敬意の欠片もなく……

 前伯爵は人格者であった。当初少ない予算で奮闘する傭兵団に対し、申し訳なさもあったのか下にも置かぬ礼で遇してくれたし、領地の復興が少しずつ進むにつれ、出来る限り予算も待遇も改善してくれた。


 ところが、代替わりして現伯爵の治世となるとそれが一変した。


「あの人が伯爵を継いだとき、傭兵団の仕事を見聞したいと物見遊山に来たことがあったな」

「物見遊山とは……口を慎め」

「他にどう言えと? 傭兵団の仕事を見聞すると言っておきながら、側近どもがあれはダメこれは危険と抜かして、準備運動にもならない程度の訓練と、全く危険の無い場所をプラプラ散歩しただけ。その結果どうなったか、覚えていないとは言わせんぞ」


 エルナンが直接聞いたわけではないが、視察を終えた伯爵は周囲の者たちに、「傭兵団の仕事などたかが知れている。あの程度ならその辺にいる無能者でも十分に務まる仕事だ」と吹聴したのだとか。おそらく、領軍を縮小したのもそれが原因ではないかと考えられる。


「伯爵がアレを見てそう思うのは分からなくはない。だが、周りの者は何をしていた。俺はあのとき、これが領内警備の真の姿ではないし、場合によっては怪我人も死人も出る危険な仕事なんだと、そう言ったし、もし伯爵が思い違いをしているようなら正してくれと、そうお願いしていたはずだ」

「それは……」

「つまり、それを訂正しなかったってことは、オマエらもそう思っていたんだろ。おかげで最近は領民たちまで舐め腐った態度を取りやがって……」




 それこそかつては、土地と自分たちの命を守ってくれた英雄として領民たちも讃えてくれた時代もあった。しかし時が経って当時の記憶も風化し、魔物や犯罪の脅威に晒される機会も少なくなった今の領民たちの中には、傭兵団を大した仕事もしない無駄飯食いなんて揶揄する者が少なからず現われるようになった。


 当時を知る年配者には今でも感謝を述べる者もいる。そしてそういう人たちは、少ない予算でやりくりする傭兵団に物心両面での支援をしてくれたりもしたが、やはりそれぞれの家で代替わりすると共に、そういった支援や寄付金も年々減少していったのだ。


「まあね、こっちも仕事でやってるから、いちいち感謝しろなんてことは言わないけどさ、あからさまに見下して、やることに文句言われる筋合いもないと思うんだが?」


 領主がその存在を軽視していれば、自然と領民たちもそういうものかとなるのは不思議なことではない。それが正されることなく時が過ぎた結果、今では傭兵団の活動、それも「え? そんなことで?」くらいの文句を垂れる者が度々役所に苦情を言いに来たりしている。


「例えば……哨戒活動中に飯を食おうと店に入る。するとどうだ、傭兵団が勤務中に制服のまま飯を食っていると苦情が入る。ってか、飯くらい食うだろ、勤務中は飲まず食わずでやれっての?」

「いや、それは……」

「それは……じゃねーわ。それに対して役人は俺たちになんて言った? 出来れば人目につくところでは……って、隠れて食えってこと? わざわざ着替えるとか、営舎に戻って食えと? 非効率すぎない? 逆にそれと分かる奴が店で飯食ってたら、犯罪の抑止力になると思わない? 馬鹿なの? どうなの?」

「領民の声を聞くのも我々の仕事で……」

「聞くだけならそれこそ誰にでも出来るっつーの。夜警明けで帰りがけに酒場で一杯引っかけたら、こんな昼間から酒飲んでやがってって苦情も来たよな。仕事明けなんですけど? 私服なんですけど? 酔っ払って店で暴れたとかならともかく、寝る前に一杯やってからって、ちびちび飲んでるのがそんなに悪い? 昼間からって言うが、店が開いてるってのはそういう客もいるってことだろ?」


 世の中偏屈な人や性格の悪い人はいるから、そういうことを言ってくる者がゼロとはならないだろう。だけどそこは役所で上手く宥めるなり、言いがかりであれば突っぱねる位の対応をしてくれれば、エルナンだってここまでは言わなかっただろう。


「要はオマエらもその程度の認識だったってことだろ? そのくせ仕事だけは一丁前に成果を求めてきてよ。人が足りないから団員を募集してもロクな奴が来ないし」


 業務が広範である以上、人材はそれなりに抱えなくてはいけない。かと言って予算が少ないから給金もそれほど出せず、何とか正規の団員たちに我慢してもらって、地元の若者を採用する予算に回しても、領主が誰でも出来る仕事なんて揶揄するから甘い考えの者しか集まらなかった。


「ちょっと厳しい訓練を課したり、寝ずの夜番に回したりしたら、すぐに思っていたのと違うって辞めるわ、暴力的な指導をされたとか文句言われるし……魔物や武器を持った賊と命のやり取りすることもあるんだぜ、規律を守れなきゃ自分の命が守れねえってことも理解していない。全部伯爵の思い違いを正せなかったアンタらと、それを良しとしてきた連中の責任だぜ」


 それでも前団長に宜しく頼むと言われたからここまでやってきた。武器が買い換え出来ないのをなんとか補修して使い続けたし、人が少ないのをカバーするように業務内容の効率化も進めてきた。


 にもかかわらず、ちょっと到着が遅れて農地が荒らされれば補償しろと文句を言われ、乱戦のあおりで家が壊れれば修理しろと喚かれては、やる気も失せるというものだ。

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