉強をして、途中、クラスメイトの子とあったので雑談をしながら学校へと行き、靴箱を開けると……


「はぁ.......」


 思わず溜息が出た。誰かからの手紙が入っていたから。今の時代、手紙なんてものは珍しいが私が誰とも連絡先を交換していないためこういったことは中学校の頃からあった。


 手紙の内容を読まずに私はそれをカバンの中へとしまう。


 私にとってこういうものは恐怖の対象でしかなかった。


 私は、男が大嫌いだ。険悪している。醜悪ですらあると思う。化け物にしか見えないのだ。死んでしまえなんてことも何度も思っている。

 

 男なんて、女の人を人だとも思っていない。物のように扱い自分の思い通りにならなければ暴力で支配しようとする。


 幼いころからそれを刷り込まれた私にとって男が化け物に見えるのは仕方のないことだった。小学校の頃も私が嫌だと言ってもちょっかいを掛けてくる男たち。家に帰ればあの男がいて私の心が休まる場所はお母さんと二人でいるときだけだった。


 幸い、中学生の時にあの男から解放はされたものの私の中に植え付けられた恐怖はずっと残っていてそれがこの先取り除かれるなんてことは無いと思う。


 それにあの男が関係していなくても、小学生、そして中学生の頃に何度嫌だと言ってもちょっかいをかける。時には強引に迫られたりもした。その度に恐怖が心の中で渦を巻いてぐちゃぐちゃになり情けなくプルプルと足を震えさせてしまう。


 偶然その場に私の友達がいたから何とかなったもののあのまま私一人だったらどうなっていたことだろうと何度も思う。


「はぁ……」


 頭がぐちゃぐちゃとして嫌な気持ちになったため、気持ちを切り替え教室へと向かい自席へと座り隣を見ると、小テストの勉強をしているのかそれとも本を読んでいるのかブックカバーを付けて何かを読んでいる男子生徒がもう座っていた。


 お互い挨拶なんてことはしたことはない。隣同士になったからと言って何か特別なことがあるわけでもない。だが、少しだけ興味深かったのは今まで隣に男子生徒が座れば何かしらこちらに声を掛けようとしてきたからだった。


 だがまるでこの隣の男子生徒は此方へ興味を持っていないのか、目がたまにあっても頭を下げられるだけで何もしてこない。無理に話そうともしてこなかった。他のクラスメイトの男どもは初日に声を掛けて来たのに。


 自画自賛しているようで、気持ちが悪いが私は他人から見ても自分から見ても容姿は優れていた。お母さん譲りの綺麗な黒い髪、そして整った顔立ち、恵まれた体。


 このせいで私は男の視線を集め、面倒ごとに巻き込まれている。


 だが、そのことを恨んだりしてはいない。お母さんにせっかく綺麗に産んでもらったのだから、感謝はしても恨むなんてことはない。


 もう一度だけ視線をちらりとそちらへと向けて未だ本を読んでいるのを見て私は、カバンから教材を出して小テストの勉強に専念することにした。




 数時間後、現代文の授業でグループワークがあった。


 教師がグループを定めて、来週の発表に向けてグループワークをするというものだった。隣の男子生徒、後ろの女子生徒、斜め後ろの男子生徒がグループのメンバーになり、早速始まった。


 良かった。


 一人だけでも女子生徒がいて。でも、


 各々、軽く自己紹介を済ませ意見を交換していく。


 隣の男子生徒、名前は.......水無瀬結人というらしい。


 その男子生徒が他三人の意見、そして自分の意見を纏めて発表内容を纏めていく。この男子生徒の凄いところは、私たちの意見を完璧にまとめている所、そして人生を何周もしているのではないのかという程、落ち着いている所だった。


 物腰も柔らかで人の話をしっかりと聞いてくれてその上で意見を出したりしているところで、周りの意見をしっかりと聞いてくれている。


 自分が正しいと疑わないあの男だったり、今まで話してきた男子生徒のように適当にグループワークを済ませて私に絡もうとすることもなく真摯に打ち込んでいた。


 そして、一週間後、無事にグループワークを済ませ教師にも上出来であると褒められた。


 今まで私のであってきた男という生き物には当てはまらない人だった。


 グループワークも終わったしこれから先で何か話すことも無いだろうから、この男子生徒と話す機会ももうほとんどないかもしれないとそう思っていたが


「おはようございます、白石さん」

「……おはようございます」


 そういって隣の男は挨拶をしてきた。


 今までそういったことがなかったため面食らってしまい反応が遅れた。


 この男子生徒ももしかしたらこれから嫌がらせのように話しかけてくるようになるのだろうかなんて一瞬身構えたが、それ以上はなく。ただ、挨拶をしただけのようで席に座ってまた本を読み始めた。


 そして次の日も、又次の日も、毎朝、挨拶をされるようになったがそれ以上のことは無かった。


 そんな日が続いていたある日の放課後、駅前でおばあちゃんが荷物を重たそうにしながらあるいているのを見つけた。声を掛けようかとも思ったが、知らない人間に急に声を掛けられるのはどうかと思い、足踏みをしていると隣の男子生徒がそのおばあちゃんへと声を掛けて荷物を持って歩いていた。


 それを私は茫然と見つめ何もできなかった自分自身の不甲斐なさと隣の男子生徒に対する今までなかった形容しがたい気持ちが浮き出てきた。


 それからというものの、隣の男子生徒が誰もやらない花壇の水やりを率先してしていたり、先生の手伝いをしている所、妊婦さんに電車で席を譲っている所などを見てしまった。


 そのたびにまたあの気持ちが浮き出てさらに大きくなるのが分かった。


 最近では、例の隣の男子から挨拶以外の事も少しだけだが話をするようになった。だが彼は深く聞いてくる様子はなく本当にただ雑談をしているだけのようで、そこには何かやましい気持ちなど一切ない様子だった。


 もやもやとした気持ちが続いたまま私は休日を迎え、気分転換もかねて外で休息をとろう。


 そう思って外へ気になる映画を見に行こうとしていた時に、それは起こった。

 

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