*本編とは別の世界線のバレンタインデー企画です。
☆☆☆
作ったチョコレートを、白井に渡せずにバレンタインデーが終わって翌日。
わたしはそれを捨てることもできず、かといってそれを自分で食べることもできずにいた。
「……お昼ごはん、作らなきゃ……」
だって仕方ない。昨日は土曜日だったから。
だから渡せなかったのは仕方ない。
わざわざチョコを渡すためだけに会いたいだなんて素直に言えれば苦労はしない。
でも正直、少しほっとしている自分もいる。
だって土曜日だったから。
白井だってわたしなんかに期待なんてしてないだろうし、わたしなんかが作ったチョコを欲しがるとも思えな……うーん、どうだろう。 わたしのことを女だと思ってないとは思うけど、チョコをもらったというステータスは欲しい、くらいは思うかもしれない。あいつも陰キャだし。
「……あれ? フライパン全然温まってないじゃん……」
だめだ。考え過ぎて火を付けてなかった。
なにしてるんだろうか、わたしは。
いや、正確に言えばなにもしてなかっただけか。
コンロの前で突っ立ってぼーっとしてただけだった。
「……わたしなんかからチョコもらったって、べつに嬉しくないよね」
なんなら白井は嫌な顔するかもしれない。
わたしはチョコミン党だから、無理やりチョコミントを食べさせられるかもとか思うかもしれない。
……でもべつに今回はチョコミントじゃない。
白井に……喜んでほしくて、普通のチョコにした。
食べてほしいなって思って、でも結局渡してないんだから、意味なんてない。
なんにもしてないのと同じ。
わたしと白井は、ただの友だちで、それだけ。
だからチョコを渡す義務も義理もない。
恋人じゃないし、ましてやお嫁さんなわけでもない。
気持ち悪いって、思われたくない。
嫌われたくない。だから、渡さなくて正解。
間違えるくらいなら、わたしはなにもしなくていい。
白井と友だちでいられるだけでも十分だ。
今が楽しい。たとえぬるま湯だってわかってても、それでもいい。
このチョコは「義理チョコ」でも「本命チョコ」でもない。
ただのチョコレート。
……白井に食べてほしいって思って、作っただけのチョコレート。それだけ。
「ともちゃん、おはよ〜」
「え、あ、おはよ。お母さん」
眠そうにしながらもお母さんが起きてきた。
今日は眠りが浅かったみたいだ。お昼に目を覚ますのは珍しい。
喉が乾いたらしく飲み物を取りに来ただけみたい。
……でもチョコを見られてしまった。
「ともちゃん、チョコ作ったの?」
「あ……うん。でもべつに、なんでもないし」
「じーっ」
「な、なに?!」
眠そうな顔なのに、じっとわたしを見つめるお母さんにわたしはたじろいだ。
「白井君だっけ? あの子に渡すつもりだったんでしょ?」
「いや…………うん、まあ。でも、タイミング逃したし、べつにいいかなって」
どうせもう、バレンタインデーは終わった。
告白紛いの本命チョコなわけでもない。ただのチョコレートだ。
だから渡す必要性はない。意味はもうない。
「ふふぅん♪」
「お、お母さん……?」
嫌な予感がした、お母さんがこんな顔をするのを初めて見た。
案の定お母さんはスマホを取り出した。
「ちょっ?! お母さん?!」
「あっ! もしもし白井君? うちのともちゃんがチョコ渡したいらしいから今日お家来れる? 渡しそびれたからもういいとか言ってるのようちの子〜。だから処分されないうちに来てくれると嬉しいわ〜」
「お母さんっ!」
「じゃあ待ってるわね〜」
……わたしは、膝から崩れ落ちた。
余計なお世話。この一言に尽きる。
「ともちゃん」
「……なに?」
「頑張れっ♡」
「…………今日は無限ピーマンにするから、お母さん残さず全部食べてね」
「ともちゃん、あの、その、無限ピーマンはやめない? お、お母さんあれ食べたいわ! ともちゃんの好物のオムライス!」
「ならオムレツの中に切り刻んだピーマン詰め込んでおくね」
「ごめんってば! ともちゃぁんッ!!」
「ふんすっ」
わたしは問答無用でピーマンオムレツを作ってわたしの目の前でお母さんに食べさせた。
わたしを裏切った罰である。
お母さんの胃袋はわたしが握っているということを忘れてはいけない。
たとえ食材を買ったお金がお母さんが頑張って働いてきてくれたお金であっても、そこは持ちつ持たれつである。
お昼ご飯を食べ終えて、お皿を洗っていたらインターホンが鳴った。
さっきまでピーマンに半泣きしていたお母さんが、ウキウキで玄関に向かっていった。
お母さんが余計なことをしたせいで、わたしは白井にどう接したらいいかわからなくなってしまった。
「白井君久しぶりね〜。ともちゃんもすぐ来るからリビングで待ってて」
「あ、はい」
なんかプリプリしたお母さんがキッチンにやってきてわたしの肩を掴んだ。
「ともちゃん、お母さんがお皿洗うから白井君のところ行ってらっしゃい♪」
「…………明日もピーマン」
「ッ?!」
ニッコニコのお母さんもさすがに二日連続のピーマン宣言にビビったのか、ギクッと表情を曇らせた。
しかしお母さんはそれでもわたしの背中を押した。
わたしは観念してチョコを持ってリビングへと歩いた。
「お、おう。黒川」
「……チョコあげる」
「ほ、ほんとにいいのか? くれるの?」
「べつに、ただのチョコだし」
恥ずかしくて死にたくなった。
穴があったら入りたい。
白井の顔見れない。
「母親以外から初めてチョコもらった」
「わ、わたしが初めてで、悪かったな……」
「いや、むしろ嬉しい。というかありがたい」
……なんか思ってたより普通に嬉しそうにしている白井。
ちょっと拍子抜けというか、わたしなんかからでも嬉しいのか、こいつは。
「お、お返しはチョコミントで」
「お、おう。そこはブレないんだな……さすがはチョコミン党」
「い、言っとくけど、べつにこのチョコは普通のチョコだから。チョコミントじゃ、ないから」
「…………黒川、頭でも打ったのか? 大丈夫か? 病院行くか?」
「白井、やっぱチョコ返せ。てか今すぐ帰れ」
「なんで?!」
「うるさいばーかッ! 」
「ちょっ?! 黒川?!」
抵抗されてチョコを取り戻せなかった。
ぐぬぬ。白井のくせにぃ……。
「黒川、ありがとう」
「う、うるさい。さっさと帰れ」
なにニヤニヤしてるんだよ。気持ち悪いな。
そんなに嬉しいなら、最初から欲しいって言えよ……。
「じゃあ、また。学校で」
「……うん」
恥ずかしくて、白井の背中を見送ることもなくわたしは玄関のドアを閉めた。
ほんと、なにやってるんだろうか、わたしは。
「良かったの? デートとかしてこればよかったのに」
「……ピーマン100パーセントスムージー生活したい? お母さん」
「も、もうしません。ごめんなさい」
お母さんのせいで恥ずかしい思いをした。
ほんとに余計なお世話だ。ちょっとムカつく。
「……でも、ありがと……」
わたしはそそくさと自分の部屋に戻った。
お母さんにも、今の自分の顔は見られたくなかったから。
チョコを捨てずに済んだ安心感と、喜んでもらえた嬉しさがもうぐちゃぐちゃで、心の整理が追いつかない。
「……けど、作ってよかった……」
わたしなんかでも、喜んでくれた。
それだけで、少し気が楽になった。
嫌われなくて、ほんとによかった。