エピローグ
桜咲き乱れる校門を潜り、中高一貫で使用する大きな体育館で式辞を行う。
中学からのエスカレーター式で高校に上がる、通称内部組の一愛もこれに参列していた。
4月1日。入学式。
内部組の進学率が9割を越える我が母校において、果たして高校の入学式というものに価値はあるのか。時間の無駄ではないかと考える一愛は、世間的に見てもやや薄情かもしれない。
とはいえ顔と名前は一致しないが、7割方見覚えのある顔に囲まれて大人しく席に座るのは苦痛なのである。新鮮味の欠片もない。こういった席では普通両親が晴れ姿を見に来たりするものだろうが、親族の参席率が5割を切っている時点でお察しだ。一愛と似たような考えを持つ人が多いということの証明だろう。
……まぁその5割に入ったのが俺の母さんなんだけど。
ふと横を見れば、親族席に座る桜が一眼レフ片手に瞳をキラキラさせていた。
……マジで恥ずかしいから止めてほしい。
「なーなー、あの人二ツ橋くんのお母さん? めっちゃ美人やんっ」
「あ?」
一愛の隣に座る女子がフランクに小声で話掛けてくる。
まだ校長先生の長い話(既に30分経過)が続いているのに不良な奴だと思い、気分がどんよりしている一愛は素っ気ない態度を取ってしまった。
「こわっ、え、二ツ橋くんてDQN? ちょい態度悪いやんかぁ」
「ああいや、ごめん。で、誰だっけ」
「だから態度悪いわぁ。うちな、日南日葵いうねん。一年はおんなじクラスやし、覚えといてーな」
態度が悪いと悪態を吐く割に、日南は笑顔で自己紹介を始めた。何度も言うが校長の話が続いている中でする話ではないだろう。
だがその屈託で裏表のない笑顔に毒気を抜かれる。低身長で人に威圧を与えない体型に、小動物のような愛嬌のある笑顔が私は人畜無害ですと主張している。
学校で友達など作る気も無かった一愛だが、心機一転、視野を広げる為にクラスメイトと交友を広げるのも悪いことではないかと思い直す。
「ああ。知ってると思うけど、俺は二ツ橋一愛。一年よろしく」
「勿論知っとるよぉ。一愛くんて呼んでええ?」
「好きに呼んでいいよ」
「おお、意外とやわっこい。塩対応や言われとったけど、別にそんなんあらへんやん。席がとなりでよかったわぁ」
「塩対応?」
「なんや知らんの? 将来有望やと噂される未来のエースくんと、お近づきになりたい女子はぎょうさんおるんよ。単純に見た目もええしな。これ、女子の間で常識。探索者って儲かるんやろ?」
「……なんだそれ」
くだらな。
「あ~いややわぁ、そないそっぽ向かんといてぇ? 一愛くんと仲良うしたいうちの気持ちは変わらんから。いや、これほんまにっ」
「……はぁ」
一愛は軽い溜息をついて、椅子に背をどっぷり預けた。
女子に人気が無いよりはあった方がいい。目の保養だし、持て囃されるのも悪い気分にはならない。でもそれとこれとは別である。
外見や収入のステータスだけ目当てにされても、嬉しいやつはそんなにいないだろう。
「自己紹介も終わったし、もういいだろ。真面目に式出とけ」
「うわ急に冷めるやん。堪忍してぇ? うちはほんまに仲良うしたいねん。これ他意はないんよ、ほんにクラスメイトとしての気持ちなんよぉ」
「そういうのいいから」
「そない冷たくあしらわんでもええやんかぁ。どうせ校長の話聞いても退屈やろ?」
「いや俺真面目に聞いてるから。特に校長が湘南の族だった時の話とかスリル満点」
「いやそないな話、教育者たる校長がするわけ――てほんまにしとるやないかい!」
体育館に響き渡る日南のツッコミに、一斉に生徒と先生の鋭い目が向いた。
日南はツッコミの姿勢のまま顔を耳まで真っ赤にさせ、ブリキのおもちゃのようにぎこちなく縮こまる。
当然一愛は我関せずである。
「……フ」
「~~っ⁉ い、一愛くん、意外とお茶目さんやね。うちを恥ずかしめて楽しぃ?」
「楽しい」
「即答かいっ。なんや調子くるうわぁ、でもこれで貸し一やね」
「はぁ?」
意味不明な言葉を放った日南に、一愛がいぶかし気な視線を向けた。
日南はチビっこい体に起伏のない胸を反らし、ドヤ顔でのたまう。
「うちは一愛くんに楽しいひと時を提供したんやから、一愛くんもうちに楽しいひと時を提供するべきやよ。具体的には探索者の話きかしてぇ?」
「……今ここで?」
「ええやん別にぃ。ほら、他のみんなも飽きてこそこそ話しとるんやし、ええやんかぁ。なぁええやろぉ? うちとおない年で探索者なんて滅多にいないんやから気になるんよぉ。気になるんよぉ♡」
「……」
最初からそれが狙いだったかのように、日南が異常な押しの強さで一愛の話をねだってくる。
というより物理でも押されていた。無い胸がくっつく勢いで寄りかかられている。隣り合う席のせいで胸より先に尻が完全にくっついていた。
……こいつ、色蓮と同じで尻がでかいタイプかよ。
薄い胸には大きな尻が映える。
これは宇宙の真理である。
「はぁ……少しだけだぞ」
「やったわぁ♡」
だからというわけではないが(いや本当にだからという訳ではない)、一愛は素直に、そして静かに話しを聞かせた。
過去に思いふけることで、何かしらに新しく気付けることもあるだろうと。
月日が経つのはあっという間である。約3週間前に倒した【ネメアの獅子】戦が、つい昨日のように思い出される。
イレギュラーモンスターたるヘラクレス。その一の試練を突破した一愛達は、あの後安全地帯に戻って烏羽の扇子で帰還した。
地上に戻った一愛達を出迎えたのは、重装に身を包む歴戦の軍隊。日本のダンジョンの最先端をひた走る自衛隊の皆さん方だった。
なんだなんだと慌てふためいてみれば、更にいっそう慌てているのは向こうの方だった。新宿ダンジョンのダンジョンストア内で揃ってあたふたする中学生と軍人。傍から見ればさぞシュールな光景だっただろう。
詳しく聞いてみれば、イレギュラーモンスターが現れた階層は階層全体が幽世に囚われるらしい。しかしあまりにもイレギュラーモンスターから距離が離れている場合、他の探索者達は幽世に囚われたことに気付くこともできず、ただダンジョンから出られない自体に陥るそうだ。そして新たにその階層に降りることも上ることもできなくなる。
ここで問題なのが、一愛達が囚われた階層は1階層ということだ。今のところ全ての民間探索者が1階層から攻略を始める。なのに1階層が幽世に囚われてしまったせいで、誰もダンジョンに入れないという自体が発生してしまったというわけだ。
これは非常に大きな問題である。今や国家の運営にダンジョン産のアイテムは欠かせない。日本には全部で12箇所のダンジョンがあるとはいえ、首都の新宿ダンジョンに入れなくなるというのは痛手にも程があるというわけだ。
その問題にどうして自衛隊がと思うも、イレギュラーモンスターは目標の獲物を刈った後もその階層に居座ることがままあるらしい。その場合一旦幽世から現世に戻し、新たな獲物が引っかかるのを待つのだという。その場合の対処に自衛隊が駆り出されたというわけだ。
1階層で獲物を待つ死の権化。質が悪いにも程がある。
ともあれ、そうした事情もあってか一愛達はイレギュラーモンスターを倒したことが国にバレてしまった。
いや、国にバレるのは時間の問題でもあるのでそれはいい。イレギュラーモンスターの情報は各国に共有されるべき情報であり、実際にアメリカや中国からも年に数回情報が共有されてきている。そして探索者協会はその情報を常に、誰にでも共有している。
このことからイレギュラーモンスターは災害のような存在であり、人類の共通の敵であることがうかがえる。一愛達のもたらす情報が探索者の死傷者率にリアルに直結するのだ。役に立てるのであればこれほど誇らしいことはない。なので、そのことに否応はないのだが。
……問題は、イレギュラーモンスターを倒したのが一愛達であることが世間にバレてしまったことである。
1階層に入れなくなるという未曾有の大事件に、それはもう色んな人達が新宿ダンジョンに詰め寄りかけていた。その中には一愛の顔を知っている人もいるだろう。なにせ数コマとはいえお茶の間に顔が流れたのだ。それも数日前にである。まさに昨日の今日でというやつだ。
さすがにテレビに流れるようなことはなかったが、ネットを中心に軽く祭りになっていたのはお察しである。一愛はそっとブラウザバックしたものだ。
……まぁ、下らない身バレの話はどうでもいいだろう。
ネメアの獅子を倒してからの約3週間、一愛達は何も遊んでいたわけではない。だが真面目に探索をしていたかというとそれも違う。何せまだ一愛達はレベル3……2階層にすら降りていないのだから。
ではその間何をしていたかというと、平たく言えば戦利品の整理やスキルの確認である。
以下が、一の試練を突破した際に得た【スキル】、【魔法】の戦果である。
二ツ橋 一愛
【スキル】 ヘヴィーブロー(SP 2)9等級F ←RANK UP
サークルスイング(SP 6)9等級B ←RANK UP
リムービングハウル(SP10)9等級C ←NEW
タフネス(パッシブ)9等級E ←RANK UP
【魔法】 リジェネレーション(MP 1/sec) 9等級A ←RANK UP
ヘヴィーブロー(SP 2)9等級F
:使用者の限界値+20の物理攻撃で殴る。
サークルスイング(SP 6)9等級B
:使用者の限界値+150%の物理攻撃。自身を中心として真円状に衝撃破を放つ。
リムービングハウル(SP10)9等級C
:衝撃波を伴う咆哮を放つ。衝撃波に当たった相手は付与されたバフを全て剥がされる。
タフネス(パッシブ)9等級E
:【防御】を常時最大値の20%加算する。威圧、恐怖耐性を内包。
リジェネレーション(MP 1/sec) 9等級A
:1秒につき中、軽傷を治癒する。10秒持続で重症を治癒する。
西園寺 色蓮
【スキル】 影縫い(MP3・SP3)9等級D ←RANK UP
ラピッドショット(SP1)9等級F ←RANK UP
チャージショット(SP6) 9等級C ←NEW
英霊の加護(パッシブ)9等級A ←RANK UP
【魔法】 ブルズアイ(MP4)9等級D ←RANK UP
影縫い(MP3・SP3)9等級D
:対象の影に打込むことで対象を縛る。矢を抜くか壊すまで効果持続。混乱付与。
ラピッドショット(SP1)9等級F
超早射ち。一息に五射まで可能。威力は通常の一射より劣る。
チャージショット(SP6) 9等級C
:使用者の限界値+150%の物理攻撃。三段階チャージ。最大300%。
英霊の加護(パッシブ)9等級A
戦場を俯瞰して把握することができる。精神に影響を及ぼす全ての状態異常を無効。
【魔法】 ブルズアイ(MP4)9等級D
10分間器用が50%上がる。暗視、遠見を内包。
東雲 椿姫
【名前】 東雲 椿姫
【レベル】 3 (2→3)
【MP】 16/16(9→16)
【SP】 17/17(10→17)
【力】 12(8→12)
【防御】 7(7→10)
【敏捷】 20(12→20)
【器用】 19(14→19)
【精神】 8(4→8)
【魔力】 14(7→14)
【スキル】
スタンス(SP1/sec)9等級D ←RANKUP
居合一閃(SP3)9等級E ←RANKUP
ラインドライブ(SP10)9等級B ←NEW
ブレイブ(パッシブ) ←9等級C RANKUP
【魔法】
明鏡止水(MP5)9等級C ←NEW
スタンス(SP1/sec)9等級D
:使用者の器用に応じて攻撃を弾く。ジャストタイミングで確定パリィ。使用者の技量により成功確率に作用。パリィに成功すると対象を1秒間スタンさせる。
居合一閃(SP3)9等級E
:使用者の器用・敏捷・力による90%の物理攻撃。納刀状態のみ使用可。
ラインドライブ(SP10)9等級B
:使用者の力・敏捷による120%の物理攻撃。発動時敏捷値に50%の補正。
ブレイブ(パッシブ) ←9等級C
:精神に影響を及ぼす全ての状態異常を無効。精神を20%加算する。
明鏡止水(MP5)9等級C
:10分間半径10m以内の空間を把握する。
ネメアの獅子を倒した際の討伐報酬により、一愛達は軒並みスキルや魔法のランクアップ、そして新しいスキルを獲得した。
10等級から9等級に上がるだけで大層な上がり幅である。
スキルや魔法等級の昇格条件だが、実の所判明されていない。高レベル探索者は分かっていそうだが。
ヘラクレスの試練のみの報酬なのか、またはイレギュラーモンスターを倒せば必ずスキル等級が上がるのかは不明である。二度と試す機会が訪れないことを心底願う。
唯一色蓮のスキル……英霊の加護のみ何の変化も見当たらないが、元々が壊れスキルだったので別にいいだろう。色蓮も特に不満そうにしていなかったのでこれでいいのだ。
次に、エクストラダンジョンポイント計90回分のガチャ結果である。
雑貨類
下級ポーション:1個
中級ポーション:6個
上級ポーション:13個
岩瀬万応膏:2個
患部に塗ると重症まで傷が治癒する。希少性は高いが上級ポーションでいい。買値400万。
中級恢復ポーション:3個 ※売却
上級恢復ポーション:5個 ※売却
アンブロシア:1個 ※売却
:向こう百年は病気に掛からない秘薬。買値2億。
拳大の魔石:13個 買値50万。※売却
両手大の魔石:3個 買値100万。※売却
媚薬10粒1セット:2個 ※売却
シーターの道標:2個 ※売却
ナイアガラの蛇の毒:1個 ※売却
:千倍の希釈でも人を殺せる猛毒。所持禁止アイテム。
カラファテの実:1個 ※売却
:ステータス、魔法が5上がる。この手のアイテムは人生における使用回数が10回までと決められている。それ以上使用してもステータスは上がらない。買値2億。
鰻小僧の強飯:1個
:精神と力が3ずつ上がる。買値2億5千万。
マジックアイテム
ボモンの大きな石:1個 ※売却
:その階層の天候を強制的に夜に変える。持続時間2時間。買値100万。
メアリーセレスト号の筏:1個 ※売却
:乗るとその階層のどこかにランダム転移する。4人乗り。買値200万。
濁流の魔法陣:1個 ※売却
使用すると半径5km以内を全て水浸しにする濁流が流れる。買値1000万。
身代わり地蔵:1個
アリアドネの糸:1個
ディキスの石球群:2個
:1回だけ魔法の効果を倍増することができる。買値1000万。
ワラクの肥料:1個 ※売却
:作物を急速に促進させる。1万平米分。買値200万。
魔道具
ロズウェルの聖杯:1個 ※売却
:壊れた物を入れると復元される。但し機械類の性能までは戻らない。買値3億。
こしょうの苗:1個 ※売却
:使用者の本心を苗が歌うように語ってくれる。結構美声。買値2000万。
御神橋の擬宝珠:1個
:何度でも使えるアリアドネの糸。但しクールタイムは一週間。買値2億。
プロビデンスの瞳:1個 ※売却
:全自動録画機能付カメラ……と言われているが実際の効果は未確定。とりあえず前述の効果で使用されている。TVの映像は大体これかホルスの瞳。用途が限定されるので若干お安い。買値2000万。
装備
猿飛佐助の鎖帷子(7等級C):1個 ※売却
:装着者を透明にする。えっちなことし放題……所持禁止アイテムorz
女化狐の尻尾(8等級E):1個 ※売却
:装着者は好きな姿に化けることができる。制限無し。但し、なぜか狐耳と尻尾は絶対に隠せず表に出てくる。バレバレの為辛うじて所有可能アイテム。……好事家に高く売れるが協会の買取所は安い。買値1000万。(好事家に売ると4900万)
陀螺寿限の轟(7等級D):1個 ※椿姫が装備。
:手入れ要らずの日本刀。物体の無い存在を切れる。全長95cm。水色に煌く重花丁子の波紋が浮いている。買値5億。
蜿蜒奉葬送の紬(6等級C)女性限定装備:1個 ※椿姫が装備。
器用・敏捷・精神を10%加算する。死霊系のモンスターに対する強い耐性を持つ。えんじ色で蛇に絡みつかれたような模様をした和服。余談だが、刀が振りやすいように腋の辺りがバッサリ切れている。腕を上げると腋チラ。えっちだ。買値9億。
水精万華羽衣(6等級C)女性限定装備:1個 ※色蓮が装備。
:水中での行動に大幅補正。水中で息ができる。耐水、耐氷。防御・敏捷・器用を10%加算する。波のような波紋が美しい水色の衣。全身シースルーなのでこれ単体での装備は非推奨。買値10億。※色蓮が装備。
ヨトゥンの大斧(7等級C):1個 ※一愛が装備
:全長2.5m、両側の刃は刃渡り2mの特大斧。只々頑丈で決して壊れない。装着者は力を20%加算する。買値2億。
その他装着装備:12個
一愛、色蓮、椿姫で装備可能な現代製品より優れた装備。インナー、籠手、手袋、靴下、鎧等。
その他不要装備(薙刀や杖など):7個 ※全売却 買値計14億。
ネメアの獅子からドロップした赤い魔石:1個 ※売却 買値5000万。
売却した全アイテムを合計すると約22億5000万円となる。
これを三人で分割すると一人辺り7億5000万円となり、その時点で最近流行りのFIREを余裕で達成できる額である。元よりそのつもりは一愛達に無いが。
とはいえ、これを元手に今後の探索に役立つアイテムや装備を片端から購入できるかと思えば、そうは問屋が卸さなかった。
……一愛が獅子に喰われた左腕の治療である。
現代の医療技術では欠損を復元することができず、ダンジョン産のアイテムに頼るしかない。そしてダンジョン産のアイテムで今すぐ手に入る欠損部の治療薬といえば、ダンジョンストアで売られていた【エリクサー】しか存在しなかった。
そのお値段、20億である。
一愛達が稼いだ大半をもっていく大金。というより売りたくなかった【カラファテの実】……ステータス増加アイテムを売らなければ赤字である。なぜ赤字なのかというと、一愛達三人が持っていた【身代わり地蔵】が全員分粉々に砕けていたからだ。
今思えば、全員が1回は重傷を負っていた。壊れたタイミングは定かではない(特に一愛)が、全く肝が冷える思いというのはあの時のことであろう。勿論神社に持って行って感謝しながら供養している。そして新しい地蔵を迎えるのにまたお金を使ってしまった。
そういった事情で今回の個人の分配金は1000万に落ち着き、残りはパーティーの貯金とすることが決定した。
正直申し訳ない思いで胸がいっぱいだったが、色蓮と椿姫は笑って流してくれた。20億という大金を笑って使える神経に恐れ慄くも、感謝の気持ちを一愛はしっかりと胸に刻んだ。
そして一愛の新装備である【ヨトゥンの大斧】であるが……結論から言って使うことができなかった。
というのも重すぎるのだ。重い、マジ重いのだ。
もう武器を地面に置くだけで地面が陥没するレベルである。あと3~4レベルが上がれば装備できる確信を抱いているが、とりあえず現状は無理なので暫くグレートクラブを使うしかないだろう。早々に固有名がついた武器や防具を使える色蓮と椿姫が羨ましい。
いや、一愛にも装備できる固有名付の装備が一つだけあった。
ル・レマール 6等級B ※一愛が装備 買値12億。
:ネメアの獅子からドロップした金獅子マント。装着者の力を20%加算する。咆哮・物理攻撃スキルに50%の補正。動物系のモンスターに極大の威圧付与※但し装着者よりレベルが3上のモンスターには無効。
と、ネメアの獅子からドロップした装備は一愛が使用することとなった。
見た目的にも女子には適さないし、装備効果も一愛が最も適任だろう。順当な結果というやつである。
……いや、正直嬉しい。
貰えるものなら貰っておこうという態度でその時は受け取っていたが、内心では小躍りするくらい一愛は喜んだ。だって獅子である。マントである。マントに獅子が金色で縫われているのである。
これ、かっこいい。
……という内心が若干表に出ていたのか、色蓮に生暖かい目で見られた気がするのは記憶から消したい事柄である。
ともあれ、以上がイレギュラーモンスターを倒してから4月1日までの一愛達の道程である。
「――て、感じだ。わかったか」
「はぇ~、なんや探索者いうんは痛そうやなぁ」
と、日南は人の話を聞いた開口一番にそう言った。馬鹿にしてる?
イレギュラーモンスターの詳細や入手アイテム等は話さなかったが、それでもアイテム全額の売却計はそれとなく話してしまっている。それ以外にもゴブリンを初めて倒した時の気持ちとかも話していたが、感想が全てひっくるめて痛そうの一言とはある意味面白いやつである。
日南は感心したように口を半開きにして、はぁ、と声を漏らした。
「一愛くん今までなんべん死にかけとるん? うちが今聞いた中でも3.4回死んどるけど大丈夫なん?」
「……そういやそうだな」
改めて他人から聞いてみれば随分な綱渡りをしていると自覚できる。
自覚できるが、だからといって改善しようとはあまり思わない。
「まぁ、結果だからな。防ごうと思って防げる事態でも無かったし、仕方ない。それに結果だけ見れば俺はこうして生きてるわけだし」
「ようやるなぁほんまに。うちは無理やなぁ、腕千切れても戦うとかありえんわぁ」
「戦わなきゃ死ぬし」
「そやなぁ、それができる人が探索者いうんやろなぁ」
「うん、やっぱうちは無理やわぁ」と日南が苦笑しながら頷いた。
「なんだ、探索者になりたかったのか?」
「う~ん……ちょい、な? やっぱああいうの憧れるやんか。高レベル探索者にも女性はおるし、そういうの見ると少しは、な? それに一愛くんもぎょうさん稼いどるようやし、うちも働かんと済むならそれにこしたことあらへんしなぁ思て」
「俗いうて笑う?」と日南が悪戯っぽく言った。
「いや別に。ダンジョンに潜る理由なんて人それぞれだしな」
「……それ本音?」
「本音。というか他人がダンジョンに潜りたい理由なんて興味がない」
「っぷ、くく、正直すぎるわぁ。あんま笑わせんといてなぁ一愛くん。まだ校長が話しとるんやから」
「笑わせる気はなかったけど」
……というかまだ話してるのか。かれこれ一時間は経過しそうだぞ。
「でもそろそろ終わりそうやなぁ。うちと一愛くんの逢瀬がおわってまうっ」
「逢瀬て」
「なぁ一愛くん。今後もうちと仲良うしてくれる?」
日南が少し真面目に問いかけてきた言葉に、一愛は特に気負いもせず答えた。
「ああ。クラスメイトとして、な」
「ふふ。クラスメイトとしてなぁ。それは友達と受け取んで」
そう言って笑い、日南は顔を正面に向けた。
これで一愛との話し合いはお終い、ということだろう。
……こいつ、俺と前のクラスの関係性や、竜之介のことを知っていそうだな。
いや、知らない方がおかしいだろう。なにせあれだけ話題になったのだから。
それに一愛は竜之介の葬式にも出席している。その中には何度か学校で見たような顔もいたので、その筋から色んな人に漏れたのかもしれない。一愛と竜之介が幼馴染であると。
何となく日南に気を遣わせてしまったような気がして、一愛は少し気まずそうにそっぽを向いた。
家族との約束で仕方なく通う学校だが、何となく退屈しなくて済む予感がした。
入学式が終わり、帰り支度をして学校を離れる。
桜乱れる校門の前で、一愛を待つ二人の人影が姿を現した。
「よ、色蓮、椿姫。待ってたのか」
中等部のセーラー服に身を包んだ色蓮、そして椿姫が笑顔で手を振った。
色蓮に続いて椿姫までが一愛の学校に転校したのである。朱に交われば赤くなるという諺があるが、あれは一種の真理ではないかとさえ思えた。
とはいえ、こちらは別におかしいという程ではない。色蓮と違って阿保みたいな転校速度ではないし、きちんと節目である4月1日に合わせている。前の学校での事情も聞いているので、十分に理解と納得ができる範疇ではあった。
「転校お疲れ、椿姫。セーラー服似合ってるな」
「ありがとうございます。一愛様もブレザーがよくお似合いで。……私としては、前の学ランが好みでしたが」
「姫、学ラン少年好きなんスよ、ABの直江君とか。それ系の二次萌えがしゅ、」
色蓮が余計なことを言う前に、椿姫が手刀を笑顔でお見舞いして黙らせた。
なんというか、本当にダンジョンに入って一皮剥けたって感じがする。
……前のぽかぽかパンチが懐かしい。
「そんで、俺を待ってたってことは行くつもりか?」
「当然スよ!」
色蓮がしゅばっと素早いゾンビの如く蘇った。
「一愛先輩の烏羽の扇子は超便利ですけど、三日のクールタイムのせいで連日潜れないんスから、潜れる時に潜るべきっス! 特に今日みたいな午前で学校が終わる日は! 先輩も姫も学校はなるべく休みたくないそうなので、これでも我慢してるんスよ!」
「ああ、お前は別に学校行かなくてもいい派だったな。悪いな、家族で決めた方針なんだ。椿姫は?」
「私もお父様から高校までは出とけと言われています。最悪どうでもいいみたいですけど、私としてもなるべく授業には出たいので」
一愛と違い、椿姫は進んで授業に出たいようだ。信じられない。
見れば色蓮も信じられないといった顔で椿姫を凝視している。最早異星人を見る顔だ。
……さてはこいつ、成績悪いな?
「と、ともあれ、ウチらは学校に通いながらのダンジョン探索となります。であれば! であればですよ? こうして空いた時間は一日でも早く、一分でも長くダンジョンに潜るべきでしょう!」
「ああ。そうだな」
色蓮のテンションがやけに高いのが気になる所だが、今日は4月1日で入学式である。春先になれば不審者も増えるし、そうおかしなことではないだろうと一愛は流した。
それに、一愛としても気分は色蓮と同じである。
「そんじゃ、今日は潜るか――2階層に」
「いいっスね!」「はい、お供します」
2階層。まだ一度も踏み入っていない領域である。
その領域にその場のノリみたいな勢いで潜るのはどうかと思うが、そういう気分なので仕方なかった。
探索者は、迷ってはいけない。
そうして少しの休息の後に、一愛達はダンジョンの探索を始動した。
――――――――――――――
あとがき
ここまでお読み頂きありがとう御座いました。1章はここで完結となります。
2章は書き溜めができれば投稿致します。
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