俺の姉が「愛されニート」な件。

小鳥遊なごむ

憎めない姉ニートはずる過ぎる。

「姉ちゃん、なんで俺の部屋でくつろいでるんだよ……」

「可愛い弟がこっそりエロ本とか読まないように監視してるんだよー」

「エロ本持ってる前提で話すなよ」


 俺のベッドに寝転がり漫画をダラダラと読んでいる俺の姉、斉藤愛乃さいとう よしの23歳ニート。


 大学を卒業して就職したがパワハラ・セクハラ等を受けて退職。

 セクハラを受けるだけはあり、顔立ちは身内贔屓を抜きにしても美人。

 それでいて胸も大きくスタイルもいい。

 なのに今は残念ながらニートである。


綾人あやと、姉もののエロ本なら許す」

「姉じゃなくて妹が欲しかったな」

「シスコンめ」

「無い物ねだりなだけだ」

「けっ。可愛くない弟だなぁ」

「てか俺今からテスト勉強するから邪魔するなよな」

「わたしが手取り足取り教えてあげようか?! それはもうねっとりと!!」

「そういうのいいから息だけしといてくれ」

「生きることは許してくれるんだね綾人。大好きだぜっ!!」

「……あ、うん」


 ベッドの上で胡座をかいて「働いたら負けTシャツ」を着ている姉。

 そんな姉を、俺ら家族は憎めない。


 だらしなく首元の伸びたそのTシャツから谷間が見えるのすらご愛嬌な気さえする。

「可愛い」よりも「綺麗系」な顔立ちの姉の愛嬌としてギャップになっているのだろうか。


 まあ、ちょっと無防備なのは高校生の俺としては困るのだが。


「ふふ〜ん。どれどれ〜」

「ちょっと姉ちゃん、くっつくなよ」


 机に向かった俺の両肩に手を乗せてノートを覗き込む姉ちゃんの胸が当たる。

 ちょっとやそっとの事で実の姉に対して欲情なんてしないわけだが、気が散るくらいの肉感が後頭部を包み込む。


「げっ?! 数学じゃんムリ!!」

「安心しろ。姉ちゃんから数学教わろうなんて微塵みじんも思ってないから。期待してないから」

「最後の一言余計じゃない?! お姉ちゃん傷付いちゃうよ?!」

「大丈夫だ。傷付いても問題ない」

「綾人が傷付いたわたしを抱き締めてくれるの?」

「ニートだから多少傷付いても寝たら治るだろ」

「可愛い弟がお姉ちゃんに辛辣なんだけどっ!!」


 俺の後ろで暴れるなよ長い黒髪がぺちぺち当たるんだよ……


「あ、そうだ。夜食食べたいならなんか作るけどどうする?」

「あー、そうだな。なんか軽い物とかあれば食べたいかも」

「じゃあ作ったげる」


 そう言って姉ちゃんはニッコニコでキッチンへと向かった。

 うちの姉が家で疎まれていないのは家事スキルが高いのも要因としてある。


 両親共働きで残業も多い。

 その為料理も姉ちゃんが主にするわけだが、姉ちゃんは中でも料理が美味い。

 ぶっちゃけ実の姉じゃなかったら嫁になってほしいと思うレベルで美味い。


「見て見てっ!! 裸エプロンッ!!」

「……姉ちゃん、揚げ物がやっぱ食べたいかな」

「裸エプロンで揚げ物リクエストは鬼畜過ぎる!!」

「いや皮肉だよ。裸エプロンを思春期真っ盛りの弟に見せるなよ」

「あー! 今わたしの谷間見たでしょぉ」

「いいか姉ちゃん、谷間ってのはな? パンチラと同義のチラリズムがあるんだよ」

「出たチラリズム。変態だ〜」

「裸エプロン姉に言われたくないな」


 俺だって中学生の頃とかは恥ずかしかってこんな事を言ったりはしなかった。

 だが姉ちゃんの奇行は昔からで、端的に言ってしまえば慣れた。適応したと表現する方がもしかしたら近いかもしれない。


 恥ずかしがったら負ける。

 俺が姉との生活の16年間で学んだ事はそれだった。


「ね、ねぇ……ほんとに揚げ物リクエストだったりする?」

「いや違う。だがとりあえず裸エプロンは今すぐやめろ」

「こ、ここでエプロンを脱げと?!」

「………………」

「ごめんごめんって綾人ぉ。だし巻き玉子でいい? 好きでしょ?」

「ああ、頼む」

「ふふん。待っててね」


 別に、俺自身姉の事が嫌いなわけじゃない。

 家族としての愛情、みたいなものはある。

 だが流石に鬱陶しい。こっちは勉強したいんだよ。

 頼むから、からかうのはやめてほしい。


「さて、勉強しますか」


 そういえば、小さい頃は「おねーちゃんと結婚するー」みたいなことも言っていただろうか。

 両親共働きで、幼い頃は比較的体もあまり丈夫ではなかったから姉ちゃんが家でよく相手をしてくれていた。


 だから小さい頃は姉ちゃんに懐いていた。

 それを思えば今の俺はずいぶんと生意気になったものだ。


「ほれ、出来たよ。お姉ちゃんのたっぷり愛情込めただし巻き玉子っ」

「ありがと」


 うちの姉が作るだし巻き玉子にはツナ缶が入っている。

 これがまた美味いのである。

 ツナの旨みと出汁の旨みが合わさり、これだけで米が進むのである。

 父親もよく姉ちゃんの作ったこのだし巻き玉子をツマミに酒を飲むほどだ。


「じゃ、わたしはお風呂入ってくるね。覗くなよー」

「覗く暇あったら勉強してるわ」

「酷いわアナタっ。アタシと勉強どっ」「勉強」

「……連れないなぁ寂しいぞ?」

「はよ風呂行ってこいや覗くぞほんとに?」

「きゃー綾人のえっちぃ」


 そう言って姉ちゃんは楽しそうに笑った。

 愉快な人だと思う。


 そのまま姉ちゃんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でて部屋を出ていった。

 おそらく、姉ちゃんにとって俺は犬か何かなのだろう。


 昔から姉ちゃんは変わらない。


「やっぱ美味いな」


 ぱぱっと作ったって美味いんだから、狡いよな。

 お陰で勉強に集中できそうだ。



 ☆☆☆



「……うちの弟、可愛すぎる……寝顔よきですなぁ……」


 シャンプーの匂いがした。

 いつ間にか寝ていたみたいで、未だぼんやりしている頭は机に突っ伏しているのだとわかった。


 だが姉ちゃんが傍にいるみたいなので、面倒だからそのまま眠る。


「……風邪、引かないでね」


 姉ちゃんは優しく呟いて寝ている俺に毛布を掛けてくれた。

 それで安心してか、また眠気がぶり返してそのまま眠りについた。


 ほんとうに、憎めない姉だ。

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俺の姉が「愛されニート」な件。 小鳥遊なごむ @rx6

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