他人の仕事を軽んじた結果……

「たしかに魔物の数も減ってきたし、犯罪も少なくなってきたから、俺たちの仕事に疑問を持つ者もいただろう。それでも何かあれば被害も出るし、命をかけて戦う場面もある。偉そうにするつもりは無いが、尊重くらいはしてもらいたかったものだ」


 元々きつい仕事であり、汚れ仕事も厭わぬ身だからこそ、世間様にはちゃんと認めて欲しかった。それが得られぬ地で、これ以上仕事をする気は無い。エルナンは撤退の一番の要因はそこにあると言及した。


「だからと言って撤退することは……残された領民たちが憐れだとは思わんのか、お主たちが去れば、再び被害が増えよう。それでも構わんと言うのか」

「そうやって人の良心に物を委ねる考え方はいかがなものだろうか。そもそも論で領民を守るのは領主の仕事であり、俺たちは任されただけだ。そして、その条件が任務を遂行するのに足りないから、俺たちはこれ以上続けられない。ただそれだけのことでしょう」


 それを受けて代官は情に訴えかけたが、その目論見はものの見事に打ち砕かれた。彼はここを交渉のスタートだと思っていたようだが、エルナンにしてみれば以前から訴え続けていた今更の話であり、交渉決裂の意思を持って話しているのだから、聞き届ける謂れは無い。




「要望を伝える度に待って待って、改めて協議の場を……と申してどれくらいの時が経った? これまでは前団長が受けた恩義に報いるということだから我慢したが、こちらも団長が代替わりしてしばらく経つ。もう十分に恩は返しただろうというのがその見解だ」


 そう言うと、エルナンは一通の書状を開いて見せた。


「これまでの態度を契約更新の意思無しとみなし、団長から正式に契約満了の申し入れを預かった。言っておくが王国の公証人が作成しているゆえ、この書面を無かったことには出来んぞ」

「そんな……なあ、考え直せ。お主たちもここを去ったところで新たな仕事が見つかる保証はあるまい。条件は必ず見直すから」

「馬鹿を言え、団長がもういいだろうと仰せなんだから、新しい仕事が決まっていないはずがあるまい」


 彼らは所属する傭兵団の分隊であり、ここを去ったところで本隊に合流するだけ。そして、その団長が呼び寄せると言うことは、呼び寄せる理由があるからにほかならない。


「おかげさまで北の辺境伯様が兵力を求めている。こちらよりずっと良い条件で受け入れてくれるとのことだから、俺たちの仕事の心配はしてもらわなくて結構だ」


 北の辺境伯領は近年隣国との小競り合いが何度となく続いており、戦いに長けた傭兵を募っていた。


 無論、今の仕事に比べて戦になる可能性が高く、それはつまり命を落とす危険も十分にあるわけだが、エルナンたちはそれが自分の仕事だと分かっている。見合うだけの報酬も出されず、人々に蔑まれながらつまらない仕事をするくらいなら、たとえ危険性が高くとも、自分たちを求め、礼を尽くして見合う報酬を払う雇い主のために働きたいと思うのは当然だろう。


「そういうわけで、年末には伯爵領から部隊を完全に撤収する。そのつもりで」

「本当にいいんだな……後でやっぱり雇ってくれと言っても知らんからな!」

「そんな心配はいらん。それよりも、領軍を再編するのか別の傭兵に頼むかは知らんが、そっちを早いところ準備した方がいいんじゃねえのかな? もっとも、同じ予算で俺たちと同じ仕事を請け負う奴がいるか見物だけどな」

「ええい、もういい! お前たちなんぞこちらから願い下げだ。どこぞへなりと行くがいい!」

「言われなくてもそうしますよ」




 こうして、予告通り年の瀬が近づく頃から、傭兵団は伯爵領からの撤退準備を粛々と進め始めた。


 最初は単なるブラフだと高を括っていた領民たちも、次々と運び出される傭兵団の荷駄を見るにつれ、本当に出ていく気なのだと分かったのだが、時既に遅しである。


 そして契約の満了日、最後の一団として出発するエルナンたちの様子を、領民たちが通りのあちこちで見守っていた。


 これまでの仕事に対し感謝を述べ、別れを惜しむ者の声に少しばかり心が痛んだものの、撤収反対と叫んでいた者たちの声が、次第に「俺たちの生活を何だと思っている」とか「裏切り者!」といった罵声に変わるにつれ、やはり出ていって正解だなと、エルナンは心の中で呟くのであった。



 ◆



 その後、警備体制の見直しを余儀なくされた伯爵領であったが、元々エルナンたちがお友達価格で請け負っていた仕事だ。同じ予算額で請け負う傭兵などどこにもおらず、ようやく引き受けた傭兵団も、それなりの仕事しか担うことはしなかった。いや、出来なかったと言うべきだろう。


 領民たちから見ると、以前より警備の頻度は減るし、何かあっても駆けつけるまでに以前より時間もかかるしで非難囂々だったようだが、傭兵団からは「これがこの予算で出来る最大限だ。嫌なら他を見つけてくれ。多分引き受ける奴はいないよ」と言われ、ようやくエルナンたちが想像以上に身を粉にして働いてくれていたのだと気づいたが、前任者の働きで平穏な生活に慣れてしまったせいか、自分たちで足りない分を補うといった行動をする者もおらず、治安は以前よりも悪くなり、伯爵も本格的に領軍の整備を意識し始めたが、そちらも資金難や軍備のノウハウ不足で苦慮しているらしい。




「よーし、突撃ぃ!」


 もっとも、その頃には北の国境で隣国軍と干戈を交える度に功績を上げ、厳しい環境にありながらも相応に礼遇される身となっていたエルナンと傭兵団の面々には、知る必要もない話ではあるが……

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ある傭兵団の店じまい 公社 @kousya-2007

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