シロとクロ




「ところでやっぱりウヒョウビルって変だよね。」

「変か?」

「うひょーっ!って感じ。」

「でもここの大家さんの苗字は雨と氷で雨氷さんだ。」

「えっ、格好良いじゃない。

でもどうしてカタカナ表記なの。」

「聞いたところではな、反社除けらしい。

例えばたんぽぽビルみたいな名前だとよこしまな団体は入居しにくいらしいんだ。

で雨氷ビルだと何となく渋いからな、

それでカタカナ表記でウヒョウビルだと。

どうしても自分の苗字は残したかったそうだ。」

「ふーん。でもどうしてセイはこのビルに決めたの?」

「……やっぱりウヒョウ、だな。」

「うひょーっ?」

「うひょーっ、だな。」


その時だ。

部屋の奥で寝ていた白猫がのっそりと歩いて来た。

セイの部屋は以前はモノトーンの整った様子だったが、

今では生活感がある雰囲気になっていた。


「おはよう、シロ。」


セイの膝枕でソファーに寝転がっていた六花が声をかけた。

シロは二人に向かってゆっくりと瞬きをする。


「もうそんな時間か。」


外には黄昏が広がっていた。

そしてもう一匹、黒猫がやって来た。


「クロも来たか。」


セイが立ち上がり台所に向かった。

二匹の猫はその後ろをしっぼを立ててついて行った。


「ねえ、セイ、パパが来るって。」


六花がスマホを見ながら言った。


「ネコか。」

「多分そう。それで夕飯は三よしで食べたいって。」

「なら予約するか。」

「私が電話するよ。パパにはデザート買って来てって言う。」

「和菓子な。」

「私はドーナツが良い。両方買ってもらおう。」

「面倒じゃないか?」

「良いよ、ネコに会いたいだけだから。」


六花がゆっくりと立ち上がる。


「やっとつわりが収まったからしっかり食べなきゃ。」

「おい、香澄さんからちゃんと考えて食べろと言われているだろう。

太り過ぎは駄目だぞ。」

「だけど三よしだもん、よしおじさんはちゃんと作ってくれるし。

三よしに行く時は良いの。」

「勝手なもんだな。」


セイが六花を見た。


「先生の所のメンデルは一人で良いのか。」

「最近は静かにお留守番出来るようになったみたいよ。

何しろパパだから一人になれてほっとしてるんじゃないの?」

「そうかあ?」

「でも帰ると盛大にお迎えしてくれるみたいで

それも嬉しいんだって。」

「今日も犬自慢だな。」


セイの足元に二匹の猫がまとわりつく。


「ところで高山たかやま雄晴ゆうせいさん、明日はどの団地を回るんですか?」

「明日はD地区だな。」

「遠いね。」

「まあ若手だからな。率先して面倒な所に行かないと。

でも行くとモテモテだぞ。」

「若いから?」

「ばあちゃんなんかすごく優しいぞ。」

「ふぅん。」


セイがちらと六花を見ながら猫の皿にエサを移す。

二匹は一生懸命食べだした。


「妬くな、妬くな。」


セイがくすくすと笑った。


「妬いてない、バカ。」


セイが六花に近寄りその額を軽くつついた。


「どっちがバカだ。分かってるんだろ?」


セイは優しい顔で六花を見た。


それを聞くと彼女はにやりと笑った。






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時に鬼憑き ましさかはぶ子 @soranamu

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