第14話 マシュマロ入りミルクティーの思い出
「本当に大丈夫か?」
「人目のある喫茶店だよ。しかも、オープンテラスだし、すぐそこに交番もあるでしょ。昴大君がこの場所探してくれたんじゃん」
土曜日の今日、健ちゃんと大学近くにある喫茶店で待ち合わせをしていた。
今日だけは健ちゃんと二人で話をしたいと言うと、昴大君は渋々場所を指定してOKしてくれた。あと、自分は同席はしないけれど、何かあればすぐに駆けつけられる場所にいると、声は聞こえないが姿が見える位置でスタンバってくれるとのことだ。
私だったら、昴大君が前カノ(私が初カノだけどね)に会うなんて言ったら、ヤキモチやいて嫌な気分になると思う。そういうの全部抑えて、私の言うことを優先しようとしてくれる昴大君、凄く好きだ。
「じゃあ、行ってきます」
一応オープンテラスにはストーブは置いてあるけれど、やはり寒いからか、店内は賑わっているがオープンテラスには客はチラホラくらいしかいなかった。その客の一人が立ち上がり、私が昴大君と別れて横断歩道を歩いて行くのをジッと見ていた。
「久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
オープンテラスに入ると、私は健ちゃんの向かい側に腰を下ろした。
「ロイヤルミルクティー頼んどいた」
「うん」
私が席につくと、ロイヤルミルクティーとスコーンがテーブルに運ばれてきた。
私が好きな物、しっかり覚えているんだね。
ロイヤルミルクティーを一口飲むと、お腹の中から温まって、健ちゃんとの思い出がつい口から溢れた。
「夜中にいれてくれた、マシュマロ入りのミルクティー、大好きだったな。マシュマロ3個が黄金比率なの」
これは、結婚していた時の思い出だ。塾の最終講義が終わるのが10時過ぎで、家に帰るといつも12時近く。健ちゃんは、疲れて帰宅した私に、マシュマロを3個いれたミルクティーをよく作ってくれた。
「マシュマロ3個……。彩友、おまえ」
健ちゃんがマジマジと、食い入るように私を見た。
「健ちゃんは、毎晩寝る前はホットミルクなんだよね。砂糖一杯いれてさ」
「彩友……彩友か?」
「私は彩友だよ。誰か違う人に見える?」
「そうじゃなくて!おまえは俺と結婚していた川崎彩友なのかってこと」
健ちゃんは、信じられないとばかりに額に手を当てる。
「そういう時期もあったかな」
「……マジか」
驚きから喜びへ、健ちゃんの表情が変わっていく。そして、その表情もすぐに曇った。
「じゃあ、なんで俺と別れた?前の時、俺と同じ大学に入れなかったのが、そんなに嫌だったのか?別れても受験に打ち込みたかったって、後悔していたとか」
「そういうことでもないよ。別れる理由は何でも良かったの」
「は?」
そりゃ、あの前日まで仲良ししていたんだから、私が別れたい理由なんか思いつかないよね。
「私……見たのよ。健ちゃんと、お腹の大きな美紗先輩、それと健ちゃんそっくりな女の子。健ちゃん、肩車しながら、ショッピングモールで買い物してたよね。パパって呼ばれてた。あそこの近くの病院に行った帰りに、偶然見かけたの」
「病院?なんでわざわざ電車に乗って病院なんか」
私は、ぺたんこのお腹に手を当てた。
「あの近くにね、女医さんがいる産婦人科があるの。評判も良くてさ、不妊治療お願いしようかと思ったら……いたのよ」
「俺が?」
あの時の嬉しさと、その後に訪れた絶望感を思うと、涙が溢れて止まらなかった。
「……赤ちゃん」
「え?」
「美紗先輩のお腹は、臨月くらい大きかったよね。でも、私の中にも豆粒みたいな命があったの」
健ちゃんは衝撃を受けたようで、言葉にならないようだった。
「俺の……」
「わかった時は、本当に嬉しかったよ。でも、すぐに健ちゃん達を見て、浮気どころか子供までいるのを知って……多分、私はショックで倒れたみたい。気がついたら、高校3年生に戻ってた。あと3年前なら、健ちゃんに告白もしなかったのにね。だから、まだ傷が浅いうちに別れたの」
「でも!俺と彩友が結婚しなかったら、その子だって生まれてこれないんだぞ」
健ちゃんは拳を握ってテーブルを叩く。テーブルが揺れて、健ちゃんのコーヒーがテーブルに溢れた。
「私と健ちゃんの間に生まれて幸せだと思う?」
「そりゃ……」
「パパにはね、他にも家族がいるんだよ。あなたにはママの違う兄弟が二人もいるんだよって、健ちゃん言えるの?健ちゃんはあっちにもこっちにも家族があって幸せかもしれないけど、私は……私達は幸せにはなれない!」
私はテーブルに千円札を置いて立ち上がった。
「そうだ、健ちゃん。美紗先輩のお腹の赤ちゃん、性別は聞いた?」
「……いや」
健ちゃんからしたら、この時期の美紗先輩の妊娠、当たり前にあの女の子が生まれてくるって思っているんだろう。
「男の子だって」
「は?」
健ちゃんは、何を言われているかわからないような、間の抜けた声を出した。
「そんな……馬鹿な」
「男の子は間違えようがないって聞くよ。……健ちゃんがさ、今回の人生でこだわらなくちゃいけなかったのは、私じゃなくて美紗先輩との関係じゃなかったのかな」
「美瑠……」
健ちゃんが呟いた名前は、あの女の子の名前だったのかな?私がオープンテラスから立ち去り、昴大君のところまで歩いて振り返ってみると、健ちゃんはうつむいたまま私の方は見ていなかった。
★★★
あれから3年、季節は秋。
「ショッピングモールなんて久し振りに来たね。なんか、買いたい物でもあるの?」
私と昴大君は、私の職場に近いショッピングモールに来ていた。
「私が用事があるのは、この先の病院」
「病院?最近、胃の調子が悪いって言ってたけど、そんなに調子悪かったの?」
昴大君は、大きな背を屈めて私の顔を心配そうに覗き込んだ。額に手を当て、「熱はないな」と確認してくる。相変わらず過保護な昴大君の様子に、私は笑顔で答えた。
「身体は健康だよ」
目当ての病院の前に来ると、昴大君は病院名を見て「アッ」と足を止める。
花房レディースクリニック。
「彩友ちゃん!そうなの?!」
昴大君は、目をカッと見開いて私の肩をつかんだ。
「まだだよ、昴大君。それを調べにきたの」
「あ……うん。そうか。いや、できてたら凄く嬉しいけど、そうじゃなくてもまだまだ頑張るし、究極生涯2人で過ごしてもそれはそれで幸せだし。でも、もし授かってたら、俺絶対にいい父親になる」
「昴大君は、良い旦那様だよ。きっと、良いパパにもなるね」
「パパ……」
夢見がちに放心してしまった昴大君を引っ張って病院に入る。
ネット予約をしておいたので、スムーズに初診受け付けがすみ、問診票を記入して、先に尿検査と血液検査をする。
「やっぱり男は少ないな」
「そりゃ、レディースクリニックだからね。居辛かったら、喫茶店とかで待っててもいいよ」
「いや、絶対に一緒にいる」
ソファーに並んで待っていたら、すぐに診察に呼ばれた。
診察室に入ると、前の時に見た女医さんがにこやかに挨拶してくれた。
前と同じ診察台に座り、お腹の上辺りでカーテンが引かれる。昴大君は、私の顔の真横に立っていてくれた。台が上がり、足が開かれる。
私より昴大君の方が緊張しているようで、凄い形相でカーテンを睨みつけていた。
「彩友ちゃん、大丈夫?痛くないか?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫ですよ。少し力を抜いておいてくださいね。触診します。……はい次は超音波検査ね。大丈夫よ、すぐ終わりますからね」
触診の後、経腟エコーを入れられて、異物感に身体に力が入る。
カーテンが少し開いて、私達に超音波画像が見えるように機械を移動してくれた。
「おめでとうございます。この小さい卵みたいなのが赤ちゃんですよ」
前に見たのと、まるっきり同じ画像が写っていた。
「今……妊娠7週目に入りますね。心音も聞こえますし、母子手帳もらってくださいね。あと、検診は基本月に1回。8ヶ月目は月2回。その後は生まれるまで毎週かな。奥様、旦那様、おめでとうございます」
台が下がり、エコー写真を渡されて、私はその写真を受け取って涙が溢れた。
「彩友ちゃん?!」
「嬉しくて……。昴大君、私達の赤ちゃんが来てくれたよ」
「うん、うん、彩友ちゃんありがとう」
あの時の赤ちゃんとは、全く同じではないだろう。遺伝子レベルでは、半分しか同じじゃないから。でも、きっと同じ魂が宿ってくれていると信じたい。
それから、次の検診の予約を取って支払いを終えた私達は、ショッピングモールに逆戻りした。気が早いけれど、ベビー用品を見てみようって話になったから。
「あれ……もしかして」
ショッピングモールで家族連れとすれ違い、昴大君が振り向いた。
そこには、お腹の大きな美紗先輩と、小さな男の子を肩車する知らない男の人が楽しそうに歩いていた。
「美紗先輩……だね」
「あの男の子、あの時のお腹の中の子供か?もうあんなに大きいんだ」
「きっと、私達の子供もすぐだよ」
「そうだな。行こうか彩友ちゃん」
「うん」
私達は手を繋いで歩き出した。
私の人生にも、美紗先輩の人生にも、今は健ちゃんはいない。健ちゃんが今頃何をしているのか、誰といるのかは知らないし、興味もない。
今の私達がいること、それが一番の健ちゃんへの復讐だね。ざまあみろだ。
復讐に全フリしようと思いましたが、全力で逃げたいと思います 由友ひろ @hta228
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