九津




セイと六花は出会い、そして茨島神社は無くなった。

やがてセイと六花は一緒に住む事となった。


そして街は年末に向けてイルミネーションが華やかだった。

その頃、セイは正式に自分の戸籍を持った。


「セイ、見て。」


六花がセイにスマホの画面を見せた。

そこには高山とパグ犬が一緒にいる写真がある。

先日六花は高山のマンションに行っていた。


「パグか。」

「パパが犬を飼い出したの。保護犬だって。

前から飼いたいと言っていたんだけど、

教え子の一人が動物保護活動をしていて、

保護された犬猫の譲渡会にどうですかと誘われたそうよ。」

「へえー。」

「それで遊びがてら行ったら、

くしゃくしゃの豆みたいな犬を見たんだって。」

「くしゃくしゃの豆?確かにパグは皺が多いが。」

「それでどうしてもその犬が欲しくなって結局飼う事になったのよ。

名前はメンデルだって。」


セイはそれを聞いて笑い出した。


「さすが先生だ。やっぱり俺は先生が好きだな。」


六花がにやりと笑う。


「でしょ。今度一緒にメンデルを見に行こうよ。

大人しくてほとんど鳴かないの。

多頭飼育崩壊した所にいた犬なのよ。」

「そうなのか。」

「でもね一匹にすると不安がってくんくん鳴くらしくて、

それで大学まで連れて行っているんだって。」

「学校に連れて行って良いのか?」

「事情を話したらいいよって言われたって。

それにゼミに譲渡会に連れて行ってくれた人がいるから

色々聞いているみたい。」

「ふうん。」

「ゼミの人達も可愛がってくれているみたいで

人見知りが少しずつ治って来たって。」

「そうか。」


セイは高山の様子を想像する。

六花に対するように深い愛情を持って犬に接するだろう。

濃厚すぎるぐらいかもしれないが

そのような犬にはちょうど良いのかもしれない。


「そうだな、しばらく先生に会っていないし、今度行こうか。」


六花が嬉しそうに頷いた。


「今度譲渡会があったらそれにも行こうよ。」

「そうだな。」

「猫ね、ネコが良い。」

「はいはい。」


六花がセイを見る。


「そう言えば免許証も再発行してもらったんでしょ?」

「そうだ、昨日貰って来たよ。」

「お義父さんと仕事する時に免許証がいるもんね。」

「移動スーパーだからな。」


六花が受け取った免許証を見た。


十上とうがみ雄晴ゆうせい、苗字はそのままね。」

「ああ、美戸川を思い出すからどうしようかと迷ったんだがな。

この名字で今まで来ているし、そのままにしておくかと。」

「でも名前の雄は?」

「先生の一文字を貰った。」

「セイって、」


少しばかり六花がむくれた顔になった。


「本当にパパの事好きね。」

「ああ、俺は高山先生が好きだ。戸籍でも世話になったし。」

「もう。」


六花が怒って顔をそむけた。妬いているのだろう。

セイはそれを見て右手を伸ばしてその頭に触れた。


「額はどうなった。」


セイが彼女の額を見る。

そこにはうっすらと傷が残っている。


「随分薄くなったな。」

「まあね。」


彼女は傷跡に触る。


「でもやっぱり完全に消すのは無理みたいよ。

仕方ないけどね。」


セイはそれを指で辿った。


「そうか。

でもこれは名誉の傷だ。俺には大事なものだ。」


六花がにっこりと笑う。


「ありがとう。それでセイの右手はどうなの?」


彼は自分の右手を見て何度か閉じたり開いたりした。

その色は前のように黒い。


「まだ少々鈍いが訓練すれば戻ると圭悟が言っていたよ。

だけど半年ぐらいかかるかもだ。」

「そう。焦らず気長にリハビリしなきゃね。」


セイが立ち上がる。


「今日は今年最後の圭悟の検診とリハビリだ。その後ちょっと寄る所がある。」

「どこ行くの?」

「九津の墓参りだよ。」


六花がカレンダーを見る。


「あ、そうだった。九津さんの命日だ。」

「そうだ。」

「私も行きたいけど……。」

「仕事があるんだろ。行ける時に一度行こう。」


とセイは出て行った。

六花は見送る。

彼女はその後すぐに台所に行った。


「今夜は何にしようかな。寒いし温かい物が良いよね。」


彼女は首をひねる。


「やっぱり鍋かな。

昨日はうどんだったけど。鍋ね、鍋。

材料を切っておいてセイが帰ったら始めればいいし。」


彼女はそれなりに料理が出来るようになった。

それに鍋ならセイが作るだろう。

何しろセイは鍋奉行だ。


「あ、時間だ。」


彼女は慌てて部屋に戻った。

身支度を整えてパソコンのスイッチをつける。

そしてしばらくすると画面に10人ほどの人が映った。


「こんにちは、皆さん。寒くなりましたね。

風邪などひいていませんか?

今年最後の古文書を楽しもう教室です。

今日もよろしくお願いします。」


画面の人々が頭を下げた。

六花は趣味で古文書を読み解くオンライン講座の講師になっていたのだ。




総合病院ではセイが圭悟から検査の結果を聞いていた。


「問題ないな。腕の神経伝達の数値も良い。感覚はどうだ。」

「少しばかり前より鈍い気がするが、

生活する分には問題ない。」

「リハビリ次第だな。

元に戻るにはまあ一年ぐらいはかかると思う。」

「分かりました。」

「……本当にお前は変わったなあ。」


圭悟がちらとセイを見る。


「まああんな事があれば……、」

「お前は死にかけたもんな。」


そして圭悟は検査結果を再び見る。


「六花ちゃん元気か。」

「ああ、元気だ。」

「仕事を首になったと聞いたけど。」

「今は古文書を読みましょうみたいな趣味講座の講師を

オンラインでやってる。

緩い感じだが結構人気があるようだぞ。」


とセイは笑った。


「六花ちゃんは昔からお母さんに

古文書の読み方を教えられていたからな。」


圭悟と六花は幼馴染だ。

母親の真理とも面識があるのだろう。


「きちんとした人だったらしいな。」

「ああ、きりっとして格好良かったぞ。」

「なら六花は高山先生似なんだな。」

「そうだな。」


圭悟が少し笑う。


「それで、この前入院した時にな、

勝手で悪かったんだがある事を調べた。

それをお前に伝えるかどうかちょっと迷っているんだが。」


圭悟が妙に含みがある言い方をする。

セイが不思議そうな顔をして彼を見た。


「お前の生殖細胞を調べた。」


セイははっとする。


「お前はキメラだ。

何人かの遺伝情報が体にある。それで生殖細胞も調べた。

どうだったと思う?」

「いや、その……、」


セイは口ごもる。

実はその事をセイは密かに心配していたのだ。


「お前の生殖細胞は一人の男の情報しかなかった。

何人もの情報があったり、異常な細胞もなかった。

要するにちゃんと機能する生殖細胞しかなかったよ。

お前の遺伝的なお父さんの一人だな。」

「なら子どもが出来ても……、」

「何ともないだろうな。

聞いたところでは研究のために寄付された遺伝子らしいからな。

善意ある人のものだと思うぞ。」


セイは圭悟に頭を下げた。

自分の心配の一つを彼は消してくれたのだ。


「それで六花ちゃんとこれからどうするんだ。

香澄から聞いたけど今は一緒に住んでいるんだろ?」

「ああ、そうだ。

それでお前、英本はなもとさんと付き合ってるのか?」

「お前がそうしろと言ったんだろ?慰めろって香澄に。」


セイは思い出す。

自分が圭悟を六花の事で怒らせた後に英本に言った事を。


「香澄とはぼつぼつとな。でもあいつ酷いんだぞ。

僕のやけ食いに付き合うと言いながら

あいつが先にべろべろに酔ってな。結局僕が家まで送った。

あれから飲みに行く度に僕が送らされる。」


迷惑そうな事を言いながら

顔はどことなくにやけている。


「やっぱり英本さんはお前の事を一番よく知ってるよ。」

「そうかぁ?」

「面倒見が良いお前だから困った人を捨てておけないんだ。

一番いい方法で慰めているんだよ。」


セイは席を立った。


「じゃあまた来月。」

「ああ、リハビリ頑張れよ。」

「分かった。」


少し歩きかけてセイは圭悟に振り向いた。


「俺は六花と結婚する。

背中を押してくれたのは圭悟だ。ありがとう。」




病院からの帰り道、セイは九津の墓に寄った。

墓と言っても樹木葬だ。

樹を中心にして小さなネームプレートが並んでいる。


セイは樹に向かって頭を下げた。

寒い日ではあったが良く晴れた日だ。

静かな空を小さく囀りながら小鳥が何羽も飛んで行く。


セイが立ち上がり周りを見ると

赤ん坊を抱いた一人の女性がこちらに来るのが見えた。


「由佳さん……。」


セイは呟いた。

九津と交際をしていた女性、由佳だ。

由佳はセイに笑いかけて頭を下げた。


「十上さんですよね。お久し振りです。」

「こちらこそ、その、お元気でしたか?」

「セイの車があったので驚きました。

あの車、今はあなたが乗っているのね。」

「いや、その、勝手にすみません。

あいつは車を大事にしていたので手放すのが忍びなくて。」


九津は九津セイと言う名でセイと同じだ。

彼女は九津の事をセイと呼んでいたのだろう。

由佳は優しく微笑む。


「いえ、全然構いません。

私が乗ると言っても無理でしたし。

むしろ残して頂いて嬉しかったです。」


セイも頭を下げてちらりと赤ん坊を見た。

子どもはぐっすりと眠っている。

彼女はセイの様子を見て言った。


「セイとの子どもです。3ヶ月になります。

男の子で清生せいと言います。」


この子どもは由佳と九津セイとの子どもなのだ。

セイは驚いた。


「あの……、俺は全然知らなくて、」

「そうですよね、セイが亡くなってから妊娠が分かったんです。」


彼女はうっすらと笑った。


「九津からは外出を禁じられてたと聞いたんですが。」

「そうです。

だからセイのお葬式にも行けなかった。

お葬式の後に久我さんから

十上さんが取り仕切って下さったと聞きました。

ここも久我さんが教えてくれたんです。」


彼女は樹を見上げた。

堂々とした大きな木だ。

今は葉は落ちているが暖かくなれば青々と変わるだろう。

セイは彼女に頭を下げた。


「いや、俺は全然何も……、」

「室長さんと喧嘩されたんでしょ?」


と彼女はくすくすと笑った。


「すみません、大事な式なのに。」

「いえ、全然。セイもすっきりしたと思いますよ。」


と由佳はにっこりと笑った。


「それでその、今はどうされてますか?」

「はい、この子がいると分かった時は産む事を反対されたんですけど、

さすがに生まれたら両親も態度は変わりました。

今は私もこの様子なのでしばらく子育てしますが、

落ち着いたら働きます。

両親も手伝うと言ってくれています。」


セイはほっとした。


「それで、こんな場所で十上さんにご相談するのもなんですけど、

ここで会ったのでお聞きしたい事が……、」


由佳が少しばかり遠慮がちに言った。


「十上さんもそうですけどセイもキメラです。

その影響って子どもに出るんでしょうか。」


それは彼女にとっては重大な悩みだろう。

多分世界で初めてのキメラと人との間の子どもだからだ。


「由佳さん。」


セイは彼女を見た。


「俺と九津はずっと中谷圭悟と言う医者に体を診てもらっています。

圭悟は俺達の体の事を一番良く知っている男です。

圭悟に由佳さんと清生君を診察してもらいましょう。

でも多分、」


由佳ははっとして彼を見た。


「全然問題ないと俺は思います。

ちょっと恥ずかしいんですが、俺の生殖細胞を調べてもらいました。

そこには一人の人間だけの遺伝子しかありませんでした。

普通の人と一緒です。

だから俺が子どもを作っても何人もの遺伝子が混じらないそうで、

一人の男の遺伝情報だけが子どもに伝わると言われました。

多分九津もそうだと思います。」


由佳の目が潤む。

セイはスマホを取り出し電話を掛けた。


「圭悟、俺だ。まだ病院にいるよな。

実はな、九津には子どもがいたんだ。

いま目の前に九津の彼女の由佳さんと言う人と

3ヶ月になる九津の子どもがいる。」


スマホから大きな声が聞こえる。

相手の圭悟の声だろう。


「分かった、分かった、そう興奮するな。

なに、すぐ病院に来いだと?

いや由佳さんの都合もあるし、いやいや、ちょっと待て、」


セイは由佳の方を向く。


「すぐ来て欲しいと言っていますが、」

「はい、すぐ行きます。車で来ましたから。」

「分かりました。

圭悟、今から行けるみたいだ。

とりあえず由佳さんと俺は病院に行く。色々と頼むぞ。」


由佳が電話を始めた。多分自宅だろう。


「今家に連絡したら両親も来てくれるみたいです。

総合病院ですよね。

セイから聞いています。」

「そうです。俺も行きます。」


由佳が樹の前で手を合わせた。


「嬉しい、ここで十上さんと会って清生の事を相談出来たなんて。」


セイも手を合わせた。


「行きましょう。」


そしてセイは彼女に向かって笑いかけた。


「それとすみません、遅くなりました。」

「えっ?」


彼女が訝しげな顔をする。


「お祝いの言葉ですよ、

赤ちゃんが生まれて本当におめでとうございます。

九津の息子なんて俺は心から嬉しい。」


彼女は笑いながら涙をぽろぽろと流した。


「はい、ありがとうございます。

この子を産んで本当に良かったと思っています。」


ここから総合病院は遠くない。

すぐに着く。

由佳の両親も慌ててやって来るだろう。


今日はクリスマスイブだ。

特大のプレゼントが皆に贈られるはずだ。






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