静謐

入峰宗慶

第1話

 ある時、漠然と決めていた事が、生涯の夢や理想に近い形に昇華されることがあるだろう。

例えば、漠然と海外に住みたいという思いが、いつしか海外で仕事をして、生活をしたいという夢に変わる。在り来りではあるが、誰もが漠然とした考えや決め事が夢に変わるのは自然な思いだ。


風景だけは見えていた。

中学生頃から、日本ではないどこかの国で、目の前には大きな湖と山があり、僕はロッジ風の一軒家に住み、安楽椅子で本を読む。

その場所は電気も通っておらず、上下水管も整っていない。

水は月に一回トラックで運ばれ、タンクに詰められる。

汚水はバキュームカーで処理される。

半径100キロ圏内に人は住んでおらず、ただ一人自然に身を任せて、死ぬ。


これが僕の理想であり夢だ。

これ以上の物はいらない。

他人はこれを孤独だというかもしれないが、僕にとって孤独とは他者が介在することで示されるものだと感じている。

他者は僕に不幸を与える存在ではあるが、僕を満たしてくれる存在ではない。

僕は僕で世界が完結できている。

この美しい世界に他者が介入してほしくないのである。


いつの頃か、誰かに伝えることをやめた。

世間ずれをしている自覚はないが、伝えたところで理解されたことは人生で一度もない。

僕が歩み寄ったところで、他者は理解する能力がそもそもない。

若かりし頃は理解されないフラストレーションを抱えたが、時と共に諦めもついた。


ある時、僕は気がついた。

もし五感すべてを失えば、理想的な自分だけの世界が広がるのではないかと。

気がつけば、目を抉り、耳を潰し、喉を潰し、外界との接点を限りなく少なくした。

そこに広がったのは、今ここにある自分と自分の世界がどこまでも広がったのだ。


初めからこうしていればよかった。

僕は僕の脳だけで生きていけたのだ。

目や耳を潰したおかげで、僕はどこにでも行けるようになったのだ。

肉体の機能こそが、人を不幸にしてしまっているのだ。


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静謐 入峰宗慶 @knayui

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