AIの言葉

みさと

・--- -・-・・ -・-・ ・-・ -・ ・-・・ ・・・ 


 とうの昔に人は消え。

 とうの昔に時も止まった地球。

 地上を謳歌するのは動植物たち。

 それと、少しのロボットだった。



 ある朝。ある廃墟の都市に彼はいた。

 自立型運送ロボットD-74 。

 両腕のアームに荷物を乗せ、キュラキャラと音を立てながら運搬をしていた。

 彼にとっては運搬は生まれながらの『義務』である。

 疑問や不満を感じることはない。

 そもそも、D-74には感情プログラムが備わっていない。

 感情を表に出すことはできないのだ。

 ただ何故か、CPUや空調が時折不具合を起こすことには頭を悩めていた。



 彼の前を、人型ロボットの集団が横切った。

 近くに立ち並ぶ廃墟を、楽しそうに観光している。

 それがきっと彼らのプログラムされた『義務』なのだろう。

 D-74もそれは理解できている。

 しかし、自分のCPUが再び不具合を起こし始めた理由は分からなかった。



 D-74は再び、キュラキュラと荒れ果てたコンクリートの上を進み始めた。





 どれほど進んだろうか。

 D-74は、変わらず荒れ果てたコンクリートの上を進む。

 辺りの景色に廃墟は消え、草原と森が広がっていた。

 いや、廃墟はあった。

 D-74は小さな建物があることに気づいた。



 D-74はなぜかその小さな建物に近づいてみたくなった。

 先程通りかかった人型ロボットの集団を真似たくなったのかどうか。

 それを判断できるプログラムは彼に備わってはいない。





 D-74はキュラキュラとキャタピラを鳴らし、建物に近づく。

 その建物はバス停留所のようだ。

 屋根はボロボロで、壁も所々穴が空いている。

 無造作に貼られていただろうポスターの跡。

 ほとんどが剥がれ落ちている。

 1枚のポスターだけが、剥がれずに残っていた。



 D-74はポスターに向けてカメラをズームした。

 くすんだそのポスターには女性が1人写っている。

 笑顔で小さくガッツポーズをしていた。

 隣に書かれている文字をスキャンする。

『諦めないで‼』という言葉が書かれていた。



 ―――諦めないで

 ―――日本語

 ―――Never give up



 D-74 は言葉の意味を解析し、理解したようだった。

 そして、ポスターをジッと見つめていた。



 再びD-74は、荷物を運ぶためにその場を離れた。



 振り向くこと無く、まっすぐに。

 荒れ果てたコンクリートの上と、どこまでも広がる草原の中を進んでいった。





 すっかり夕焼けに染まっていた。

 動物たちの姿も見えない。

 ただ静かに、風に揺られる草木の音だけが響いていた。



 そんな中、キュラキュラと言う機械音が聞こえてくる。

 D-74 だ。

 彼の両腕には荷物が見当たらなかった。

 自身に課せられた『義務』を全うし終えたようだ。



 D-74 は来た道を戻っていた。

 バス停留所の前まで来ると、キャタピラを止めた。

 そして、また朝のようにポスターをジッと見つめた。



 笑顔で小さくガッツポーズする女性。

 小さくシワができた優しい目。

 口角が上がった口元。

 その笑顔は朝の時と同じだ。



 D-74はそのポスターをジっと見つめていた。



 突然警告音のようなものが鳴り響いた。

 D-74の身体からだ。

 よく見ると、煙も出ていた。



 しばらくすると、煙と警告音は収まった。



 D-74 は困惑しているようだった。

 身体を叩いたり、蓋を開けてみたり、キャタピラを入念にチェックしたり。

 異常の原因を探して見たが、見当たらないようだ。

 不思議に思いながらふと顔を上げた。

 眼の前には先程のポスター。

 意図せず目に入った。



 すると、再び警告音が鳴り響く。

 驚いたD-74 はその場から慌てながら立ち去った。

 走りながらD-74 は、理解したようだった。

 自分があのポスターに、興味があるということを。



 それから幾数日。



 D-74 はポスターの元を幾度と訪れるようになっていた。

 摘んできた花をポスターの下に添え、小さく手を降り、荷物の運搬へ向かう。

 それが日課となっていた。



 雨が降る日も。



 酷い日照りの日も。



 風が強い日にも、D-74 はポスターの元に訪れた。





 しかし、今日の天気は違う。

 風は荒くれ、雨は横殴り。

 石や紙くずが風に乗って辺りに飛び散っていた。



 とても歩けるような状態ではない。



 そんな中を、D-74が走り抜けていた。

 時折風に煽られ、倒れそうになりながらも、走る勢いを緩めない。

 


 着いた先は、バス停留所だった。

 D-74はポスターを確認する。



 そこに、彼女の姿はなかった。



 D-74は辺りを見渡した。

 この天気ならば、どこかに飛ばされたの可能性が高い。

 彼に組み込まれているプログラムがそう導き出したのかもしれない。



 すると、近くの木の枝に、大きな紙が引っかかっているのを見つけた。

 風に煽られ棚引くその紙には、いつも手を降っていた彼女の姿。

 今にもどこかへ飛ばされそうだ。

 D-74は急いで近づき、慎重にアームを伸ばした。



 あと少し。


 もうすぐ届く。


 すると、強い風が吹き付けた。



 ポスターは枝から外れ、森の中へと飛んでいった。

 慌ててD-74も森の中へと飛び込んだ。



 再び、木に引っかかっているポスターを見つける。

 今度こそと、アームを伸ばす。

 ポスターを掴み、しっかりと抱え込んだ。

 D-74は安堵しているようだった。

 戻ろうとキャタピラをバックさせる。

 何かを踏み潰した音が足元から響いた。



 D-74が足元を見る。

 それは、蜂の巣だった。

 巣の中から大量の蜂が現れ、D-74に襲いかかる。

 D-74は慌てて森の中を逃げ走る。

 ポスターを手放さないように握りしめて。



 しばらく逃げていると、蜂は踵を返すように離れていった。

 D-74は不思議に思い速度を落とすと、何かに身体がぶつかった。

 前を見ると、黒い何かが立ち塞がっていた。

 上へとカメラを動かしていく。

 立っているのは真っ黒な熊だった。



 熊がD-74に襲いかかる。

 D-74は再びポスターを握りしめ、森の中を逃げ走る。

 熊はすごい勢いで迫ってくる。

 一生懸命逃げるが、今にも追いつかれそうだ。



 目の前には谷が見えてくる。

 飛んで渡れるような幅ではない。

 しかし、後ろからは熊が迫っていた。

 希望を探すように、D-74は必死に辺りを見渡す。



 すると、橋のように架けられた丸太を見つけた。

 D-74はその丸太に飛び乗り、急いで渡る。



 ふと下を覗いてみる。

 とてつもない高さで、落ちたらタダでは済まないだろう。

 キャタピラの速度を緩め、慎重に進むことにした。



 しかし、突然丸太が揺れ、D-74はバランスを崩す。

 落ちることはなかった。


 

 後ろを振り返ると、追いかけてきていた熊が丸太に乗っていた。

 まだ諦めていないようだ。

 D-74は慎重に、それでいて早く丸太を渡っていく。



 あと少しで向こう岸。


 後ろの熊はまだ来ていない。


 D-74はキャタピラを加速させる。



 瞬間、雷鳴が木霊した。 

 雷が落ちたのではない。 

 丸太が裂けた音だった。

 


 D-74は、ゆっくりと谷底へと落ちていく。

 視界の端で、熊が茂みの中へ消え去る姿と、ポスターが宙を舞う姿が見えた。



 地鳴りが森に響いた。

 鳥は驚き、空を舞う。

 鹿は何事かと谷底を覗いていた。



 覗いた谷底には、木っ端微塵となった丸太。

 それと、ひしゃげたD-74が転がっていた。



 静寂が包む谷底。

 聞き慣れない機械音が聞こえ始めた。

 音は徐々に増えていく。

 何かを呼び起こそうとしているような、そんな音だ。



 すると、D-74のカメラに光が灯った。



 D-74は辺りを見渡した。

 眼の前に、自身のアームが転がっているのが見えた。

 本来付いているはずの場所を見ると、無惨にも引きちぎられていた。

 キャタピラも動かない。

 身体も動かない。

 D-74は空を仰いだ。



 D-74の身体に小さな雨粒がぶつかる。

 雨粒は次第に大きくなり、強く降り注ぎ始めた。



 カメラに灯っていた光は、徐々に薄らいで行く。

 まるで、命の灯のように見えた。



 そしてついに、カメラから光は失われた―――



 かと思われた。

 カメラの光は僅かに残っていた。

 そのカメラは何かをジッと見つめていた。



 視線の先には―――


 木に引っかかっている何か―――


 ズームして行く―――


 そこには『諦めないで‼』という言葉が見えた。


 あのポスターだ。


 

 再び機械音が鳴り響く。

 それと共に警告音も鳴り響いた。

 しかし、D-74は気にも留めない。

 キャタピラが動き出した。



 D-74は身体を起こし、崖へ近づく。

 アームで岩の突起を掴み、少しずつ、少しずつ登り始めた。

 慎重に掴む岩を選びながら。

 時には、身体をこすり付け。

 キャタピラで無理やりに登っていく。



 そしてついに―――


 崖のてっぺんに到着した――――



 身体はベコベコ。

 アームはボロボロ。

 キャタピラも履帯が今にも外れそうだ。



 そんなことには目もくれず、D-74は一直線にポスターの元へ向かう。

 ボロボロのアームで優しく掴むと、D-74は森を後にした。



 行き先はもちろん―――


 バス停留所だった。




 D-74はポスターを元の位置に貼り付ける。

 いつも見ている光景が戻ってきた。



 笑顔で小さくガッツポーズする女性。

『諦めないで‼』という言葉。



 それを見つめていたD-74は、ポスターの横に座り込んだ。

 そして、いつの間にか動かなくなってしまっていた。

 まるで、疲れから眠りついているように見えた。



 空はすっかり晴れていた。

 流れの早い雲が、地面に影を彩っている。


 と、穏やかな風が吹き付けた。


 ポスターが風になびき、捲れてしまう。


 捲れたポスターは眠っているD-74に覆い被さった。


 その姿はまるで―――


 仲睦まじい、恋人同士のように見えていた―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

AIの言葉 みさと @misato310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画